美加と共に 二
これは、きっと、上田陸の影響に違いない。
別に、上田陸から誘われたとかではなく、彼が入部するなら、どのクラブ活動でもよかった。
彼と同じクラスになった日から、毎日、美加が上田陸の話をしない日はなく、お陰で、上田陸の情報に嫌でも、詳しくなった桃子だった。
本当はすぐにでも、芸能事務所に入りたかったけど、両親に高校までは親元にいるようにと説得されたことや、特定の女の子とは付き合わないようにしていることとか。それも、陸自身から直接聞いたのではなく、彼と同じ中学だった女子からの話なのだが、それでも、嬉しそうに話す美加だった。
何はともあれ、美加が元気になってくれれば言うことはないが、どうやら、美加は本当に上田陸に恋をしてしまったようだ。
「だから、桃ちゃんもぅ」
「演劇部ねえ…」
「やっぱり写真部?」
父の祐介の影響もあり、カメラ好きの桃子だった。
「うん、写真部入るわ。ああ、文化祭の時とか、いっぱい撮りに行くから」
それでも、しばらくすると、やはり、気になり演劇部の部室を覗きに行けば、中ではダンスの練習が行われていた。
「そこで、何やってんだ」
その声に驚いて振り向けば、上級生の男子だった。
「あっ、すみません。その、ちょっと、見学を…」
「入れよ」
「えっ、いいんですか」
「そんなとこから、覗かれる方が気持ち悪いわ」
仕方なく、彼に付いて部室に入れば、すぐにダンスは終わり、部員の視線を浴びてしまうが、何より美加が驚いていた。
「まず、名乗って」
「はい。写真部1年、住田桃子です。あの、その、文化祭での皆さんの活躍を撮りたいと思いまして。まだ、新米なものですから。ちょっと、早目にぃ、あの、皆さんと、お近づきになれたらと思いまして…」
「だそうだ」
この男子が、部長の川本拓也だった。
「それでは、今から配役を発表します」
と、配役表を読み上げて行く。
「後の人は、ラストの群舞で見せ場を作りますので、特に今年は部員も増え、女子が多いので華やかな舞台になることでしょう。また、既にパパラッチもいますので、皆さん、頑張って行きましょう。先生、一言」
「いや、今年は楽が出来るわ。川本君にすべて任せて、昼寝でもするか」
と、演劇部の顧問の教師は笑いを取っていた。
「あのぅ」
美加が手を上げた。
「なに」
「私、最後の群舞だけに、お願いできないでしょうか。どうにも、自信がありませんので」
「自信のないのは、みんな」
「でも、いざとなったら緊張して、台詞、言えないかも…」
「大丈夫。安藤さんは日本語が怪しい帰国子女の役だから、台詞に詰まったら誰かが助けてくれるようにしとくから。では、今日はこれで」
と、皆が片づけを始める中、美加は尚も食い下がる。
「あの、裏方でしたら、何でもやりますので…」
「もう、決まったことだから。演劇部に入って、舞台に立たないつもり?それは無しだよ」
言い返す言葉のない美加だった。
「どうしよう…」
と、今度は桃子に言った。
「その通り。川本さんだっけ。あの部長のおっしゃる通り」
「そんな、桃ちゃん、
「えっ、そうなの。では、尚のこと、期待に添わなきゃ」
「そうなんだけど、自信ない…。でも、まさか、桃ちゃんがやって来るなんて。それも、文化祭での写真撮影の下見とは」
「あれは、そこの窓から中の様子を見ていたら、川本さんから入れって言われて、入ったんだけど、何か言わなくてはいけないから、とっさに、思い付きで何とか、しゃべったって訳」
「なんか、桃ちゃんの方が、台詞とかちゃんと言えそうじゃない」
「誰も、私なんかに期待してませんっ。では、期待されてる女優さん、頑張って」
拓也の書いた台本を、桃子も見せてもらった。内容は学園ものだが、高校あるあるや、実際に校内でちょっと話題になったことを、とんでも解釈で笑い飛ばすと言う筋書きである。
教師役が上田陸。後は生徒役だが、チョイ役で出演してくれる3年生もいる。美加は、都合が悪くなると「私、日本語、よくわからない」と言う帰国子女役。台詞も少ないし、派手な動きもない。それでも、自信がないと言う。
----いざとなれば、そりゃ、緊張するだろうけど、そこは、頑張りなさいよ。美加ちゃん。
