美加と共に 三

 継母に連れ子だけでなく、継祖母まで一緒とは…。


「ねえ、絶対。偶然なんかじゃないよね」


 帰宅した桃子は、母の久美子に言った。


「そうね…」

「美加ちゃん、大丈夫かなあ」


 あんな悪知恵の働く女三代と、うまくやっていけるだろうか…。


「僕だって、お母さんとお姉ちゃんで大変だったんだから」

「太一、それどう言う意味よ」

「どう言うって、そう言うこと」

「何よ、小さい頃はちょっとのことで泣いてばかりいたくせに」

「だから、それだけ大変だったってこと。じゃ、勉強があるんで」

「もうぉ」


 太一とはこれで済むが、済まないのが、これからの美加ではないだろうか。その時、ミクがやって来た。桃子はミクを膝の上に載せた。


「ミクも大きくなったね」


 美加の母、加代の葬儀の日。片手に乗りそうなくらいの小さなミクを美加が見つけ、桃子の家で飼うことになった。そんなミクも今ではすっかり家族の一員となっている。

 父と母は、顔を突き合わせるように話をしている。やはり、美加のことが気になるようだ。おそらく、美加は自分の父と母が話をする姿も見たことないだろう。 

 それなのに、今度はいきなり他人と暮らすことになるとは…。


 その後の美加はいつもと変わらず、演劇に取り組んでいた。桃子もあえて美加の父の再婚の話はしなかった。


----無理、してなきゃいいけど…。


 そして、夏休みに入ったある日、桃子は百円ショップに行こうと歩いていた。すると、何てこと。美加と中年の女性が楽しそうに、それもこっちに向かって歩いて来るではないか。


「桃ちゃん。奇遇ねえ、こんなところで会うなんて」

「美加ちゃん…」


 別に奇遇と言う程でもない。いや、これはかもしれない。それでも、桃子は明るく言った。


「あの、こちらが、新しいお母さん?」

「ううん、違うの…。お婆ちゃんなのよ」

「お婆ちゃん…」


 桃子の父の祐介は来年還暦である。世の女性の中には、40代いや30代後半で、祖母となる人もいるが、美加の側の女性はとても中学生の孫がいるようには見えない。


「まあ、あなたが桃ちゃんなの。初めまして。あなたのことはいつも美加ちゃんから伺ってます。あ、そこでお茶でもいかが」

「いえ、あの、その…」


 不意のことに、桃子はドギマギしてしまうが、やはり、この若い義祖母に興味もあった。


「随分、若いお婆さんなんですね。あの、うちの父は来年還暦なんですけど」

「まあ…。でも、お母さんは若いんでしょ」

「ええ、もう、若くて若くて、この間なんか電話で32とか言って。いつだったかは28とか。そんな筈ないのに。まさにサバの女王です」

「サバの女王?」

「サバ読みの女王ってことです。父と年が離れているもので、常に自分は若いと思っていて、買い物に行けば、私たちに、お姉さんと呼べと言うんです」

「まあぁ…。でも、美加ちゃんのお弁当をずっと作って下さってるとか」

「はい」

「素敵なお母さんじゃないですか。では、2学期からは、私が桃ちゃんの分のお弁当も作って、いえ、ぜひ、作らせてほしいの。どうかしら」

「いえ、私の分は…」


 桃子と祖母がそんな話をしている間、美加はにこにこしていた。

 

----そんなに、心配することなかったみたい…。

 

「近いうちに、遊びに来てと言いたいけど、まだ、うちも片付いてないの」

「家が片付いたら、真っ先に桃ちゃんを招待するね」

「その時は、もご一緒に」

「はい、ありがとうございます」


 二人と別れた桃子は足取りも軽く帰宅した。


「あら、早かったわね。え、何も買わなかったの」

「それが、途中で美加ちゃんに会ったの。それも、どこかのおばさんと一緒だったから、新しいお母さんかと思って聞いたの」

「それで」

「そしたら、お婆ちゃんだって」

「お婆ちゃんて、幾つくらいの人」

「うん、それが、五十前くらいにしか見えないの」

「ちょっと、五十で中学生の孫がいるの?」

「うん」

「それじゃ、お母さんは幾つなの」

「さあ…」

「私より、若いかしら」

----若いに決まってんじゃ !


 これが歳の差夫婦の?

