ヒバゴン、登場
「安藤利恵です。よろしくお願いします」
私は一礼をした。
待ちに待った二学期である。
「今日から二学期。受験まで、半年ほどとなった。みんな気を入れてしっかり勉強するように」
と、担任の先生のいつもの簡潔な話の後、私を手招きした。
「実は、高良さんのお母さんが結婚された。そこで、姓が変わることとなり。新しい姓は、安藤さん。みんな、よろしく頼む」
と、ここで私が挨拶をして終わる筈だったのに、先生は余計なことを言ってくれた。
「良かったなあ。ホテルの社長の娘になれて。受験、頑張れよ」
この「ホテルの社長の娘」と言う言葉に、どよめきが起きた。
また、ママが結婚し、私の姓が変わったことなど、どうでもよさげな顔で聞いていた
美優のこの顔を見るのが、今日の一番の目的なのだ。そして、美優はうつ向いてしまう。おそらく、思いがけない「しっぺ返し」に悔しさでいっぱいのことだろう。
たくさんたくさん、何度でも、悔しさを味合えばいい。
----ザマア…。
この時の爽快感ったら、なかった。
そして、一時間目が終わると、女子だけでなく、男子も私の周りに集まって来た。
もう、この、好奇心のかたまり共め!
「どこのホテル」
「結婚式はどこでやったの」
「そりゃ、自分とこのホテルじゃない」
「だから、どこのホテルよ」
「家も大きくて、広いんでしょ」
「早く教えてよ。安藤さん ! 」
取り敢えずは入籍だけ。結婚式のことはわからない。家は三階建で、昼も夜も眺めがいい。玄関にはシャンデリアがある。一つ上の優しいお姉さんがいる。お婆ちゃんも一緒に暮らしている等々、昼休みも全部使って、それぞれの質問に落ち着いて答えた。美優は休み時間になると、教室を出て行き、弁当もロクに食べなかったそう。
だが、何てこと。美優からその話を聞いたジジイが早速にやって来た。そして、お婆ちゃんもこの家に住んでいることを確認すると、もう、タクシーの運転手はいやだから、ホテルで働かせろ、社長に頼め。そしたら、別れてやるとか言ったそうだ。
「へーえ、アンタ。真紀の下で働く訳。定時制高校卒をあれだけバカにしたくせに。真紀は今は社長夫人よ。ホテルのレストランで働いてるから行って、そこで頼んだら」
どうやらジジイは、ママは主婦やってると思ってたようだ。最後に、絶対別れてやらないからと捨てセリフを残して引き上げて行ったとか。
もっとも、入籍報告を知らされ、美加叔母も早々に怒鳴り込んで来た。その時は、私も家にいた。
「まあ、悦子(叔母の名)さん。いらっしゃい」
「ちょっと、これは一体、どう言う事よ ! あの時、まだ婚約もしてないって言ってたくせに。それなのに、もう入籍しただなんて ! 」
「あの、耕平(パパの名)さんも真紀も、新婚旅行です。戻りましたら、ご挨拶に伺うそうです」
「はあぁ、戻ったらぁ。先に挨拶するのが筋ってもんでしょ。まあ、それはそれは。随分うまいことやったもんね ! 正に電光石火とはこのことだわ。あ、それで、美加は」
「美加ちゃんは部活です。それより、今、冷たいものお持ちしますので。一度、落ち着いてお話したいと思ってましたのよ」
何だかんだ言って、この悦子叔母、夕飯まで居座った。
「不味っ。ちょっと、お婆ちゃん。何よこれ、味付いてないじゃない」
「すみません。薄味にしてますので。醤油でもソースでもかけて下さいな」
「あら、そう。加代(美加ママの名)さんは料理上手だったけど」
「そうですってね。私は至って普通の物しか作れませんので」
「では、真紀さんはどうなのかしら」
「真紀も似たようなものです」
「やっぱり、料理は上手な方がいいわね」
「悦子さんもお上手なんでしょうね」
「叔母さんも普通でしょ。味濃いし」
「まあ、美加。こんなに気を使って…。加代さんも、さぞ、心残りだったことでしょうねえ…」
このババア。それが食事中にする話かよ。
この後も不味いだの、口に合わないだのと言いながらも、完食したではないか。
「お婆ちゃん、ごめんなさいね。あの叔母さん、いつも、ああなの。お母さんにも嫌味ばかり言ってて…」
ババアが帰った後で、美加が言った。
「いいのよ。ああいう人は言わせておけばいいんだから。でも、やっぱり、私は美加ちゃんのお母さんの様に料理上手ではないから」
何と、美加ママは調理師免許を持っていた。
「いいえ、叔母さんは、お母さんの作ったものでも、私の好みの味じゃないわなんて、平気で言うんだから。実は…」
と、また、ここで、驚くべきことを聞いた。
美加ママが死んだ後、美加の面倒を見るを口実に、一家で、この家に引っ越して来てあげると言ったとか。そんなことにでもなれば、この家を乗っ取られかねない。そこで、パパは賃貸にすると突っぱねたそう。
それで、ママとの結婚を急いだのか…。
「利恵、わかったでしょ。何としても、あざみ学園に合格してくれなきゃ、あの人に何を言われるやらたまったもんじゃないわ。それこそ、嘲笑った挙句に、触れ回られる。バカだバカだって」
