Welcome to Meiji Era
常陸乃ひかる
Moved in 1906
『出会い、別れ、再会』
三つは
が、『彼女』に会えない理由には直結しません。
なぜならもう現世に居ないのですから。
もし生きていたら140歳を超えた妖怪でしょうね。
眼の
男は意識の
男は
「おや
男の存在に気づくなり、
「河原で倒れていた時は
着物の上に着けた白いエプロンで手を拭きながら、くすりと笑って男へ近づいてきた。困惑しながら記憶を辿ったが、旅行先の橋から浅瀬へ落ちてゆき――
「わっちは、みの――っ、
男は名乗りながら、整った目鼻立ちを見据えた。途端、何かが湧き上がるのを覚えて、さっと目を逸らしてしまった。首を傾げる女は、困ったように微笑んでいる。
「――おぉ、起きたか! 御客人、身体はもう
「御父様。
「そう
散切り頭に鼻下の
囲炉裏
「
主人は豪快に飯を
「説明しにくい……。お聞きしたいんですが、
七海は混乱したまま、ピントを
「ついこないだ終戦されたではありませんか」
「ポーツマスのあとか……。では総理大臣は誰です?」
「ほんにまあ、
なるほどと七海は頷いた。暗殺される前――明治四十年前後だろう。
とはいえ、露西亜だけが悪者と云ってしまうのは違う気がするが。
「……
「えぇ、一般人は損しかしません。日本が一番だと思ってる
此の家は長屋ではなく、すべての部屋とまではいかないが、電気を引いているようなので貧困層――いや、庶民にも到底見えない。
「まあ……わっちは未来から来たと思ってください」
主人の質問を善い加減に答え、白米、
「はははっ! 七海君は
「もう……御父様、好きなだけなんて――」
「おハナも『
「もう! 大概になすって!」
さて、これからどうするべきか。七海は身の振り方を考えた。
――けれど、現代へ帰る
ハナの家は、江戸の頃から町の旦那衆だったようで、私財で文化を守ったり、地域を活性させたり、職人に
ハナの母は若いうちに病死しているようで、七海は彼女の家事を進んで手伝おうとした。が、「殿方に斯様なこと――」と断られてしまうのが常だった。
ハナが家事の合間に、
「わっちにはそういう才能がないので」
「
「ハナさんはもっと自信を持ったら良いのに。そうだ、良ければわっちがモデルになりますよ? 世話になりっぱなしってのも悪いし」
「七海様が
そうして七海は、
近代の生活に慣れ始めた頃。ハナと散歩をする機会がやってきた。
七海はワイシャツとズボンを着衣し、左手には、
「足が悪いのですか?」
「これは友人の形見……お守りです」
二人は絶妙な距離を取りながら、見覚えのある小さな石橋に差しかかった。七海は
「七海様、あの……」と、ハナはもじもじしながら話を
「どなたかと
「多少は恋もしましたよ」
七海はもう三十に近い。それ相応の返答をし、
「その中のひとりがハナさんです。そう言えば信じてくれます?」
ほどなく本心を、ぼそっとつぶやいた。七海はたった数日の生活の中で、ハナに対して明確な好意を抱いていたのだ。
「何を
「未来人は信じるんですね」
「
「わっちが答えたところで未来は変わりません。でもこの時代の活力を見てたら、まだなんとかなる気がしてきました。まあ、わっちは英語覚えて海外に逃げますけど」
「……あははっ! ほんに七海様は可笑しいったら!」
一拍。
ハナが襟を正した。そしてふと、
「実は先日、
現代とはまるで異なる
「けれど貴方の
「フラれちゃいましたね――」
云い終るよりも早く、異性の手を握ったこともない
が、ハナは身を寄せる力加減もわからなかったのだろう。急に体重を乗せられた七海は足を取られ、橋の欄干を背にしていたせいで、重心が後方へと傾いてしまった。
「やばっ……!」
「危いっ――!」
ハナは咄嗟に、七海が左手に持っていた
ハナが杖の持ち手を握ったことにより、鞘走るように刀身は別れ、真っ青になった彼女の顔が離れていった。赤くなったり青くなったり、忙しい女性である。
七海は何かを悟ったように、鞘を握ったまま橋の下へと落ちていった。
ゆっくりと、暖かい春の風を感じながら。
街道をのんびり歩くくらいの心持で、ゆっくりと――
やけに水音が近い。
「いてっ……あれ、わっち……」
目を開けると橋の下の浅瀬で、ワイシャツの一部と、ズボンの足元を濡らしていた。近くには、友人の形見の鞘だけが転がっている。それを拾ってフラフラと立ち上がり、覚えのある道を辿り、町の一角へやってきた。その中の一軒の家へ吸い寄せられるように向かいチャイムを鳴らした。
家から出てきたのは年老いた女性だった。七海は急な訪問を詫び、ハナという名前を語り、黒漆の鞘を見せた。
「もしかして七海さんの子孫ですか?」
すると女性はその顔を見るなり、自ら本題に入ってくれたのだ。
家に上げてもらった七海は、見覚えのある間取りの一室で事情を聞いた。この女性の
ほどなく見せてくれたのは、縁側で描いてもらった七海の横顔だった。二十号ほどの小さな日本画だが、立派な額に入れられている。
懐旧を覚えつつ、女性が七海を『子孫』と言った理由を理解した。七海も本題のように、「この鞘に見合う刀、ありませんか?」と杖の片割れを見せた。
「もしかして……」
女性は家の奥へゆくと、
「大事に管理しておりました。宜しければあなたの手で戻してくださいますか」
言われるままゆっくり抜くと、刀身は錆びずに輝いていた。杖のグリップにあたる
「ひいお婆ちゃんも喜ぶと思います」
たとえ夢物語でも、自分の心で生き続ければ良いのだ。浮世にはそういう出会いと別れと――ちょっとだけの再会があるのだから。
流れる川も、咽ぶ姿も、
了
Welcome to Meiji Era 常陸乃ひかる @consan123
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