第一章 利恵
ママ、玉の輿作戦 一
私の名は、
そんな、もうすぐ冬休みって日のこと。スーツケースを持ったお婆ちゃんがやって来たと思ったら、訳もわからないまま、すぐに連れ出された。そして、バスに乗り、15分くらいのところで降り、今度は坂道を登った。
坂道の左側には真新しい家が立ち並んでいた。
「お婆ちゃん、ひょっとして、ここ、四つ葉台?」
「そう。ここが四つ葉台よ」
四つ葉台とはわりと最近出来た新しい町。新興住宅地とか言うらしい。でも、ここに何があると言うのだろう。
「ねえ、どこまで行くの。もう、くたびれたっ」
「何よ、子供のくせにこれくらい。毎日、ここから通うかもしれないのに」
「えっ、何言ってんだかわかんない。こんなとこ、家ばっかでなんもないじゃない」
「ほら、見えて来た。見て、あの大きな家」
----ほんとだ。お城みたい…。
近くで見ると、その迫力に圧倒されそうだった。
「すごい家でしょ。どう、こんな家に住んでみたくない」
「だって、まだ出来てないじゃない」
今も、工事の人たちが出入りしている。
「もうすぐ、来年の2月か3月くらいには完成するみたい」
「そりゃ、住めるんなら住んでみたいけど。そんなの無理に決まってんじゃ」
「不貞腐れてないで、よく聞いて。この間の地震でブロック塀が壊れた家があったじゃない。一緒に働いている人の家のブロック塀も壊れたと言ってたから、じゃ、今度はフェンスにしたらと言ったのよ。そしたら、とんでもないって。フェンスって、ものすごく高いんだって。それなのに、この家はフェンスに囲まれ、それにも増して三階建ての、この広さ。すごいじゃない」
「あのさぁ、お婆ちゃん、そんなどうでもいい話は止めてよ。それにぃ、人んちの家見て何が面白いの。もう、早く帰りたい。それより、美味しいもの食べさせて」
「どう、ここに住んでみたくない?」
「住むって。どうやって」
「じゃ、今日はこの辺で」
と、お婆ちゃんは今来た道をスタスタと歩き始めた。確かに上りより下りの方が早いけど、バス停の自販機に目もくれず、お婆ちゃんはズンズン下に降りて行く。
----もう、訳わかんない。ちょっと、コーヒーくらい買ってよ。
でも、バス停から、さらに坂道を降りた先にスーパーがあった。
何だ、そうだったのか。ここで何か買ってくれるんだ。ひょっとして、今夜は、焼き肉 !
「じゃ、今夜は豚の生姜焼きにしようか」
「生姜焼きより、焼き肉がいい。それと、パフェも食べたいぃ」
「ダメ、これから金が要るんだから」
と、生姜焼きの材料の他に、ポテトサラダ、ポテトチップスの大袋をカゴに入れるお婆ちゃんだった。
----もう、イモばっか。お婆ちゃんのケチ。
その夜は、ママも早く帰って来た。ママは昼間は洋菓子店で働き、週に何日かはスナックでも働いている。パパはいない。お婆ちゃんはイケ好かないジジイと住んでいる。で、このジジイ。お婆ちゃんの再婚相手。ジジイはタクシー運転手。
「いいこと、利恵。これから話すことは三人だけのひ、み、つ。絶対、誰にもしゃべるんじゃないよ ! どう、約束守れる?」
食後、ママが買って来たモンブランを食べている時、お婆ちゃんは妙に重い感じで言った。
「守れるよ。で、その秘密ってなあに」
「そんな、軽い感じじゃダメ!!本当に守れるんだろうね」
「もう、さっきから守れるって言ってるじゃない。でもさ、秘密にも寄りけりかな」
「お母さん、今時の子、特に利恵は焦らされるの嫌うの。わからないことがあれば、すぐにネットで調べられる時代なんだから」
さすが、ママ。そんな大事な話があると言うのに、ポテチしか買ってくれなかったお婆ちゃんとは違う。
「じゃ、言うわ。ねえ、利恵。ママが今付き合っている男の人のことなんだけど。あの人ねえ、駅前のホテルの社長なのよ」
「えっ、あの有名ホテルの」
「違う。そっちじゃなくて、国道挟んだ方のホテル」
そう言えば、小さいけど、しゃれたホテルがある。
「ママは今、その社長と付き合ってて。大きな声じゃ言えないけど、その人の奥さん、病気で、もう、長くないらしいの」
「へえ、それで、ママがその後釜になるって訳」
「ちょっと利恵。もう少し言い方って言うもんがあるでしょ」
「だって、その通りじゃない。ああ、私は別に反対なんかしないから。えっ、ひょっとして、あの昼間見た家がそうなの。わあ、ママ、すごいじゃない。私もママと一緒にあの家に住めるの。なあんだ、そう言う事だったの。もう、早く言ってよ。うふふ」
----どうっ。かわいいでしょ。
と、モンブランはとっくに食べ終わり、ポテチを手にポーズを取る私。
「利恵 ! 話は最後まで聞きなさいっ」
それから、お婆ちゃんの言う事にゃ、さの言う事にゃ。
あのホテル社長のおじさん。中々計算高くて、例え、その奥さんが死んだからと言って、ママと再婚なんかしない。もっと金持った女と結婚するだろう。
