第2話
この様な社会情勢であるため、あまり長居をするのも良くないと判断し、必要な情報を後、何点か聞くと早々に白木家を失礼した。
二人は、白木老人から教えられた祠へ向かっている。
「黄金の椀。なんてものは本当にあったんですかね?」
「さあ」
興味がないとでも言わんばかりの九曜の物言いに流石に雪上はかちんときた。
「さあって、九曜さんが伝承集を編纂したいと言ってやっていることでしょう?」
「じゃあ、実際問題として、そんなものが実在したとでも? おとぎ話でもあるまいし」
「…………」
――そう言う自分はおとぎ話集めているじゃないか。
流石に子供っぽいと思ったので言わなかった。
――あるはずもない。
確かにそう言われてしまうと、雪上は全くもって何も言えなくなってしまう。
九曜のフィールドワークに嫌々ながらも付き合っていく中で、現地の人の話を聞いて、本当にそんな伝承が現実にあったなら面白いな。と、一人で想像を巡らせていた自分がいたのも否めない。
「食料難で山に入った際、白木仁衛門は何か、食料になるものを別に見つけたのだろう」
「小豆ですか?」
伝承の内容は、『食料の何か』ではなく、具体的に『小豆』となっている。
「それは、話が伝わっていく過程で情報が歪められてしまう可能性はあるから、絶対とは言い切れないけれど」
「まあ」
「でも、それに近い何かを見つけた。しかし、他の集落の人達には言えないものだったから、見つけた対象を『黄金の椀』に置き換えた。尚且つ、あまり人々に知られたくないものだったので、わざわざ祠を立てて、祀った――つまり、祠に埋めて隠したとも言える」
「そんなに人に言えないものとは、なんだったのでしょうね」
「さあ」
話をしながら、歩いているとアッと言う間に祠に到着した。
「立派ですね」
雪上は祠を見てそう感嘆した。
もしかしたら、先ほどの白木の家よりも立派なのではないかと思われるくらいだ。
祠は小さな小屋の様になっており、ガラス張りの観音扉の向こうに、石碑が見え、何か文字が削られているのは見てわかるが、達筆すぎるのと、経年劣化に伴い、顔を寄せても全く文字の判別がつきかねた。
「ありがたく、ここに眠らせる。白木仁衛門。と書いてあるのよ」
後ろから声がして振りかえると、亜沙美が立っていたので、流石に驚いた。
「祖父がせっかくだから、案内してあげなさいと言っていたので」
亜沙美は祠に歩み寄り、観音扉の鍵を解錠した。中に入ってもいいと言って。
「ありがとうございます。ちょうど何と書いているかわからなくって困っていた所だったので、助かりました」
九曜は驚くでもなく、平静に礼を言って頭を下げた。
「それはよかった。あの……もし失礼じゃなければ伺っても?」
「なんでしょう?」
「九曜さんは社会人になってから、もしかしてS大に入学されたのですか?」
確かに、雪上と九曜は明らかに見た目の差がある。
雪上は今風の大学生だが、九曜は作務衣に坊主。明らかに異質である。
「以前はサラリーマンをしていたのですが、この社会情勢で、仕事を失っていまいまして。それで思い立って」
「すごいですね。それで、大学に入学しようと思うなんて」
「いえ、逆にそれ以外に受け入れてくれる先がなかったもので」
その言葉には色々な闇を感じ、それについて雪上は深く聞いたことがない。亜沙美も同じ何かを感じた様で、それ以上深追いはしなかった。
「でも、そのまま研究を続けて、あわよくば教授の道へも開けていくのではありませんか?」
九曜はぱっと顔を上げた。
「いいですね。それも一つの道ですね」
目が輝いている。
雪上は妙に嫌な予感がした。
「助手は既にいるから安泰ね」
そう言って雪上を見た亜沙美に苦笑い。
冗談だと思う。
いや、冗談だと信じている。卒業してもこの摩訶不思議な九曜に付き合うのはごめんだと言わんばかりに。
「そう言えば、先ほど聞くのを忘れてしまったのですが、この辺りで小豆は栽培されているのですか?」
「この集落で収穫していた話は聞いたことはないわ」
