第4話
雪上と九曜は今日も今日とて、講義が終わった後、空き教室に合流し、フィールドワークで集めた資料から再考や執筆活動を行っていた。
不意に雪上のスマートフォンが震える。
知らない番号だ。
身に覚えはなかったが、最近、フィールドワークの調査に関連して、事前にその地域の方と連絡を取ることも少なくないので、それに関連した電話かしらと思い、”通話”をタップした。
話を聞くうちにみるみる顔色は青くなる。通話が終わった頃には息も絶え絶え。
それでも、余力を振り絞って、隣で涼しい顔で作業を行っている九曜を見た。
「く、九曜さん。警察関係の方から電話なんですが、……一体、どうしたら?」
雪上は声を引きつらせ、どうしようもなくなったのか、すがる様な視線をまとわりつかせる。
「それなら、俺の所にも電話がかかって来たな。あの、青木家の郷土資料館の脇差の紛失について何か知っていないかと。とりあえず、知りえる範囲で答えたのならいいのでは」
九曜は何事でもない様にそう言うので雪上は、同じ電話が九曜にもあったのかと思う反面、もっと何か年下に対する思いやりはないのか、と内心思ったが、逆に少しだけ冷静になれた自分もいたので、大きなため息をつくと、机にへばりついた。
流石に見かねたのか、作業の手をやめた。
「その位の電話で、そんなに大変なことか?」
「…………まさか警察からの電話対応には慣れていないですからね」
それは暗に、九曜は警察からの電話対応にやけに慣れていますねと嫌味のつもりの言ったのだが、鼻先で笑われた。
「別に慣れもなにも無いだろう。聞かれたことに、誠意をもって答えればいいだけだ。それが死者に対しての弔いになるのなら」
「死者? あの青木家の妖刀が無くなったこのについてしか聞かれませんでしたが」
「聞いてないのか?」
逆に今度は九曜は驚いた様だった。
「…………」
「俺はいきなり警察から電話がかかってきて、まさか、警察の名を騙った新手の詐欺かと思って。一体なんの用事で電話をかけて来たのかと聞くと、この前訪れた、青木家の娘さん――青木遥香さんが亡くなったそうだ」
「え、……? 亡くなった? あの脇差が無くなっただけじゃくって?」
奇妙なものでも見る様な眼差しで、九曜を見た。それから、あの家には娘さんがいたのだと。
「その紛失した脇差で体を刺されていたのだと」
「…………」
尚更言葉を失う。
あの時見た脇差が放つ独特で異様な空気は鮮明に覚えていることだった。
「それから……雪上君も、現代は情報社会なんだから。警察だと、ただ名乗っただけの相手に不用意に自分の自身の情報を根堀葉堀教えない方が良い思うけれど」
心配した様な九曜の視線を反らす。
――脇差で体を刺されていた。
九曜の言葉が頭の中でリフレインする。
吸血鬼の異名を持つ、脇差がまた人の体を貫いた。
あの、新聞記事に掲載されていた新郎新婦の様に。
やはりなんらかのいわくがあるか、……呪われているのか。はたまた、あの脇差に魅入られてしまったのか。
「……現代に蘇る呪い。なんでしょうか?」
雪上があえてそう言った言葉に九曜は一瞬唖然とした様子だったが。
「まあ、確かにそうだな」と、雪上の言葉を肯定した。
「じゃあ、今週末にもう一度、行ってみるか?」
などと言ったので、雪上が頭の中で今週末の予定思い出していた。特に予定はなかったはずなので問題ない。
「わかりました」
雪上の言葉に今度は九曜がはあと、ため息をつく。
「君は良い年齢の学生だろう? 恋人の一人や二人作ったらどうかね?」
「二人もいるのは良くないと思うのですが」
父親か兄の様な立ち位置から述べる九曜の言葉に雪上は冷静にそう返した。
作ろうと思えば作れるのだろう。この間もコンパがあるからと誘われた。
昔の自分でそのまま大学に入学していたなら、きっと成り行きにまかせて参加していただろうと思う。しかし、九曜に会って、ひょんなことから、彼の研究の手伝いをするようになり、友人達との付き合いをおろそかにしているつもりはないが、あまり行きたいと思わなくなった自分がいるのも事実で。
「雪上君の見た目なら、選り取り見取りだと思うけど」
「……そう言いますが、九曜さんも研究ばかりにかまけていないで、学生生活を謳歌したらどうですか?」
九曜が独身であることはすぐに知った。つまり、大学で九曜こそ恋人の一人や二人作ってはどうかと言う気持ちをこめてそう聞いたのだが、可哀そうなものでも見る様な目で見られ。
「いや、犯罪だから」
そう言われてしまうと、返す言葉がない。
〇
