夢は続く
「写真なら、まだあるわよ」
直美はバッグから写真を取り出した。思わず、真理子はそれも奪い取ろうとしたが、写真は畳の上に落ちた。
「それだけじゃないわ。ネガもあるの」
それでも、真理子は落ちた写真を握りつぶした。
「じゃ、私、行くね。お邪魔しました」
直美は帰って行った。
----どうして、どうして…。
どうして、直美はこんなことをするのだろう。いくら、考えてもわからない。
一体、自分が直美に何をしたと言うのか…。
それこそ、姉の様に慕い、直美の不利益になる様な事など、一度たりともした事はない。家にも招待し、いい気分に酔った直美はそのまま泊った。また、いきなり同性の友達を連れて来たこともある。それでも、睦子は嫌な顔一つせず歓待し、さらに、睦子が趣味の旅行に行けば、必ず直美への土産も買って来た。
職場でもそうだ。真理子も仕事に慣れて来た頃、直美のミスに気が付いた。それをこっそり教え、事なきを得たことがある。一見凡ミスのようだが、もし、気が付かなかったとすれば、大変なことになった例もある。
細かいことを言えば、気に障る様なこともあったかもしれない。だが、直美は小さな事など気にしない。大らかな性格だと思っていた。また、直美は嫌な事ははっきり嫌と言う
兎にも角にも、真理子と直美は良好な関係だった、筈…。
いや、いや、そうではなかった。そうではなかったのだ。
あの夜のことは、直美とマッキー。いや、あれは4人の男たちもグルだったのだ。それぞれカップルになり、真理子を煽り、マッキーは写真まで撮った。
最初の一枚は、マッキーとラブホへ入る時の後ろ姿の写真だったが、二枚目は、裸で眠る真理子の写真だった。
でも、やっぱりわからない。どうして、直美はここまでしたのか。まさか、後の不倫のため? さすがに、それは、それは、無いと思う。
では、せっかく撮った写真をどうしてすぐに使わなかったのろう。それを取って置いて、今頃になって、脅しに使うとは…。
いやいや、すべては自分が悪いのだ。
いくら、直美は煽られたからと言って、まんまとそれに乗ってしまった自分が一番悪いのだ。
本当に恋人を愛していたなら、あんな見え透いた誘惑には乗らなかった。うかうかと乗ってしまった自分がバカとしか言わないで、今さら、何を言うのだ。
それにしても、直美は、なぜ、こんなことを企んだのか。
いくら、考えてもわからない…。
今頃、真理子は悩んでいることだろう。
なぜ、どうしてと。さすがにちょっとかわいそうな気もするが、今となっては、いいカモフラージュ、いや、いいカモかもしれない。
あの時、真理子の恋人の存在を知った時、体中の血が逆流した直美だった。
別に、真理子に恋人が出来たからと言って、驚くほどの事でもないが、問題はその相手の男である。
実は、その相手こそ、ここのところ直美が狙っていた男だっだ。
「落ちない男はいない」
そう、直美にかかればどんな男でも落ちた。だが、そんな直美にも中々落とせない男がいた。その男が選りによって、真理子の様な平凡な女に落とされてしまうとは…。
聞けば、真理子から告白したのだと言う。そんなことで、付き合う気になったのか。最初は遊ばれているだけだろうと思いもしたが、そうでもないらしい。
もう、直美のプライドはズタズタだった。
これが、どこかの若い美女が
これぞ、直美一世一代の恥辱だった。
----許せない。許せるものか。決して、許さない!!
