それは、突然に…
まさか、こんなにショックだったとは…。
年が明けると、塾には受験の緊張感が、みなきる、じゃなくて、みなぎるだったよね。
私はと言えば、期末テストは全科目、少し点数を上げた。
「頑張ったでしょ」
「頑張って、この程度とはねえ。沖ゃ暗いわ…」
何よ、少しくらいほめてくれたっていいじゃない。とにかく頑張ったんだから。
そして3月、美加は志望校へ合格した。
「さすがねぇ」
「本当ね。で、お祝い何にする」
と、美加を褒めた後は、私へのプレッシャー掛けをすることくらいわかってるから、先制をかけた。
「そう、お祝いねえ。何か、考えた?」
「考えたような、考えてないような」
「考えてないの」
何さ、顔見れば勉強しろしか言わないくせに。
「じゃ、オルゴール、どうかしら」
何だ、自分は考えてんじゃない。それでいい。
「曲は何がいい」
「何でもいい。任せる」
お婆ちゃんはノートパソコンを開き、あれこれ思案をしていたけど、その様子は何か、楽しそうだった。やがて、注文したオルゴールが届き、私は美加にLINEした。
(ささやかですけど、お姉さんの合格祝いを用意しました。ご都合のいい日をお知らせください)
だけど、待っても返事は来なかった。そして、やっと、返事が来たかと思えば、それは、ものすごいものだった。
(ありがとう。母が天国へ逝きました)
「……!!!」
えっ、そんな、ウソ…。
もう、何が何だかうろたえまくり、気が付くと部屋の中を歩き回っていた。
こんな時、本当に何をどうすればいいのか、どう言えばいいのか、頭ん中、空っぽ…。
それから、どれくらい時間が経っただろうか。やっと、お婆ちゃんが帰って来た。
「おば、お婆ちゃん」
自分の言葉すら、思うように出てこない。
「どうしたのよ」
「あ、あのね、み、美加の…」
お婆ちゃんは黙って頷いた。
えっ、お婆ちゃん、知ってたの。
「真紀(ママの名)から聞いた」
「それで、それで、どうしたらいい。ねえ」
と、スマホを見せた。
「今の気持ちを、そのまま伝えればいいのよ」
今の気持ち…。
今の気持ちと言われても、いや、今まで生きてきた中で、一番のショウゲキ。
それをそのまま伝えろと言われても、頭も回らないし、第一、指が動かない。
これで、何を、どう伝えろと言うの。
あれほど待ち望んでいた、あの人の死なのに、それが現実になったら、何か、か、ソラ恐ろしくて…。
「これ、飲みなさい」
お婆ちゃんがジュースを持って来てくれた。それを一気に飲んだ。ロールケーキもあった。今度はそれを口に入れた。あっという間にロールケーキ1本食べた。
それで、少し落ち着けた。
ようやく、スマホに手を伸ばすも、ロールケーキの砂糖が手に付いたままだった。手を洗い、恐る恐る…。
(そんな、もう、ショックで言葉もありません。お母さんのご冥福をお祈りいたします。合掌)
これだけの言葉を送信するのに、何度、やり直したことか。最後の合掌はお婆ちゃんから。
で、一夜明ければ、これまた驚いた。何と、ママもお婆ちゃんも、美加のママがもう、危ないってこと知ってた…。
「知ってたのなら、早く、教えてよ ! もう、びっくりしたじゃない。こっちにも、心の準備ってもんがあんだから !」
「あのね、人って案外敏感なの。特に、何かあった時はね。そんな時に、準備万端の通り一遍の言葉掛けられたって、何ともない。そんな言葉じゃ心に響かないよ」
言われてみれば…。
何はともあれ、これで、一歩前進だ。
そんな美加に会えたのは、3月も末だった。
「利恵の方から、美加のお母さんの話をしないのよ」
と、お婆ちゃんに言われていたので、早速にオルゴールの箱を手渡そうとしたら駅の方に誘われ、2階のロッテリアに入った。どうせなら、美加のホテルのレストランが良かったんだけど。
ママの葬儀後、新しい家への引っ越しがあったりと大変だったらしい。でも、思った以上に、美加の表情は明るかった。そして、オルゴールを喜んでくれた。