「わかってるって」
「何がわかってんの。この間の塾のテスト何よ。今はあざみ学園も難しくなってるそうだから、気を抜いちゃダメ。いいわねっ」
そりゃ、お婆ちゃんの頃には、公立を落ちた女子の受け皿のような高校だったけど、今は、進学とスポーツに力を入れ、レベルも上がっている。だから、私もまじめに勉強すると約束した。
パパとママの披露宴は、マイホテルで9月末に行われた。でも、華やかだったのはここまで。
それからの私は、スマホは取り上げられ、ゲームは週に一度、2時間だけ。一度だけ、美加の高校の文化祭の演劇部の劇を見に行ったくらいの、人のことは知らんけど、本当に悲しい受験生だった。
そんな中、ヒバゴンがやって来た。
このヒバゴンと言うのは、お婆ちゃんの母親。つまり、私にとっては、ひい婆ちゃん。
昔、どこかの田舎で類人猿の目撃情報があり、地名からヒバゴンと呼ばれてた話を聞いたことがある。そこで、ひい婆さんだから、ヒバゴンと呼んでいる。もちろん、陰で。
そうだ。あの美加叔母にもゴン付けてやろう。何がいいかなあ。何か、いいのないかなあ。
うーん、ひいババアじゃないけど、叔母ババアだから、オバゴン。うん、これがいい。オバゴン、決まりっ。
先ずはヒバゴン。歳はいくつか知らないが、今はヘルパーさんに来てもらい、一人で暮らしている。ママたちの披露宴にも来ていたが、まさか、家までやって来るとは。
「まあ、真理子。いいとこに住んでんだねえ。良かったねえ。私もこんなとこに住んでみたい。ねえ、何とかならない。これだけ部屋があるんだから、物置の隅でもいいから。一人じゃ毎日が不安で不安で…」
「それは、ちょっと無理よ。私は家事をやるってことで置いてもらってるんだから…。ああ、いずれ、施設とか考えるから」
「いやだよ。あんなとこ、行きたくないよ」
「そんなこと言わないで。とにかく今は無理よ。先ずは、ここでの暮らしが落ち着いてからよ」
「もう、そろそろ落ち着いてもいい頃じゃないの。ああ、あの美加って
冗談じゃない。やっと手に入れた今の暮らし。こんな年寄りなんかに邪魔されてたまるもんか。
私は年寄りなんか、大っ嫌い。こんなヨボヨボになってまで、生きたいものだろうか。金もない、人の世話になってばかりの年寄りなど、ホント、早く死ねって言いたい。だから、私も長生きしようなんて思ってない。こんなみっともない姿になってまで、生きたくない。太く短く生きて、適当なとこで死ぬ、それが世のため、人のため、自分のためってもんだ。もう、早く、帰れ。いや、早く、死ねっ。
そうだ、美加にも言っとかなきゃ。アレもお人好しのところがあるから、丸め込まれないように。美加、もう、終わりよ。これ以上のことはやらなくていいから。いや、何もやってくれるな。
でもさ、美加とお婆ちゃん。何か、仲良くやってんだよね。それはいいんだけど、やっぱり、引っかかる。
いや、本当は、もっと前から、喉に何か、つっかえたような気がしてならない。
ああ、ダメダメ。余計なこと考えてないで、勉強しなくちゃ。
年が明けると、それこそ必死で勉強した。そして、あざみ学園に合格した時の解放感たらなかった。
ママもお婆ちゃんも内心喜んでいるくせに、まだ、公立が残っている、油断するな。出来れば公立へ行ってくれとハッパをかけて来たけど、私はもう、これでいい。後は勉強するフリして、漫画読んでた。
当然、公立はダメだったけど、美優は一番ランク下の公立へ受かった。これで、美優の顔見なくて済む。美優も同じことを思っていることだろう。
パパとママ、お婆ちゃんと美加からの合格祝いをもらった。
「ああ、これで、やっと新婚旅行に行けるわ」
「えっ、ママ、新婚旅行なら行ったじゃない」
「あれは新婚旅行と言えるものじゃないわよ。利恵の入試が心配でロクに楽しめなかったから、合格したら、やり直すつもりにしてたの」
「わあ、いいなぁ。それで、今度はどこ行くの」
「そうね、グァムにでも行こうかしら」
「もう、私も行きたい。外国に行ったことないもの」
「邪魔しないで。ああ、お婆ちゃんと美加ちゃんとで、どこか行く計画があるとか」
それは、ディズニーランドへ行くと言うものだった。それも悪くない。
「利恵ちゃん。この旅行の間、お婆ちゃんのこと、ママって呼ばない」
「どうして」
「私たちにとってはお婆ちゃんだけど、世間的に見れば、ママでも通用するし、だから、ねっ」
まあ、ここは、美加の言うこと聞いた方がいいかも。そして、同じ日、パパママはグァムへ。私たちは、ディズニーへと旅立った。
ディズニーは楽しかった。でも、こちらは2泊3日。ママたちは1週間。何たるこの違い。
そして、二年越しの春、私も高校生。
でも、何か、違うんだよなぁ…。
!!!!
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