第3話
九曜と雪上は受付に戻った。
青木廉治が二人に気が付くと、「どうでしたか?」と、手をあげた。
「全体的に見させていただきましたが、色々と勉強になりました。特に、あの妖刀には……」
九曜の言葉に青木廉治は、何度も頷いている。
「あの妖刀はその伝承も相まってか、他の展示物とは異彩を放っているような気がしました」
雪上もそう感想を述べる。
「ありがとうございます。お二人が仰る通り、私共も一目置いていると申しますか、どうもあの刀に魅せられる者も……いえ、お気になさらず」
廉治が言いかけた言葉を取り消したのは少し、不自然な気もしたが、九曜はそれについて何も触れなかったので、雪上も何も言わなかったが、ただ、”魅せられる”と言う単語を聞いた時に、思い浮かんだのは先程見た少女の姿だった。
――西洋の伝承に残る吸血鬼は獲物をひきつけるために、この世の元とは思われない程、美しい容姿をしており、魅せられた者は彼らの餌食となる。
何かの本で読んだ、文言がふと頭の中に蘇る。
「そう言えば、大河内教授からこの家で、新婚夫婦の痛ましい事件が過去にあったと伺いましたが」
九曜がそう話しを切り出すと、青木はゆらゆらと視線を彷徨わせる。まるで、その話題にはあまり触れたくないと言っている様な。
「実際に起きた事件だったのですか?」
「ええ。かなり昔に……ですが、我が青木家ではそれは禁忌に触れるような話題でして」
暗にそれ以上は話をしたくないと相手は言っているのにも変わらず、空気が読めるのか読めないのか、九曜はさらに質問を続ける。
「事件に関しては、高名な探偵が一手に解決したと伺いましたが?」
青木廉治は少々、頭を悩ませる仕草を見せ、後にふうと息を吐いた。九曜の押しにこの人も屈してしまった様だ。
「ええ。私も詳しいことは、ほとんどわからないのです。なにせ、先ほども言った様に、青木家では言葉にすることが憚られるような事項ですから。ただ、事件の着地点として、きちんと解決がなされていると言うことは聞いています」
「その事件は、やはり殺人事件で犯人が捕まったのですか?」
青木は今度こそ大きく視線を反らして、だんまりと口をつぐんだ。
雪上は一抹の不安を覚える。容赦ない九曜の物言いに、もしかしたら機嫌を損ねてしまったのだろうか。今回の訪問は、大河内教授からの紹介だ。もし、教授に対しても何か不都合が生じ、責任問題になった場合はどうしたら良いだろうか……。
その心配は杞憂に終わり、青木は再度、雪上と九曜に視線を合わせ、話を続けた。
「私の回答を信じられないと仰られれば、それまでですが、その事件については本当に何も知らないのですよ。もう、亡くなっていますが、祖父母も両親も何も教えてくれませんでした。もちろん、過去にその事件について何度か聞かれたことはあります。割と知る人ぞ知る。と言うほど有名だったようで。多分、高名な探偵がこの事件に関わっていたからかもしれませんが。ともかく、その事件は解決したら、今更なにも掘り起こす必要はない。とだけ、言われたっきりで」
「そうでしたか」
九曜の返答に、何か感じたのか青木は話を続ける。
「私自身も実はその事件については気になっていて、だって、小さいころから”知る必要のない”の一点張りで。そう言われると逆に気になってしまうでしょう? まあ、学生を卒業し就職をして、会社員として働き始めたころは自分の生活が忙しくなって、そんな事は忘れてしまったのですが、十年前に会社をやっと退職しまして、第二の人生を始めたころに、両親が相次いで倒れましてね。色々あって、こちらに戻って来たのです。両親が亡くなった後、この青木家の管理などを継いで始めた時に、家の中を全て掃除したり、資料を整理したことがあったのですが、その時に思い出して、事件や妖刀について記されている、資料がないかどうか探してみたのです」