また、驚いたのが、美加は今でもホテル住まい。まあ、あの大きな家に、ほぼ一人じゃ住めないよね。
そんな話で、この日は別れたけど、私にとって、いや、私とママにとって、これからが、本番。
あの大きな家に一緒に住んであげるから、待ってなさいよ、美加。
4月、美加は高校生に、私は中三に。だが、何てこと、あの美優と同じクラスになってしまった。出来れば、このまま離れていたかった。
「いいこと、何も言わないこと。口にチャック」
「わかってるって。第一、美優とはもうずっと口も利いてないから」
「それだけじゃなくて、周りの友達にも、絶対に ! 何も言っちゃダメ ! 塾に行ってることだって、大きな声で言うんじゃないよ。いずれはわかる、いや、もう、知ってるかもしれないけど、それを自分からべらべらしゃべらないこと」
美優も家の近くの塾に通っている。
「さらに、あまり、楽しそうな顔もしない」
「別に楽しそうな顔もしないけど、暗い顔しろってこと?」
「普通に、受験生らしく」
「受験生らしくねえ」
「とにかく、家のことは一切、誰にもしゃべっちゃダメ。いいこと、わかった」
「わかった。わかりました ! それで、ママの方は」
「それは利恵が心配しなくてもいいから。勉強しなさいっ」
「ふあい」
ここは、しばらく大人しくするとしよう。だけど、私の「任務」は勉強だけじゃない。あれからも、美加とLINEはしてる。
(やっぱり、お姉さんに会いたいです。高校の話とか、もっと聞かせてください)
と、約束を取り付けることに成功した。待ち合わせ場所は、なぜか、またロッテリア。まあ、この際、そんなことは置いといて、会ってからの「話」が重要なんだから。
美加から、入学祝いのお返しに小さな手編みのバックをもらった。
「わあ、ありがとうございます ! 嬉しいです。編むの大変だったでしょ。大事に使わせて、もらいます…。あの、それで、その、高校生って、やっぱり中学の時とは気持ち、違います?あのあの、好きな人とか、いるんですか」
美加は、片思いだと笑っていた。
「そう言えば、お姉さんの高校にものすごいイケメンがいるそうですね」
何と、そのイケメンと同じクラスだと言う。さらに、部活も同じ。そう言えば、美加は演劇部だった。その時は、この顔で何やるんだろうって思ったけど、ああ、そうか、このイケメン狙いだったのか。ま、無理だと思うじゃなくて、無理。絶対無理。
と、前振りはここまで。ここからが本題。
「実は、ママにも好きな人がいるんです。でも、その人、奥さんも子供もいる人なんです。お婆ちゃんがそんな人止めなさいって…。でも、好きなものはどうしようもないって。ママ、泣いてました。その相手の人に、私も一度だけ会ったことあるんですけど。ものすごくいいおじさんで。あんな人がパパだったらいいのになって思ったりして…」
美加は黙ったままだ。
「あっ、ごめんなさい。つまんない話して。今のこと、忘れて下さい。それより、演劇部の話聞かせて下さい。秋の文化祭とかで、何やるんですか」
演劇部の部長作の学園ドラマだそう。
「それで、お姉さんの役は?」
美加は裏方だと言っていた。まあ、そうでしょ。
それから、しばらくして、ママがとびっきり明るい顔で帰って来た。
「ああ、やった ! やったわ…」
5月の連休に藤の花を見に行くことになった。車で2時間ほどの藤の花の名所へ。それも、私とママと、お婆ちゃんではなくて、美加とそのパパの4人で行く約束を取り付けたのだ。
「どうっ、すごいでしょ。もう、大変だったんだから」
ママと、美加パパが藤の花見に行くだけなら、そんなに難しいことではないけど、私と美加も一緒と言うのはねえ。それは大変だったと思う。
「後は、まかしといて ! ママ」
これからは、私の演技力の見せどころ。
でもさ、何もしなくていいお婆ちゃんは、ラクでいいなぁ。まあ、あの大きな家に住むのは、私とママだから。仕方、いや、当然のことです。はい…。
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