忘れるもんかっ 二

 もう、どうすれば、こんなことが出来るのだろう…。

 いくら、私より、美加の方が大事だからと言って、こんな、セコイことするか…。


 今朝のことだ。いつもは渡される弁当箱を、そのまま受け取って学校へ行くが、今日はお婆ちゃん、何か、バタバタしていたので、台所へ行った。


「あらあら、ちょっと、待ってね」


 と、お婆ちゃんは二つ並んだ弁当箱のふたを閉めようとしているところだった

が、私は見逃さなかった。ふたを閉める間際に見てしまった。

 今まで、疑ったこともなかった。弁当の中身など、同じものだと思っていた。

 実は、孝則とこから、おいしいハムをもらった。夕飯にみんなで食べた。少し残っていたので、明日の弁当に入れてくれるのだろうと思っていた。だが、今朝、偶然、目にした私と美加の弁当箱の中身。何と、ハムは美加の方にだけ入っていた。私の方は、チーカマだった…。

 もう、食べる気など失せた。そのまま家を出て学校に行けば、お婆ちゃんから電話がかかって来た。

 弁当忘れてるけど、持って行こうか。

 パン買うから、もういいとだけ言って電話を切った。

  

「あら、今日はお弁当じゃないの。珍しいね」

「まあね」


 昼休み、玲奈れなと一緒に購買部でパンを買った。彼女は私の数少ないである。玲奈の家は共稼ぎで、朝はパンと牛乳があるくらいで、昼はパンかコンビニ弁当、夜もほとんどがインスタントか総菜だと言う。そこで、お婆ちゃんの弁当のおかずを分けてあげれば「おいしい」と喜んだ。

 今日もあのおいしいハムを少しあげるつもりだったのに、お婆ちゃんは、美加へ回した。今頃、美加は桃子とハムを食べてることだろう。


「いいなあ。利恵ちゃんは…」

「何もいいことなんかないよ。いいのは見かけだけ」


 玲奈のところは借金があり、共稼ぎでも生活が苦しいようだ。そこに、玲奈が公立ではなく私立高校に行くことになったものだから、余計でも、親の機嫌が悪い。

 卒業後は働いて給料を家に入れることを条件に学校に通わせてもらってるんだとか。このあざみ学園はアルバイト禁止。


「私にはうるさいけど、弟には甘いんだから」

「私だって、似たようなものよ。何たって、後妻の連れ子だもの。今ではお婆ちゃんまで、すっかり美加の味方なんだから」

「美加って。ああ、お姉さんね」

「あんなの、姉でも何でもないよ。家じゃ、一人、威張ってるわ」

「利恵ちゃんも大変なのね」

「そう」

「でも、私はお金もないし、利恵ちゃんの様に、彼氏もいない…」

「彼氏たって、車持ってるから、付き合ってるようなものだし。私も金はないわ」

「ああ…」


 と、ここで、声を潜めて玲奈は言った。


「いっそ、パパ活でもしようか」


 玲奈にすれば、それもアリかもしれないけど、私には出来ない。

 うちのパパ、来年は市会議員だから。いくら何でも、この街ではバレそうな気がする。


 私はこうして、気を使っているのに、パパは私には素っ気ない。あまり家にいないせいもあるけど、それも仕方ないと思う。美優のジジイがそうだったように、実の娘と連れ子を同じには扱えないよね。さらに、ママも美加に気を使っている。そして、お婆ちゃんまでも、あの、有様…。

 こう言うのを手のひらを返すって言うんだ。



 そんなある日。ついに、お婆ちゃんと衝突してしまう。


「何よ。何でもかんでも、美加美加って。ええ、どうせ、私は美加の様に頭もよくないんで。でも、それってどうしようもないことじゃない。だからもう、ガタガタ言わないで」

「別に、そんなこと言ってるんじゃないでしょ。部屋をもっと片付けなさいと言ってるだけ」

「そんなこと言って、美加の部屋のそうじをしてるくせに」

「してないわよ。美加ちゃんは自分でそうじしてる」

「どうかしら」

「利恵 ! どうしてそんなこと言うの。もう、近頃の利恵はどうなってるの。口を開けば文句ばっかり言うんだから」

「言いたくもなるわっ。朝から晩まで毎日毎日、美加と比較されて」

「だって、美加ちゃんは何でもきちんとやるのよ。だから、利恵も少しはやりなさいよ。もう、脱いだら脱ぎっぱなし、いつも、朝はバタバタして…」

「仕方ないじゃない。学校が遠いんだもの」

「それだけじゃない。近頃、帰りも遅いし」

「それは、孝則さんに言ってよ」

「本当にそうかしら。利恵が無理言ってんじゃないの」

「お婆ちゃん。そんなに私のことを悪く言いたい訳」


 私は思い切って言った。これ以上、耐えられない。 


「別に、悪く言ってるじゃないわよ。私は利恵のためを思って」

「ウソばっか ! いいわよ。それなら、私も言ってやるわ。美加に、全部話してやろうか。本当は、ママもお婆ちゃんも、みんなして、美加ママの死ぬのを待っていたとね。それだけじゃない。私を塾に通わせたのも、美加に近づけるため。そして、ママの再婚に有利なように、さんざん私をけしかけたってね。それ、聞いたら、美加。どんな顔するかしら…」


 お婆ちゃんは黙っている。


「さぞかしショックを受けることでしょうねぇ、美加は。きっと、今までの様にはいかない…」

「言いたいのはそれだけ?」


 やっと、お婆ちゃんが口を開いた。

 