 もっとも、父の祐介にしたところで、とても、還暦には見えない。四十代に見られることもあり、さらに、かなりのイケメンなのである。


「なんだかんだ言っても、上田君はカッコいいわ」

「俺の方がもっと、いい男だった」


 確かに、父の若い頃の写真は、まるで映画やドラマのワンシーンのようなのだ。その遺伝子は剣道をやっている弟、太一に受け継がれ、美少年剣士として少しは知られている。


「じゃ、芸能界から誘いなかった」

「あった。あったが、ああ言う世界はどうにも好きになれんで、すべて断った」


----ああ、こんな時に、何考えてんだろ。この私…。

「それで、そのお婆ちゃんに会ってみて、どうだった。どんな感じの人だった」

「うん、それが、何か、美加ちゃんとも仲良さそうだったし、優しそうだったし。それで、お茶とケーキご馳走になって」

「そう。まあ、最初は誰でも優しいものよ」


 その後の美加の話によれば、継母はホテルの仕事に専念していて、家のことは義祖母がやってくれている。義妹の利恵は受験勉強の真っ最中。

 ちなみに、義祖母の真理子53歳、義母の真紀33歳。父の耕平45歳。美加の母、加代は享年50歳だった。


「ママってね。お母さんと言うより、お姉さんみたいなの」


 美加は、義母をママと呼んでいるようだが、そんな若い義母より、実母と年の近い真理子の方に親近感が持てるのも当然かもしれない。



「いえ、うちは、息子もいますので、どうぞ、お気遣いなく…」

「まあ、そう、おっしゃらずに。うちにも中学生の孫がいますし…。あの、では、ひと月だけと言うことで、いかがでしょう。それくらいさせていただきたいのです」

「そうですか。では、お言葉に甘えまして、ひと月だけ…」

「はい、まあ、大した弁当ではありませんので」

「いいえ、私にしたところで、毎日同じ様なものばかりで」

「そんなぁ。美加ちゃんはおいしいって言ってましたわ」


 久美子と真理子は、初めて電話で話をした。確かに感じは悪くないが、やはり、久美子も真理子のことが気になる。そして、2学期が始まった。


「えっ、今日から、私の弁当要らないんじゃ」


 それにしては渡されたが小さい。それも、二つ。ひょっとしてと思ったら、やはり、そうだった。シール容器の中に、おかずだけが詰められていた。桃子と美加はクラスが違う。美加から弁当を受け取る時、このおかず容器1個を渡せと言うことだった。


----これって、向こうのお婆ちゃんへの?何かの意地?


「どうしたのよ。おかずがたくさんあるじゃない」

「店の余りもの、押し付けられたのよ。よかったら、食べる?」

「食べる」

「私もっ」


 それからも、久美子の「店の余りもの」弁当は続いた。



 そんなある日、近所の人から、子犬が産まれたので1匹貰ってくれないかとの打診があったが、既に3匹いる。


「やっぱり、ダメよねえ…。ああ、あと1匹、どうにかならないかなぁ」

「ちょっと待って、聞いて見ます」


 桃子は美加に電話した。


「今度のはオスよ。あ、お婆ちゃんたち、犬嫌い?」

「聞いて見るね」


 その子犬は美加の家で飼うことになった。そして、子犬を美加宅へ連れて行く日、その日が、桃子たちが初めて安藤家へ行く日となった。久美子はいた。


「何、着て行こうかしら」


 女が考えることは、先ずはこれである。タンスを引っ掻き回すも、なぜか決まらず、デパートへ買いに行くことにした。ついでに、桃子の洋服も買ってくれたので、言うことはないが、それにしても、美加の家の豪華さには驚かされた。

  

「うちはいつ、建て替えるのかしら」

「その内。でも、ここまでは出来ないわ」


 美加の部屋も見せてもらった。


「わあ、眺めいいわねぇ」

「お風呂場もいいのよ。特に、夜の眺めが。今度、泊りに来てよ」

「いいわねえ。そうそう。犬の名前決った?」

「うん…。まだ、決まったら言うわ」

「ひょっとして、オスだから…。リクだったりして」

「そ、それは、ないわ…」


 結局はリクと名付けられた。




 今年は11月3日文化の日が土曜日だった。その日に文化祭が行われる。そんなある日、川本拓也は言った。


「写真撮るタイミング、本番で変えられるか」

「いいですよ」

「どうも、みんな、カメラ向けられることを意識するようになって…」


 それは、桃子も感じていたし、同じようなことを思っていた。


「今日、それとなくやってみます。どうせ、みんな、いつもと同じと思ってますから」

「頼む」


 文化祭当日、美加は朝から落ち着かない。


「どうしよう、どうしよう」

「どうしようたって、もうすぐ、幕が開くわよ。さあ、出番よ」  

「はい、スタンバイして。みんな、いつもの調子でね ! 」

「おうっ」


 幕は開いた。上田陸、目当ての観客で会場は満員だった。陸と拓也の掛け合いに大きな笑いが起き、美加も台詞は棒読みだったが、それはそれで笑い誘っていた。逆に桃子の方が緊張してしまい、思ったようにシャッターが押せなかった。

 劇が終わると、演劇部女子たちの群舞があり、ラストは上田陸によるジャグリング。また、このジャグリングがすごいのだ。単にボールを操るだけでなく、音楽に合わせてアクロバティックなパフォーマンスを魅せてくれ、大盛況のうちに終わった。

 ビデオ撮影は続けられているのと、群舞はやはり邪魔になるので写真は撮らない。現像は写真部部長の田崎がやってくれた。急いで写真を乾かし、展示に取り掛かる。


「面白いの撮れたじゃない」

「でも、ちょっと手ぶれしてしまって…」

「いや、これこれ。安藤さんだっけ。いい表情撮れてるよ」


 それは、美加のちょっととぼけた顔だった。美加もその写真を喜んでくれた。


「私って、こんな顔も出来るんだぁ」


 

 文化祭が終われば、期末テストである。美加は国語で学年一人満点を取った。


「あら、日本語よくわからないんじゃなかったの」


 と、文化祭で日本語の怪しい帰国子女の役をやった、美加は上級生からも、そう言ってからかわれていた。


 


 年が明け、利恵はあざみ学園に合格し、そのお祝いに、真理子と美加の三人でディズニーランドへ行くと言う。


「美加ちゃんち、豪勢ねえ…。うちなんか家の建て替えもまだだしねえ」

「何言ってんのよ。まあ、先の話だけど、これからが大変よ」

「これからって」

「生きていれば、色々あるってことよ」


 明日のことは、誰にもわからない。

 そう、誰にも…。



 







 


   

 




 













 


 


 






 

  

 




  

 








  

 

  








 








   










 

 


















 

  







 












 








 










 

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