金曜日の午後は、二人とも授業がなかったので、午前中の講義を終え、その足で柚原集落へと向かう。
先日と同じ様に、駐車場に車を停め、集落の中に入って行ったが、特別なにか変わった様子を感じることはない。駐車場には他に車もあったし、まばらだが、観光客もちらほら居る様だった。
ただ、流石に【青木家 郷土資料館】は、かたく入り口が閉ざされ、【臨時休業】と書かれた手書きのビラが貼られていた。
インターフォンを押して、「ごめんください」と声をかける。
やや少しあって、閉ざされた扉が内側から鍵を開錠される音がして、「はい」とかなり疲れた様子の青木廉治が顔を覗かせた。
「この度はご愁傷様です」
九曜はそう言って深々と頭を下げたので、雪上もそれに続く。
青木廉治は二人を見ると、はっとして頭を下げる。
「私どもの方にも、警察から連絡がありまして……今回のことを伺ったのですが……あの、これを。大したものではないのですが、祭壇の末席にでも据えていただければ」
九曜は手に持った真っ白の花のアレンジを青木廉治に差し出した。
「こんな……わざわざ……」
「ご焼香だけでも、よろしいですか?」
「ええ、どうぞ。お気遣いいただいて」
青木廉治はいきなりのことに驚きながらも、大きく扉を開いた。
一般開放をされていない、プライベートな部屋がある方の廊下に案内され、その奥の一室。祭壇の前にはお菓子や沢山の花が飾られている。
「失礼します」
小さく言った九曜に続て、雪上も部屋の中に入り、まず必死に九曜の作法に合わせながら、焼香を行った。
手を合わせ、しばらく目を閉じてから再び、目を開けその時、遺影の写真を見たのだが、雪上は顔の色をなくした。
九曜は祭壇の前から立ち上がると、少し離れて畳の上に座った。
「どうぞ」
青木廉治は座布団をあわあわと差し出すと、九曜は会釈して座布団の上に座り直す。
「お嬢さんはどのような状況で?」
「亡くなった娘の死に様はあまりにも無惨で、朝、発見した母親は精神が狂った様に大声をあげて……私も、眠っていたのですが、その声に驚いて駆けつけると、もう……」
雪上は遺影から目を離せずにいたが、向こうで二人が話を始めた様子を察知して、流石に祭壇から離れ、九曜のとなりに場所を移した。雪上のために、座布団があらかじめ置かれていたので、会釈してからそちらに座り直す。
「では早朝、お嬢様が亡くなっているのを発見されたのですね」
「ええ。お二人が郷土資料館へ来てくださった、翌朝のことです」
「亡くなる前日の夜は、何か変わった様子はなかったのですか?」
「特に気が付きませんでした。ただ、眠たいので早く布団に入るといって、早く部屋に引き上げたぐらいでしょうか」
「発見された時は、その……どのような状態だったのですか?」
「布団で眠っていました。その状態で刀が突き刺さった様なのです。だから、叫び声も争そった形跡もなくて。本当にただ眠った様に……」
凄惨な光景だ。
「あなたも現場を見ましたか?」
「…………ええ、ひどいものでした」
そう言ってうつむいた。
「失礼な事を聞く様で申し訳なのですが、その際、何か気が付いた点はありますか?」
「気付いた点ですか? いえ、気が動転していたので……何かあれば、警察の方で調べていただけるでしょうし」
「脇差で刺されていたのは、布団の上から……ですか?」
「ええ、そうでした。布団の上から」
九曜はその回答を聞いて、少し悩んでいる様子だったが、すぐに話を続けた。
「つまり、娘さんが眠っている間に、誰かが部屋に侵入して刀を突き立てたと。そう言うことですね?」
九曜は確かめる様にそう聞いた。
「恐らく。警察の方で捜査をしているので、私達は詳しいことはあまりわからないのですが、その線で捜査を進めている様です」
「それで、その凶器と言うのが?」
「展示されていた、妖刀なのです。ですから、その脇差を持ち出した人物が犯人に繋がっている可能性があると、その線からも捜査を行っている様です……」
そう言った時、僅かに表情が曇る。
「展示されているガラスケースの鍵を持っているのは誰なのですか?」
九曜の問いかけに更に顔が曇った。
まるでそう聞かれるのをわかっていて、待っていたかの様に。
「鍵は二本ありまして、一本は我が家の家の金庫の保管してあります」
「出し入れが出来るのは、ご家族のみですか?」
「はい。ダイヤルの数字を知っているのは私と、妻と娘です」
「それで、もう一本は?」
「はい。この地区の観光協会がありまして、そこの……」
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