「言えば」

「え…」

「言いたけりゃ何でも言いなさいよ。それで、美加ちゃんが怒って、大騒ぎして、パパが知って、離婚なんてことになってもいいの。そして、元のアパート暮らしに逆戻りになってもいいの」 

「そん時は、慰謝料貰って別れたらいいじゃない」

「何で、慰謝料が貰えるの」

「慰謝料って、離婚の時に女が貰えるもんじゃ」

「はっ?あのね、利恵。慰謝料と言うのは言わば迷惑料なのよ。不倫したとか暴力振るったとかで、相手に迷惑をかけた時に支払われるものなの。パパはそんなことしてないでしょ」

「そんなぁ。だって、みんな貰ってるじゃあ…。離婚の時には、女はみんな、慰謝料貰ってるじゃない」

「だから、それは、男の方が不倫したりする人が多いからよ。女だって、不倫したり暴力を振えば、慰謝料払わなくてはいけないのっ」

「えっ、女が慰謝料払う。そんなぁ…。あっ、でも、財産が。そうよ、財産分与があるじゃない」

「やれやれ…。あのね、利恵。よく聞きなさい。財産と言うのは個人のものなの。だから、親の財産だからって、子供が好き勝手出来るもんじゃないの。ここの財産は、すべて耕平さんのものだから、誰にもどうすることも出来ないのっ」

「そんなぁ。結婚したのに財産ももらえないなんて、そんなのおかしい」

「おかしいたって、そうなってるんだから」

「どうして?どうして、そんなおかしなことになるのよ。結婚したのに、財産も貰えないなんて。そんなのおかしい!」

「それは、結婚して5年、10年経っていれば、その間の財産分与の対象にはなるけど、1年くらいじゃ…」

「何で、そんなことになるのよっ」

「何でって、そう法律で決まってるの」

「だから、その法律がおかしいって言ってんじゃ ! 信じられない、そんなバカな法律があるなんて。結婚しても財産が貰えないなんて、そんな法律があるぅ」

「へーえ。利恵が法律に興味があったとはね。法律に文句があるなら、国会議員にでもなって、国会の場で、こんな法律おかしいって言いなさいよ」

「そんな、国会議員なんて、誰でもなれるわけじゃないし」

「あら、今なら誰でもなれるわよ。国会議員はいいわよ。お給料はいいし、新幹線は只、海外旅行も只で行けるんだから」

「そんなんだったら、パパがなればいいじゃない」

「全国的に名前が知られてないでしょ。だから、市会議員から始めるの。でも、タレントやユーチューバーの様に、顔と名前さえ知られていれば、誰でも国会議員になれるわ。利恵も若いんだから、ユーチューバーとかになって、ほら、動画でバズらせて、顔と名前をしっかり売れば、国会議員も夢じゃないわ。へえ、利恵が国会議員ねえ。期待してるわ。頑張ってね」

「……」


 悔しいけど、何か敗北感を感じてしまった。





「本当に、二人とも気を付けてよ…」


 お婆ちゃんとママが、心配そうに、私と美加に言った。

 つい、先頃、一人の女子高生がレイプされ、その写真を自宅周辺や学校にまで、ばら撒かれると言う事件が起きた。

 

「そんなに心配なら、先ずは、朝夕送り迎えしてよ」

「利恵、真剣に聞きなさいよ」

「聞いてるけど、そうなったらどうしようもないじゃない。ここは、バス停からも遠いし、日暮れの坂道を歩いて帰るしかないんだし」

「だから、気を付けるようにと言ってるんじゃない」

「気を付けろって、どう気を付ければいいのよ。いざとなったら、恐くて声も出ないとか言うじゃない」

「わかったわ」


 ママが言った。


「私も出来るだけ迎えに行くようにするけど、毎日って訳にも行かないから、先ずは防犯ブザーを買って来るわ。それまでは、暗くならないうちに帰るようにして。ああ、ブザーを持ったからと言って、安心しない様に。とにかく、暗くならないうちに帰るようにね」

「それは、姉さんに言った方がいいわね。毎日、部活で忙しそうだから」

「出来るだけ、そう、します」

「ああ、でも、あれって、夕方の明るい時間帯だったから、暗い明るいはあんまり関係ないんじゃ」

「だから、防犯ブザーを買うって言ってるでしょ」

「さあ、防犯ブザーが鳴ったからと言って、この辺りの人、どれだけ助けに来てくれるかしら。例え、助けに来ても、車で連れ去られりゃ、どうしようもないもの」

「利恵 ! 」

「だから、余計にでも用心するのよ。そうやって気を張っていれば違うわよ」


 と、お婆ちゃんも言うから、私も言い返した。


「そうね。きっと、のん気に歩いてたんだよね。そのバカ女」

「利恵。バカ女なんて、被害者にそんなこと言うもんじゃないわよ。かわいそうでしょ」

「だって、昼間じゃない。昼間っから、そんなに簡単にやられてしまうなんて、バカなだけじゃない」

「利恵。本当にそんな言い方止めなさい」

「本当のことじゃない。まっ、私のことより、大事な美加のことでも心配してあげれば」

「利恵! なんてこと言うの。私にとっては二人とも大事な孫だし、パパとママにとつては大事な娘じゃない。みんな、心配してるのよ」

「あら、そうですか。それはそれは」


 何よ、そんなの口先だけ。今ではママも。お婆ちゃんはそれこそ、美加が一番。私なんか付け足しくらいにしか思ってないくせに。



 でも、私。知ってるんだ。

 あの写真ばら撒かれた、バカ女子高生のこと。

 うん、美優だ。


 いい気味。

 ザマア…!!


 

 私は何も忘れない。

 忘れるもんかっ。






























 





 

 



















 

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