縁切り 四
幸いと言うか、この時は小指の骨折だけで済んだので、歩けるようになるまで、入院させた。思えば、この入院期間が真理子にとって落ち着ける日々だったかもしれない。
「真理子 ! すぐに来とくれ ! 大変なんだからっ」
また、英子の大変が始まったと思ったら、今度は転んでひざを擦りむいたと言う。
「呆れた。そんなことくらいで電話しないでよ」
「それだけじゃないよ。膝が痛いんだ。膝の調子がおかしんだよぅ」
「それなら、病院に行けば」
「だから、病院に連れてって」
「一人で行けるでしょ」
「それが、無理…」
「えっ」
どうやら、足をくじいたらしい。それでも、その後のリハビリ等をきちんとやらないばかりか、これ幸いとずぼらを決め込むものだから、ついには杖が必要となる。
「ああ、私ゃ、何て不幸なんだろう。年取って、足が悪いと言うに、たった一人の娘に面倒見てもらえないだなんて…」
「よく言うわ。私の事、ずっと、伯母さんたちに預けて、好き勝手やって来たくせに」
「それは、その時の事情と言うものがあった訳だし。何てたって、子が親の面倒を見なくてどうする」
「私にも色々あるんだから。思うように行かないのが世の常ってもんでしょ。だから、介護保険で、ヘルパーさんに来てもらうことになったから」
「そのヘルパーて、何してくれるんだい」
「掃除や洗濯」
「そんなの、今までの様に、真理子がすればいいじゃないか」
「それが、実はね…」
真理子は定男と別れるつもりであること。真紀がホテルの社長と結婚できるかもしれないことなどを話した。
「ええっ。じゃあ…」
----オッと、今日はここまでにしておこう。あまり、あれこれ言うと、真理子に嫌われてしまう。
その後の英子の電話は、真紀の結婚話の進展具合が中心となった。
----何だい、相手のヨメは、まだ、死なないのかっ。
そして、やっと、真紀と社長の結婚が決まった。
----さあっ。ここまで待ったんだ。私にもいいことがある筈。
事実、新居に行って見れば、その豪華さに驚かされた。さらに、何と、この家に真理子も一緒に住むのだとか…。
「真理子ぉ。私もこんな家に住んでみたいよぅ。物置の隅でいいからさぁ。何とかならないかねえ」
と、あれからも、再三再四言っては見るものの、話はさっぱり進まない。
----真理子も薄情だねえ。
いや、真理子はそれどころではない。無論、この家に英子を引き取るつもりはない。大人しいのは最初だけで、すぐに、ああでもないこうでもないと文句を言い出すに決まっている。
それよりも、今は1日も早く、定男と離婚したいだけである。
その夜、耕平の帰宅は遅くなるとかで、女ばかりで夕飯を済ませれば、真理子の部屋に真紀がやって来た。
「あのオッサンも色々あったんだ」
オッサンとは、定男の事であるが、色々とは…。
「聞いたわよ。美優のこと」
「どうして、それを」
何と、あの主婦と会ったと言う。ぶつぶつ言いながら、レストランから出て来た時、真紀と鉢合わせしてしまう。
「まあ ! 真紀ちゃん ! 」
と、大きな声で呼び止めて来た。
「私、恥ずかしかったから、外に連れ出したの。そしたら、重要な話がある。そのことで、お母さんが今、血相を変えて飛び出して行ったとか言って」
ホテルの向かい側にある小さな食堂に真紀を引っ張って行き、一番早く出来るうどんを注文し、その間に、いなり寿司にかぶり付き、うどんがやってくれば、即座に天丼を注文する。その天丼も食べ終わり、やっと落ち着きを取り戻したかと思えば、最初こそ声を潜めていたが、定男のことになると、いつものにぎやかおばさんになってしまう。
「あのおばさんもどうかと思うけど、あれ、美優の事。本当なの」
「まあね…」
「それで、あのオッサンに会いに行った訳?そりゃ、美優はかわいそうだけどぉ、別に、こっちが心配したからと言って、どうにかなると言うものでもなし。それで…」
「自分も引っ越したい。もう、タクシーに乗るのも嫌だとか…。美優の事ではかわいそうだと思ったけど、あの事、バラすって」
「あの事?」
「ほら、死んだ伯母さんとのことよ」
「ああ…」
と、しばらく考え込む、真紀だった。
「わかったわ。うち、人、足りてるから。まあ、足りてなくても雇う気はないけど。私も早く別れて欲しいから、よそのホテルに聞いて見てあげる」
真紀はもう、そんなにもホテルの仕事に精通したのかと、真理子は嬉しかった。
そして、真紀はビジネスホテルの夜勤のフロント係の仕事を見付けて来る。定男はすぐに飛びついた。そして、引っ越しも済ませた頃になって、ようやく離婚届を送って来た。
真理子は旧姓の、高良真理子に戻った。そして、それまでのガラケーからスマホに変えた。その時、番号も変えた。
もっとも、定男は一人きりの夜勤のフロント係の仕事が続く筈もなく、元のタクシー運転手に戻ったとか。それでも、もう、真理子には関係ない。
これで、直美とも定男とも完全に縁が切れた…。
だが、何があっても、縁が切れないのが肉親である。
真紀は着実にホテルの女主人として、落ち着きすら感じられるようになっている。ただ、どうにも気がかりなのが利恵である。口を開けばこれまた、文句ばかり言う。全く、何が気に入らないのだろう。こんないい家に住んで、いい暮らしが出来ていると言うのに…。
どうしても、美加と比べてしまう。
やはり、それが、いけなかったのだろう。これからは、そんな事は止めようと思った。
美加には美加の、利恵には利恵の良さがあるのだ。
さあ、これからが、真理子の本当の再出発なのだから、と、気持ち新たに帰宅すれば、犬のリクが何かを訴えるような顔で、真理子を待っていた。
「どうしたの、リク」
その時、何か言い争うような声が聞こえた。美加と利恵である。真理子が急ぎ、リビングへと向かえば、話声はピタリと止んだ。
「二人とも、どうしたのよ」
「ううん、何でもないの」
利恵は黙ってその場を去った。
「美加ちゃん、何があったの」
「だから、大したことじゃないの。ちょっとした…。勘違ぃ。本当に勘違いしただけだから、気にしないで。あっ、リクの散歩に行って来ます。帰ったら、夕飯手伝うから」
その夜、真理子は利恵の部屋に行った。
「美加ちゃんと何があったの」
「それは、美加から聞いたでしょ」
「美加ちゃんは何も言わなかったわよ」
「それなら、それでいいじゃない。ホント、美加って、みんなにいい顔すんだから」
「利恵。どうして、美加ちゃんの事、呼び捨てにするの。お姉さんでしょ。お姉さんと言いなさい」
「言ってるじゃない」
「言ってないでしょ! 」
「今、居ないんだから、いいでしょ」
「例え、美加ちゃんがいなくても、お姉さんとおっしゃい。わかった」
「ハイハイ」
「利恵 ! 」
「今から、勉強するから。……と、違って、私、頭悪いんで」
と、利恵は真理子を部屋から追い出す。
近いうちに、もう一度、利恵と話をして見ようと思う、真理子だった。
それにしても…。
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