九曜は腕を組み、一心に石碑を見つめている。
「小豆はどこからきたのですかね」
そう言ってなお、見つめていたが、石碑に特別なんの変化も訪れることは無かった。
一通り祠を見終わると、丁寧に礼を言って亜沙美と別れた。
これ以上、一通りこの集落で行うこともなくなったので、後は帰って情報をまとめ、文字に起こす作業になる。
公共交通機関のある方面への帰り道を歩いていると、後ろから叫び声が聞こえ思わず振り返った。
「白木老人、どうなさったのですか?」
後ろから追いかけて来たのは先程会った、白木老人、その人だ。
血相を変え、「亜沙美をどこへやった?」と叫び散らす。
「どこへやったと言われましても……」
雪上は回答に困った。
九曜は白木老人に歩みより、「先ほど、教えていただいた祠で亜沙美先輩とお会いしましたが、その後はすぐ別れました。観音扉の鍵を解錠してくださって。僕らが調査を終えると、『掃除をして、鍵をかけてから家に帰る』と言っていましたので。その後のことはわかりません」
九曜は自身が吐いた言葉に同意を求める様に雪上を見たので頷いた。
雪上の認識も九曜の言葉の通りである。
「そんなはずはない」
白木老人はわなわなと身体を震わせた。
「いいか? 君たち、しかるべき関係各所に突き出すぞ?」
脅しの様な文言に流石に雪上は後退りしそうになるが、隣の九曜は全く動じない。
九曜と雪上の経験の差なのだろうか。
この様な場面で九曜と自分自身の年齢差を感じる。
「つまり、亜沙美先輩がまだ家に戻られないと言うことですか? 掃除をされると言ったので時間がかかっているのでは?」
「亜沙美は二時に集落の婦人会に出席するの予定なんだ。あの子は約束をたがえない」
雪上はポケットからスマホを取り出す。
午後二時をすでに過ぎている。
「亜沙美先輩が忘れてしまっている可能性は?」
「そんなのあり得ん」
雪上はどうしたものかと九曜を見た。
「では、まず祠に行ってみましょう。もしかしたら、行く途中ですれ違うかもしれませんし」
九曜の申し出に、白木老人は思ってもみなかったのか、少し狼狽したのちに「わかった」と言って、歩き出した九曜の後ろに続いた。
確かにS大の学生であると名前まで名乗っている以上、このまま帰る訳にも行かない。雪上もそう思い、少しひらいてしまった距離をうめる様に早足で二人に続く。
祠に戻る途中、亜沙美とすれ違うことはなかった。祠に到着しても、付近に亜沙美の姿は見当たらない。
「姿はなさそうですね。掃除の途中で何処かに行かれたのでしょうか?」
そうは言ったが、祠の観音扉は開け放たれたままになっている。
九曜は不意に白木老人を見た。
「この地域で小豆はつくっていないのでしたね」
九曜の不意な質問だったが、白木老人は頷いた。
「この集落ではないな。でも、近くの集落でつくっていると聞いたことはあるが」
白木老人の発言に九曜はぱっと顔を上げる。
「そこに住む地域の方と、白木家の方と親交はありますか?」
「ああ、古くから。親戚がいる」
その言葉を聞いた九曜は、マスクでよく見えないが、にやりと笑みを深めて、何かを確信したかの様だ。
九曜はつかつかと祠の中に入ると、姿勢をかがめ、床をじっくりと見た。それから急に急いで、スマホを取り出すと、ライトを点灯させる。
「一体、何が?」
九曜の様子からただ事ではない何かを感じ取った白木老人が九曜の方に、一歩近づいた時、ぎいっ。と、大きな音がした。何かと思うと、石碑が大きく動いた音だと雪上は近寄って気が付いた。
雪上と白木老人はあんぐりと口を開けその様子を見ていることしか出来ない。
「先祖代々、石碑を掘り返さない様にとしたのはこのからくりを見抜かれない様にするためだったのだ」
九曜がそう説明して、石碑が大きく動いた所にぽっかり開いた穴、その下方に向けられたライトの先を見て思わず声を上げた。
「亜沙美先輩」
大きくぽっかりと開いた穴の下に亜沙美が倒れている。
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