第2話
柚原集落は九曜と雪上が今まで訪れたどの集落よりも近代的だった。
観光地化されているだけあって、大きな駐車場もあり、集落の中は歩きやすい様に整備されている。そもそも住居自体が、重要文化財らしい。
観光マップも用意されているため、雪上は駐車場に無料で配布されているものを一枚取り上げて、目的地を探す。
「青木家、青木家……あっ、ここですかね?」
雪上はマップの一点を指す。
現在地からルートを確認して、その通りに歩いていくと、並ぶ民家の中で一際立派な家屋が見える。
家屋の両側には柳の枝がしだれ、その部分だけ柳の回廊の様になっており、入り口の部分は白い石畳が光って見えた。
【青木家 郷土資料館】
入り口は換気のためか大きく開け放たれており、上には大きな看板が掲げられている。
「こんにちは」
九曜が大きく声を張って、仕切りをまたぎ中を覗き込むが人の気配はない様に思われた。
雪上もそれに続く。
建物の中に入ると焼けた炭と何かをいぶした様なにおいが鼻にまとわりついた。
郷土資料館は有料となっているので、入ってすぐ左に受付があり、本来であればそこに人が常駐し金銭のやりとりをするのだろうと思われたが、今は誰の姿も見えない。
受付のすぐ向こうは畳の部屋で真ん中に囲炉裏がある。
火が上がっているので現役なのだろうと思ったのと、鼻についた臭いはこれかと納得した。
天井を見上げると、囲炉裏の煤の影響か梁などの木は、黒く染められている。
奥の方から小走りにこちらへ向かう足音が近づき、姿を見せたのは、六十代後半の人の良さそうな老紳士だ。
「すみません、お待たせしました」
老紳士は受付に落ち着くと「大人は三百円です」と言った。
九曜と雪上はそれぞれ、財布から小銭を取り出す。
「今年は珍しいです。いつもなら桜が咲き始めるころなんですがねぇ」
金額を確認し、郷土資料館に纏わる簡単な案内文が書かれたパンフレットを二人に手渡しながら老紳士はそうぼやいた。
確かに四月だと言うのに、屋根の上にはうっすらと雪がのっかっている。
少し厚手のコートを着て来たのが正解だった。
「雪なんてまだあるんですね」
老紳士は肩をすくめる。
「いえ、この時期まで雪が残ることは早々ないのですがね」
「ここまでレンタカーを借りて来たのですが、念のために割高なるが冬タイヤを指定したのです。まさかとは思いましたが、高速道路は雪が残っており、冬タイヤの装着規制が入っていたのでよかったです」
九曜の言葉に老紳士は頷いた。
「そうでしたか、お二人はどちらから?」
「挨拶が遅れました、すみません。大河内教授からの紹介で伺いました、S大の九曜と言います。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
「ああ、貴方が……こちらこそ、青木廉治と言います」
老紳士が大河内から紹介されたその人だと名乗った。
眼鏡をかけ、九曜と雪上をみて柔和な表情を浮かべる。
「初めまして。雪上です」
遅ればせながら雪上はちょこんと頭を下げる。
「よろしければご案内させていただきますが?」
青木廉治の申し出を九曜はやんわりと丁重に断る。
「まずは、先入観なしに、一通り見させていただきたいと思いまして。後程、質問があればいくつか伺っても?」
「もちろんです」
郷土資料館。
その名の通り、この集落についての簡単な歴史等から始まり、過去に使われていた道具や家具などが展示されている。歴史などについては、事前に調べていたことであったので、それほど、追記するような情報はなかったが、近代化にともない、宿場町としての幕を閉じてからの数十年は暗雲の中におり、観光地化として活性化するまでには地域として様々な紆余曲折があったことが書かれていた。
いくつかの部屋を回り、一通り展示物をみて、最後に訪れたのは光のあまりない薄暗い小さな小部屋だった。壁の一面は経年劣化によるものか、壁に大きな隙間が入ってる。ひょっとしたら人の手でも入るのではないか、と思いながらその反対に目を向けると、ガラスのショーケースが見えた。
窓がない、部屋の薄暗い片隅に置かれたそれは、流石に目を引き、雪上はぞくりとした。
白い布の上に置かれ、わずかな光でもでも研ぎ澄まされた様に輝く。
「これが……」
それ以上の言葉は、思い浮かばなかった。
美しい。だけど怖い。
それが雪上が一番に感じた印象だ。
刀身の前には、説明書きがある。
【無銘 中脇差 吸血鬼の異名で知られる青木家に代々伝わる妖刀である。】
――イチヤデチニマミレタシンロウシンプ
目の前の脇差が生身の体に突き刺さる。その血の滴る場面を想像して体を震わせる。
九曜の姿を探すと、もう先の展示物を見ている。
少しだけほっとして、その後を追う。
「九曜さん、あの、あれ見ました?」
「脇差?」
雪上はこくりと頷く。
「ああ。あとで、青木さんにも話をいくつか聞きたいな」
何事も無かったかの様に、次々と展示物を渡り歩く。
雪上は後ろ髪を引かれる様にもう一度、脇差があった場所を振り返る。
「あ」
思わず声が漏れた。そのガラスケースの前に佇む、一人の少女の姿があった。
あまりずっと見つめていると不審がられそうだと思い、視線を反らしたが、妙に印象に残る少女だった。少女と言うのは語弊があるかもしれない。もしかしたら、雪上より年上の女性かもしれないとも思う。年齢不詳。あまり世間に擦れていない様な純粋さを持ち合わせている様に見え、そこが若く見えるのかもしれない。ただ、瞳が暗く沈んでいる。この世のものとは思えない様な、凄みを帯びたオーラを感じた。
九曜がスタスタと先に行ってしまうので、そのまま九曜の後を追った。その時はもう彼女の横顔は忘れてしまっていた。
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