「なにかあったのですか?」
九曜は期待を込めてそう聞いたらしいが、青木はただ静かに首を横に振った。
「いえ、本当にその当時の記録は何も残されていないらしく、全くわかりませんでした。時間がある時に近くの図書館に行って当時の新聞なども調べてみたのですが、目ぼしい情報を見つけることは叶いませんでした」
青木も雪上や九曜と同じ様に調査を行っていたのだなと、ならば雪上達が見つけたあの新聞記事を読んだのかしら、と思った。
「でも、どうして急に、その……上手く言えなくてすみませんが、事件の事を調べようと思ったのですか?」
「事件の全貌を知ってその時自分がどう思うのかは、わかりませんが、知りたいと思ったから。醜聞でもなんでも、それでも自分自身のルーツですからね」
青木はそう言葉を結んだ。
奥の襖がすっと空き、顔を覗かせたのは、青木廉治と同じくらいの年齢の女性だった。
目があって、反射的に雪上は会釈をする。
家族の人だろうか。
女性は、雪上のその振る舞いを見て、警戒心をやわらげたのか、そのまますっと大きく襖を開けると、受付の青木廉治の元に歩み寄った。
「ずいぶん話込んでいるから何かあったのかと……こちらは?」
「ああ、大河内教授の照会で、S大学の生徒さんだ」
九曜と雪上は、青木廉治の紹介に頭を下げる。
「ああ、それは」
女性はばつの悪そうな顔で、二人を見た。質の悪いクレーマーか何かだと勘違いされていたのかもしれない。
「私の妻だ。一緒にこの資料館の管理をしてくれている」
青木夫人は恐縮した様に頭を下げた。
「こちらこそお話を伺うのに、長々とすみません」
九曜が丁寧に礼をした。
「とんでもない。私が話に水をさしてしまった様で、今、お茶でも……」
「いえいえ、お構いなく。そろそろ引き上げようと思っていた所でした」
「お気遣いは不要ですよ」
「ありがとうございます。ですが、この集落も少し回って見学しようと思っていたので」
九曜がそう言うと青木夫妻はお気を付けてと送り出してくれた。
資料館を出て、青木家の門などの写真を撮っていると、血相を変えた青木夫人が二人に向かって走って来る。
足音に気がついて振り返った九曜が、「どうしました?」と尋ねる。
「お二人さん、変な事を聞く様でわるいんだけど、展示していた脇差を持ち出したりなんかしていないよね?」
九曜と雪上は流石に顔を見合せた。
「脇差とはあの、妖刀吸血鬼のことで?」
青木夫人は息をきらしながら、頷いた。
「僕の荷物はこれだけです」
九曜はそう言いながら、背負っていたバックパックのがばっと開けてみせる。
雪上も自身の無罪を主張するように、同じように見せた。
青木夫人ははほっとした様な、それでなにか怯えた表情を見せる。
「悪いね」
「あの脇差は自体わりと長さがあるものだと思うので、流石に外部に持ち出そうとなると、人目につくと思いますが」
九曜の話に視線を泳がせる。
「まさか、あの脇差がなくなったのですか?」
九曜とおばさんの反応からそう推察した雪上がそう声を上げる。
「しかし、鍵付きのガラスショーケースに入ったものでしたし、僕らがそう簡単には持ち出せないと思うのですが」
九曜の言葉に、おばさんは、何度か頷く。
「いや、引き留めて悪かったね」
そう言って、臭い物に蓋をするように何事もなかったかの様に、そこから立ち去ろうとした時に、雪上はあの時の場面が一瞬にして蘇った。
「ショーケースの前に居た、あの少女には話を聞いてみましたか?」
九曜は雪上の言葉に首を傾げていたが、青木夫人はその言葉に愕然と顔を青する。まさか、脇差の紛失からあの様な残酷な事件が巻き起こるとは想像もしていなかった。
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