美加の明日 二
「後、二カ月もあると思わないように。さあ、もう一度。やって見よう」
文化祭は2年生が中心となってやる。3年生は受験があるので、主戦力とならないが、部長の川本は父親がリストラされ、長男である彼は進学を諦めざるを得なくなった。そんな気持ちを吹っ切るかのように、演出に取り組んでいる。
出し物は去年と同じだが、台本はリニューアルされ、群舞は2年生の女子が中心となり、こちらも改良が加えられ、上田陸のジャグリングはさらにパワーアップしていた。
それだけではない。桃子にも後輩が出来た。去年の文化祭を見に来て、舞台上で写真を撮っている桃子に、興味を持ったとかで、入学後、写真部に入部しただけではなく、当然の様に演劇部にも付いて来た。
「よう、パパラッチがまた増えたか」
「私も住田さんのように、劇中で写真を撮ってみたいです」
この発言には、さすがの川本も驚いていた。
「いや、舞台上にカメラマンは二人いらないんだよね。逆に邪魔になるくらいだ」
と、言われ、ちょっと落ち込んでいたようにも見えたが、その後も何かと食いついていた。根負けした感じで、川本は桃子に言った。
「群舞の一部を撮らせてやってくれないか。頼むよ」
口パクで「うるさいからな」と言っていた。桃子は承諾した。
「それで、紺のジャージ、持ってる」
「いいえ」
「それじゃ、紺のパンツ、紺のシャツ、セーターとかは」
「持ってないです」
「じゃ、どうするの」
「だから、住田さん、貸してください」
「貸せったって、私も1枚しか持ってないもの」
「ですから、紺のパンツ、シャツ、セーターのどれか1枚でも」
「どれかって…」
「どうしてもな時は、親に頼んでみますけど、持っているものがあれば、貸してください」
どうやら、紺一式、すべて貸すことになりそうだ。
「はっきりと、もの言う子みたいね」
美加が言った。
「はっきりと言うより、遠慮なしってとこね」
美加も彼女の半分くらい、はっきりとものが言えれば…。
「その後、家出はどうなの」
「それがね」
「それが」
「実は、あれから、利恵ちゃんと仲良くなったの」
「仲良くなった…」
桃子にはにわかには信じられないことだった。
「ああ、大丈夫よ。利恵ちゃんがね。利恵ちゃんの方から謝ってくれたの。何でも出来る、私が羨ましかったって。でも、私もそんなに何でも出来る訳でもないのに、ねえ」
「……」
「だから、家出の話も無くなりました。今まで、心配かけてごめんね」
「そう、それはよかった」
「うん、もう、大丈夫」
本当に、大丈夫だろうか…。
「でも、早稲田行って、劇団四季に入るのは変わらないから」
その時、川本からの号令がかかった。
美加が早稲田から劇団四季へは、既定路線にしても、それまでにはまだ時間がある。その間、美加の暮らしが穏やかであってほしいと願うばかりであるが、桃子には、どうにもあの利恵と言う、美加の義妹がそんなにも簡単に白旗掲げるようには思えない。
その後も、美加と電話やラインでも話し合ったが、美加は明るく言った。
「桃ちゃんて、心配性ね。そんなに心配なら、早稲田まで付いて来てよ」
そうだ。自分もそろそろ、決断しなければならない。
そんな数日後、美加は言った。
「あのねぇ。今度の私の誕生日なんだけど」
----そうだった。うっかりしてた…。
「ほら、去年は、お父さんとママの事があったりして、プレゼントは貰ったけど、今年は豪華にやろうって」
「良かったじゃない。それで、いつ」
「それがね。今年は身内だけですることになったの。私としては、桃ちゃんたちにも出席してほしかったんだけど。親族の親睦も兼ねて、内輪だけでやることになったから、ごめんね」
「ううん、いいわよ。私たちはまた別にやればいいじゃない」
「そう言ってもらうと助かるわ。何より、利恵ちゃんが張り切っちゃって。ドレスは白がいいとか、もう、大変なの」
----ドレスが白…。
「私もそれじゃ、結婚式みたいじゃないって言ったの。そしたら、白に近い薄いブルーだから大丈夫だって。利恵ちゃんが言うから、それに決まったの」
「そう…」
美加がいいのなら、それでいい…。
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