その一念で昼間はかろうじて平静を保っていた。ここで、ヘタってはいけない。だが、毎日が楽しくてたまらない真理子を目の当たりにすれば、食べるものも食べられず、真理子がみんなに配っている菓子も捨てた。かと思えば、突如ものすごい食欲に襲われてしまう。
仕事にも身が入らず、つい、何でもないミスにも気が付かない。また、こんな時に限って真理子が直美のミスに気が付き、それをカバーしてくるのだ。
「助かったわ」
と、口では言うものの、逆に心配されてしまう。
「大丈夫ですか。体調悪いみたいで」
----そりゃ、お前の顔、見てりゃ、悪くもなるわ。
だが、いつまでも落ち込んでいる様な直美ではない。また、落ち込んでもいられない。こうなったら、一矢報いてやりたい。いや、一矢どころか、十矢、百矢…。
----そうだ。真理子を幸せの絶頂から、突き落としてやろう。
そうでもしなければ、この気が治まらない。
そこで、考え付いたのが得意の「男」作戦である。それは、まんまと成功した。いとも簡単に真理子は陥落した。この時点で、既に笑いが止まらなかった。
さあ、この写真をいつ、使うか…。
いやいや、ここまで来たら、焦ってはいけない。一番効果的な使い方をしなくてはと、しばらくは静観することにした。
じりじりしながら、タイミングを見計らっていれば、真理子の妊娠が発覚した。
いよいよ、チャンス到来。この写真で恋人から捨てられ、ついでに流産すればいいと、直美の胸の赤黒い炎は一気に燃え盛った。
「えっ、何、それ…」
思わず直美は声を発した。
何と、直美に縁談が持ち上がったのだ。それも、かなり好条件、いや、直美にとっては玉の輿と言えるレベルの話だった。
直美も一二度会ったことのある青年だった。自動車部品工場の社長の息子であり、別にイケメンではないが、何と言ってもバックがすごい。真理子の恋人の比ではない。直美の両親は大喜びだった。直美もここまで来れば、結婚をためらう気はない。そして、思った。
今、ここで何かするのは得策ではない。うっかり、真理子が流産でもすれば、自分のおめでた話に水を差すことになる。そこでここは、一応、矛を収めることにした。
真理子用の写真とネガはアクセサリー入れの底に隠した。
やがて、真理子も入籍、女の子を生んだ。直美の方は豪華な披露宴を真理子夫婦に見せつけてやった。これで、少しは溜飲が下がった。だが、結婚生活とは現実である。
夫は真面目で優しいが、性的には淡泊だった。また、舅姑は年上の高卒女である直美との結婚を最初は反対していた。息子に押し切られる形でしぶしぶ了承したのだった。そのことで、二人とも取り立てて嫁いびりはなかったが、見えない線引きをされていた。
直美もすぐに妊娠し、腹の子が男であることがわかれば、一気に孫フィーバーが起こり、家も建ててくれ、お手伝いさんも派遣してくれた。家事があまり得意でない直美にすれば有難いことだった。その後、直美は娘も生んだ。女の子は女の子でかわいいものである。
そのかわいい子供たちも、すぐに姑に取り上げられてしまう。孫の教育方針に高卒の嫁の意見など無視され、習い事から中学は私立と既にコースは決められていた。
嫁は跡継ぎを生めばそれでいい。夫は性的淡泊。これで、面白かろう筈もない。未だに美貌は健在。そんな直美が声を掛ければ、男は掃いて捨てるほど寄って来る。そのためには、外へ出て行くにはやはり何らかの口実がいる。
いいものがあった。
真理子の例の写真である。お陰で、今は楽しくやっている。出来れば、真理子の夫も寝取ってやりたいが、先ずは、今夜の相手と楽しもう。
ふと、真理子は我に返った。
----いけない。真紀が帰って来る。
やがては、夫も帰って来る。この写真を処分しなくては。そうだ、明日は燃えるゴミの日だ。急須の茶殻と一緒にポリ袋に入れ、さらに生理用ナプキンの空き袋に入れ輪ゴムで縛り、新聞紙で包んだ。これで、外からは絶対に見えない。
夫には知られたくない。
絶対に、知られてなるものか。そのためには、少しくらいの屈辱も致し方ない…。
----おのれ、直美!!
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