第5話
白じいさんの家に長居するのも、と言って早々にお暇をした。
寺への帰り道、雪上は、「少年に告げるのか?」と聞いた。
そう言いながら、なぜ自分は探偵ごっこの様な真似をしているのか、言いたくなったが、ただ、もしも自分の行動であの少年がほんのちょっとでも救われる何かが見つかればいいと思ってしまったのも事実。
確かにアリバイは有った。
しかし、”22:50”以降の記述はない。白じいの家から、住職が倒れていた場所までは十分程。あの文言を書いて、すぐに白じいの家をでたとしたなら、アリバイはあってない無いようなものだとも思う。
もしも、白じいが生きて居たなら………そう思って首を振った。
色々考えて、それ以上に家族のセンシティブな話題にはげんなりとしてしまう。
九曜はあの少年の助けになればと言っていたが、今聞いた事実を彼に告げるのだろうか。逆に父親の犯行を裏付ける様な追い打ちにならないだろうか。雪上や九曜は犯罪については素人であり、それ以上にトリックを見破れるスキルも能力もない。
九曜は前だけを見て、歩き続けている。
こちらは振り返らずに。
「今、白じいの娘さんに話をきいて、確信した」
「え? 一体何を確信したと?」
「あの少年の父親が言うアリバイが存在しないのだと言うことを――恐らく、父親が住職を殺したのだろう」
その言葉にごくりと息を飲んだ。
ある意味その結論に至ることはわかっていた。だけど、実際に言葉として聞くとのその重みが両肩にのしかかる。
「でも、なんで住職さんを殺す必要があるんだ? むしゃくしゃしてて、わざわざ人を殺すなんて」
雪上には理解しがたい。
「多分、あの少年の父親の本性は白じいさんへ、こまやかなケアが出来るほど、優しい人なんだろう。だから、住職さんにそれだけの怒りが湧いた……そこから考えられるのは、住職が奥さんの浮気相手だったと言うことではないか」
「まさか」
自信に満ちた九曜の言葉に、水を差した。その言葉とは裏腹に、九曜の言葉にどこか納得している自分がいるのも事実であった。
「浮気を疑った奥さんと喧嘩して家を出て、その日も白じいの所へ行った。恐らく行ったのは本当だったのだろう。だから本人もそれほど強く行った事を主張するのだろうし。白じいと飲んで少し頭の冷え、白じいさんも少し体調が悪かった。酸素を吸入するぐらいだからな。それで、父親が家に帰ろうと雪割草の群生地に差し掛かったところで住職に会い、そこから問い詰めて言い合いになった。もしかしたら住職の方から確信めいた事を言い出したのかもしれないし。自分の妻の浮気相手が目の前にいる。懇意にしていた寺の住職だったのだ。そこでかっとなって殺してしまった。その後、我に返り自分のしてしまった事の大きさを実感するも後の祭り。苦肉の策で白じいの話を切り出した。多少不審に思ったとしても、人の良い彼なら同乗してアリバイに応じてくれるかもしれないと思ったから」
さくさくと歩く音だけが響き渡る。
「しかし、頼みの綱の白じいは亡くなってしまった」
殺人犯なんかじゃない――そう叫んだ少年。
彼の気持ちをおもんばかるとやるせない。
「だから言わないし、我々の様な素人が言ったところでね」
九曜はいきなり立ち止まり振り返る。
「言う必要ないだろう。お前の父親がアリバイと嘘を重ねた殺人犯だって。そもそも俺らは警察でもなんでもないのだし」
雪上は同じ様に立ち止まり、言葉を失う。
「警察が捜査をしているのだろうから、素人が憶測でとやかく言うもんじゃない。それに」
「それに?」
雪上は思わず立ち止まって九曜を見た。
「誤って逮捕されている。そう思っていた方があの少年の気持ちもいくらか救われるだろう」
そこまで言って急にだんまりとしてしまうので、雪上は余計に面くらってしまう。
「なんですか?」
「あの村に行く時に非常にぜいはぁ、していたから休憩が必要かと」
「大丈夫です」
雪上はくるりと踵を返した。
強く言うと九曜は、はあと息を吐いて「若い子はわからん」と嘆いた。
「雪割草はどうするんですか?」
九曜は再度ため息を吐く。
「どうするかな……現在は死体が、なんて書きたくないからな」
色とりどりの花が色づくまでにはもう少し、時間がかかりそうな群生地を思い出した。
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