しかし、
「おい、パパラッチ。お前も出ろ」
あれ以来、拓也は桃子のことをパパラッチと呼ぶ。それにしても、いきなり出ろと言われても、面食らうだけの桃子である。
「ちょっと聞いて下さい。普通、舞台は撮影禁止です。もちろん、今回も禁止ですが、それを逆手に取って見ようと思います。客席から写真を撮るのではなく、舞台上で写真を撮ると言うのはどうでしょうか。舞台から客席を撮るのではなく、演者を撮るのです。それを、このパパラッチ、いえ、住田さんに撮ってもらおうと思うのですが、どうですか」
「それ、面白いですね」
と、すぐに食いついたのが、陸だった。
「でも、やはり、いざ舞台ともなれば、どうしても緊張するし…」
「やはり、何か、一瞬の変な顔、撮られたくない」
「いや、それなら、僕が一番、変顔撮られそうで…」
教師役の陸は、怒ったり嘆いたりの感情の起伏が激しい設定である。
「でも、上田君の変顔、見てみたい」
「私も見たい」
「それでは、今から、話し合いつつ、位置取りを決めて行きますし。リハーサル中は決して撮らないと言うことで」
「じゃ、撮られる時は、スマイルしよっか」
「それなら、いいわね」
「では、賛成また賛成と言うことで、決まりました。お疲れさまでした」
桃子は慌てた。
「あの、私、これでも一応写真部なんで、やはり、許可取らなくては」
「ああ、写真部の部長、田崎だろ。話付けとくから」
結局、桃子は写真部と演劇部の掛け持ちとなる。
「それより、紺のジャージー、持ってる?」
「持ってないです」
「うーん、それなら、何とか、紺づくめにできないかなぁ」
「やってみます」
家に帰り、父と母に早速その話をする。
「紺のジャージーくらい、買ってやるよ」
「でも、その、川本さんて部長、面白そうな人ね」
と、父も母も乗り気になってくれたことが嬉しかった。次の部活日、桃子は意気揚々と紺のジャージーを持って行った。
「へえ、さすが、スーパーの社長の娘は違うなあ」
「それを言うなら、安藤さんはホテルの社長の娘ですけど」
「これはこれは失礼をば。でもさ、そのジャージー、洗ってくれないかなぁ」
「あの、うちでは、ハンカチから下着まで、洗えるものは洗ってからでないと身に付けませんので。だから、このジャージーも洗ってますけど」
「それなら、もっと洗って。洗濯1回くらいじゃ新品と変わりないだろ。だから、家でも着て、何度も洗って着用感を出して欲しいんだ。生徒はいつもの制服だろ。そこに、パパラッチが新しいジャージーで登場では、違和感あるし」
「はい、わかりました。そのようにします。あの、そのパパラッチと言うの、止めてもらえませんか。どうにも…」
「わかった。止めるようにするよ、パパラッチ。あ、これが、最後。じゃ、夏休みから、本格的にリハーサルに入るとしますか」
帰り道、美加は言った。
「何か、桃ちゃんと川本さん、いい感じに話が弾んでいるみたいね」
「そんなんじゃないわよ。未だに私のこと、パパラッチパパラッチって言うから、もう、止めて欲しいって言ったの」
「それで、川本さん、何て」
「止めるって」
「よかったじゃない」
「うん、まあね」
「あのね、桃ちゃん」
「なに」
美加はちょっと口籠った。
「あのね。うちのお父さん…。再婚するの」
「……!!」
晴天の
美加の母が亡くなったのが3月。今は7月。それで、もう、再婚とは。いくら何でも、早すぎるのでは…。
母を亡くした悲しみから、やっと、抜け出せたと思った矢先、父は既に再婚を決めていたとは…。
「それでね、私、妹が出来るの。偶然てあるのね。お父さんの再婚相手ってね。ほら、利恵ちゃんのお母さんなのよ」
会ったことはないが、美加が塾で知り合った一つ下の「利恵」と言う女の子のことは聞いていた。まさか、その母親が相手…。
「すごい、偶然よねえ」
いや、偶然ではない。それくらい桃子にもわかるのに、偶然を信じている美加に何も言えない桃子だった。
「それで、四つ葉台の家に住むことになったの。あ、お婆ちゃんも一緒にね」
----お婆ちゃん…。
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