「ここからが利恵の出番よ」
そのおじさんには娘が一人いて、私より一つ上。来年高校受験で、今はホテルから塾に通っているそう。
「だから、冬休みから、利恵もその塾に通うの」
「そこで、その娘と知り合いになれってことか。で、知り合いになってどうすんの。アンタのママが死んだら、うちのママが後釜になるからよろしくとか言うの」
「利恵!!」
お婆ちゃんとママに睨みつけられた…。
「少しは真面目になりさない。このまま、このアパートで暮らすか、ホテルの社長の娘になって、あの家で暮らすのと、どっちがいい」
「はあい。いえ、はい ! それで、その娘と仲良くなれば、どうなるって言うの」
「とにかく、先ずはその娘と、仲良くなりなさい。ねっ、言うじゃない。将を射んと欲すれば先ず馬を射よって」
「えっ、なに。その、ショウオイって」
「呆れた。将を射んと欲すればって、ことわざ、知らない?」
「知らない。そんなの習ったことない」
「大将の首を取ろうとするなら、その馬をやっつけた方がいいってこと」
「大将?馬?馬って、何よ。もう、時代劇じゃないんだから」
「やれやれ。先ずは、とにかくその娘と仲良くなりなさい」
「なんだ、そんなこと。そんなの任せておいてよ。大丈夫。こっちのことは何も言わないから」
「あら、急にわかったような口利いて」
「うん、何となくね。要はママと私が頑張れば、あのお屋敷に住めるってことね」
こりゃ、面白くなりそうだ。
「それだけじゃないよ。利恵にはまだ重大な問題があるの。いや、こっちの方が大変かも。いや、大変よ。利恵 ! 一体全体、 お前の成績何なの。あれほど言ったのに、ちっとも勉強してないじゃない ! 学校の先生に言われたよ。今のままでは昼の高校は無理ですって。こんなことでどうすんの ! 」
「……」
「そのためにも塾に行かせるんだからね。個別指導を頼んでおいたから。それも特別厳しい先生に。何とか、あざみ学園に行けるように、しっかり勉強しなさい。例え、ママがあのおじさんが結婚したとしても、娘のお前が昼の高校にも行けなくて、どうするのっ」
「でも、まだママがあのおじさんと結婚するって決まった訳じゃないし」
「決まってからでは遅いわ! 今から頑張らなきゃ、間に合わないっ ! 」
でも、私、勉強嫌い。ちっとも面白くないもの。そんな私を見透かしたかのように、お婆ちゃんは言った。
「利恵。
美優と言うのは、お婆ちゃんの再婚相手のジジイの孫で、私と同い年。最初はお互い何も知らず仲良くしてたけど、ジジイがあからさまに差をつけるもんだから、そのことを知った美優も態度がでかくなった。また、今はクラスが違うけど、小学校からずっと一緒。同じクラスになった時は最悪だった。
「これ、お爺ちゃんに買ってもらったの。高良さんは、お婆ちゃんに買ってもらえば」
と、散々見せびらかしたものだ。あの時は、本当に悔しかった…。
そうだ。美優を見返してやろう。何が何でもホテルの社長の娘になって、あのすごい家に住んで、お手伝いさんにあれこれやってもらって…。
それを知った時の美優の顔が見ものだ。そうなったら、どんなにいいだろう…。
「見返してやりたい。絶対に美優を見返してやる ! そのために、ショウオイもやるし、勉強も頑張る。いえ、頑張ります ! 」
「やっと、わかってくれた様ね」
「で、勉強もだけど、おじさんの娘の顔も名前も知らないし」
お婆ちゃんはスマホを見せて来た。そこには拍子抜けするくらいパッとしない女の子が写っていた。
「名前は安藤美加」
----安藤美加か。てことは、私は「安藤利恵」になる…。
「それと、その美加って娘、成績はいいらしいよ。だから、利恵も、いいね」
「それより、ママは何やるの」
「ママは今まで通り、あの社長と仲良くするの」
「それだけ」
「バカね、それが一番大変なんじゃない。男なんて移り気なんだから、それをしっかり捉まえておくの」
「そっ、女の魅力、発揮してね」
確かに、ママは美人だけど…。
「じゃ、お婆ちゃんは、お金だけ」
「その金がどこからか降って来るとでも思ってんの ! 私の内緒金、
かくして、ママの玉の輿作戦は始まった。
「じゃ、明日からってことで。今日のところは風呂入って寝ようか」
「あ、お婆ちゃん、泊って行くんだ」
「そうじゃないの。もう、ずっとここに住むから」
「ジジイとは」
「別居。別れたいと言ったんだけど、なんだかんだ言うから、取りあえずは別居」
それで、荷物が多かったのか。
「じゃ、お婆ちゃん、先に風呂入ってよ」
「そうね。すべては明日から。利恵、勉強しなさいよ」
そうだ。あの大きな家に住めるんだから。勉強もショウオイも頑張る。
安藤利恵になって、美優を見返してやりたい。いや、絶対、見返してやる!!
----安藤利恵…。
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