吸血鬼

第1話




 九曜と雪上のゼミの教授である小笠原は、授業が終わった後に、ぺらりとビラを二人の前に差し出した。

「今後の、フィールドワークの上で参考になると思う。どうだ、二人とも行ってみないか?」

「行きます。ぜひ行かせてください」

 即答したのはもちろん九曜だ。

 雪上には拒否権はなく、すごすごと、九曜の後に続いて今、とある博物館で開催されていた”匠の名刀”と言う展覧会にいる。

 小笠原教授の紹介であるし、主催の大河内教授が会場にいるならば、一度挨拶をした方が良いだろうと、大河内教授をたずねる。

 礼儀正しい物腰と研究熱心な九曜に感化されたのか、一緒に展示を回りながら、ご丁寧にも一つ一つの展示物についても説明をしてくれると言った。大河内教授は、M大で民俗学や歴史の研究を行っている権威のある方と小笠原教授から聞いている。

「別名、”吸血鬼”と呼ばれる日本刀があるのを二人はご存知か?」

 大河内教授はおもむろにそう言った。

「気味がわるいですね」

 雪上は率直にそう感想を述べる。

「話としてはかなりセンセーショナルだな。それと、血を吸うっていうのは、物理的に無理だ。しかし、その剣が多くの人を斬っていたと言うのは間違いなさそうだ」

 九曜は腕を組んで感想を述べる。

「吸血鬼の異名を持つその脇差にはそれなりの伝説があるんだ」

「その”吸血鬼”と呼ばれる、日本刀」

「脇差だ」

 九曜の言葉に細かく訂正を入れる。

「失礼、脇差はこの展示会場には?」

 大河内教授は静かに首を振った。

「もともと個人の所有物でね、もし可能であればこの展示会場に……交渉はしてみたんだが、見事に振られてしまった」

「それほど何か、手元に置いておきたい理由でもあるのでしょうか。それと……その脇差――吸血鬼の異名の由縁は?」

 大河内教授は、待ってましたとばかりに頬を緩めながら説明を始めた。

(この人本当に好きなんだ)

 雪上は内心そう思った。


「その脇差は、とある古い宿場町で代々旅籠屋を営んでいた家に伝わったもので、過去に、その旅籠屋を利用したやんごとなきお方から頂戴したものだと、伝わっている様だ。記録には残っていないので定かではないが、その脇差は現存する」

「吸血鬼の異名はどこから?」

「それは……」

 その昔、集落で婚礼が行われた。

 嫁いできた娘は、町一番の美しく器量の良い娘だった。

 両親はこれで、家も安泰だと胸を撫でおろした。

 婚礼があけた、翌朝。

 新婦は脇差で斬られ、寝室の布団に横たわり、新郎も脇差で一突き。その刀身は新郎の体に突き刺さったまま血まみれの新婚夫婦が発見された。


「未だに新婚の夫婦がどうして殺されたのかはいまだよくわかっていない。所謂、未解決事件として残っている」

 大河内教授は顎に手をやって、一つ息を吐いた。

「それは最近の事件だったのですか?」

”未解決”と言う言葉を使うのだから、割とそうなのだろうかと雪上は思った。

「いや、百年以上は昔だが、記録が残る程度には。当時、高名な探偵が事件をすっかり解決したとも言われているがその詳細は不明。世間的に公表できるような内容ではなかったのではないか。なんて話もあるけれど」

 大河内教授はそう言ってからからと笑った。

 今更、本当のことがなんだったのかはわからない。

「ぜひ、一度お目にかかってみたいですね」

「そうしなさい……いや、そうすると良い。ちょうど、私も調査で訪れた際に、お世話になって人物がいてね。 そうだ、その人に連絡を取って君たちが訪れることを連絡しておこう」

 九曜の言葉に、大河内教授は目を輝かせた。

 雪上の意志は関係なしに、行くことが既に決定したのだなと、人に知られない様に息を吐いた。

「そうしていただくと、助かります。事前に情報収取をして訪れるのはもちろんですが、現地で伺う話を何よりも調査では重視しておりますので」

 九曜は丁寧にお礼を言った。

 大河内教授は、今情報がわからないので、後日自身の教授室に訪れる様に二人に言った。


   ○


 その日は午前中に講義はいくつか入っていたが、午後からの講義はなかった。

 雪上は午前の講義を終えた後、昼食を軽く取ると、S大の図書館に向い、一心不乱にとある事柄について調べていた。 

『妖刀――吸血鬼』

 大河内教授が教えてくれた脇差だ。


 妖刀と呼ばれる所以は、大昔に狐の妖を退治した際に用いられた事から来ていると、ある資料に書いてあった。

 それから、盗賊やお家騒動でも活躍を見せた。人を斬ったともある。

 しかし、雪上が知りたいのはこれではなく……。

 不意に声をかけられ、振り向くと、講義を終えた九曜が後ろに立っていた。

「何かそれ以上に情報は?」

 開口一番、そう聞いた。

「そうですね、これと言って……」

 確信めいた情報を発見することは出来なかった。

「恐らく、と言うのは見つけましたが」

 九曜に提示したのは、百年以上前の地方新聞記事だった。



【怪奇 一夜で血にまみれた新郎新婦】


 その見出しで始まる記事を指さす。

 紙面の片隅に小さく掲載されたその記事は、当時、柚原集落と言う、とある県の山間集落で起きた事件で、新婚初夜の夫婦が寝室で斬りつけ、刺され殺されているのが見つかったと言うものだった。

 柚原集落はそれほど、大きな町ではないが、街道沿いの宿場町として知られた場所である。

 『青木家』で起こった惨事だと言うことは分かった。しかし、詳しいことはそれ以上記載されていない。

 ただ、先日大河内教授から説明された話と、また当時事件の起こった地方とが合致した。

 九曜はその記事に丹念に何度も目を通している。

「昨夜、大河内教授の研究室に行って来た」

 ようやく新聞記事から目を離した、九曜は雪上の正面に座るなりそう言った。

 バックパックから、九曜は自身が愛用しているノートを取り出す。

「吸血鬼と呼ばれる脇差は、柚原集落の青木家で保管されているらしい」

「では、やはりこの新聞記事が?」

「恐らく、それで間違いないだろう」

「この記事が掲載している前後の日付、一週間ほど確認してみましたが、事件の進展はとくに掲載されていませんでした。有耶無耶になされてしまったのでしょうか」

「それか、あまり公には出来ないなのか」

 九曜はそう言って、目の前のノートをページを行ったり来たり、視線を走らせる。

「大河内教授によると、現在青木家のある柚原集落は景観保護地域に指定されており、街並みの保全活動を行っているそうだ。それに伴い観光地化され、青木家も母屋の一部が郷土資料館となっているそうで、そこに妖刀も展示されているのだと」

「展示されているのですか」

 まさか展示されているとは思っていなかったので、ぽかんと口が開いたまま、九曜を見た。

「それで、紹介してくれた青木廉治さんと言う方に事前に連絡を取ってから、行きたいと思って言るのだけど……今週末で予定は?」

 雪上はぽっかりと開いた、唇を閉じると、自身のスマートフォンを取り出してスケジュールを確認した。

「……はい、大丈夫は大丈夫です」

 今週末は友人達に誘われていた。それは仕方がないがキャンセルだなと思った。

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