第2話

「雪割草の群生地? あんた等死体を見に来たのかね?」

 ようやくGeegle Mapに設定した目的地に到着して、一番最初に会った集落の村人。

 紺色のジャケットを着こんだ現地の男性に声をかけ、返って来た言葉がそれだった。

 雪上は驚きのあまりあんぐりと口をあける。

「死体? なんですか、私達は有名な雪割草の群生地を尋ねてきたんですって」

 九曜は相手の”死体”と言う言葉の重圧に飲み込まれることなく、いつもの調子でそう聞き返した。

 紺色のジャケットの男は九曜と雪上を交互に見る。

「あんた名前は?」

「九曜です」

「供養? じゃあ、やっぱり……」

 ジャケットの男は両手を合わせようとしたので、雪上は一歩前にでて、それを制する。

「いえ、彼の名前は漢数字の九に、曜日の曜と書いて九曜と言います。僕たちはS大学の民俗学研究ゼミに所属する学生です。この辺りに伝わる雪割草の伝承に関してフィールドワークに来ました」

 ため息が漏れる。

 九曜は坊主頭に、黒の作務衣が彼の普段着であるので、修行僧にでも間違われたのだろうと理解しながらも、目の前のジャケットの男も九曜を”大学生”と言う言葉の枠に当てはめるように考えこんでいるのか、必死に首を傾げているのがわかる。

 以前、冗談まじりに九曜にお寺に修行に入ったことはあるかと聞いたが、縁もゆかりもないと言っていた。完全に見た目に騙されているのだ。

「この社会情勢で失職しましてね、思い切って学生に舞い戻りました。昔は逆に就職のために大学を中退したので、いつか卒業したいと思っていたのです」

「なるほどね」

 九曜の言葉にようやく頷く。

「それで、雪割草についてはご存知ですか?」

 雪上が再度、問いかけるるとジャケットの男は、

「お寺の近くに群生地がある」

 と、言った。

「やはりお寺があるんですね」

 自身も事前に文献なので調べ、この辺りに日蓮上人が開祖のお寺があると言うことは知っていた。

「ああ、日蓮さんのお寺だよ」

「そうですか。ご主人は詳しいのですか?」

 九曜は必ず、見知らぬ男性に対して”ご主人”と言う言葉を使う。それはサラリーマン時代の名残らしい。

 名前がわからない。もしくは名前を忘れてしまった男性についてそう言っておけば不都合はないと以前九曜が言っていた。

 しかし、大学のキャンパス内で学生に向かってご主人。と、たまに使うのだから、それはどうかと思ったことがある。本人には言わなかったけれど。

「いやー、やはり今はなー」

 ご主人と呼ばれたジャケットの男は視線をきょろきょろとして言葉を濁した。

「ここからどうやって行くのかだけ聞いても?

「それはいいですが……死体があった場所でしたのでね」

 そう言いながらも、ジャケットを着たご主人は、場所を丁寧に教えてくれた。

その雪割草の群生地にたまにでも行くことはあるかと聞くと、

「……行かないね」

 と、困った様に視線を逸らす。

 これ以上は聞いても何も情報を得られないと判断したのか、礼を言って、別れると、教えられた場所に向かった。

「ここですかね?」

 雪上はあたりを見回す。花の時期には少し早いのだろう。群生地と小さな立て札が立つ場所には、緑色のふわふわっとした小さな新芽が見える。

 それよりも目を引くのは、その中の一画に黄色の”立入禁止”と書かれたテープに囲われている箇所だ。先ほどのジャケットのご主人が示唆した死体の存在が生々しく現実味を帯びてくる。

「おお、ここか」

 九曜はそんなことなどは全く気にも留めない様子でまだ花のない群生地を写真におさめていた。

「九曜さん。気味が悪くありませんか?」

「何を言っている? 死体なんてどこにもないじゃないか。それに動物の死骸ならば、この様な森の中では日常茶飯事だ。それよりも検証のため、あの寺院の住職へ話を聞きに行こうではないか」

 そういって、意気揚々と足を踏み出す後ろ姿にため息を吐きながら、雪上も続いた。

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