地下の活動
我々はどうすることもできず、一番近い破壊された柱の根元に身を隠して彼らを見ていた。私は班長の方を見たが、彼女はいつも管制官から爆破許可を待つときのように、微動だにしていない。
散発する銃声がしたあと、増田が丘の上あたりに倒れるのがわかった。
熊沢は我々に背を向けたまま肩で息をしながらその場から動かず、ライフルの弾倉を交換している。しばらくじっと丘の方を向いていた彼は、何やらおびえるように後ずさりを始め、暗闇の何もないところに向かって何回か発砲した。そして、我々のいる方向と増田が倒れた丘の方向とは違う、別の方向に叫びながら走っていく。
「ひいっ、囚人たちが、殺したあいつらが、生き返って来た!」
彼はそう叫びながら、誰もいない後ろを何度も振り返り、砂を巻き上げて走っていく。
「熊沢! あいつ、幻覚を見ているんじゃないのか」
「そっちは危ない!」
班長が端末の画面を見ながら叫んだ。
先日からずっと覚えている、あの地面に転がった誰かのちぎれた腕がそこにあった。熊沢はそれを避けようと歩幅を変えたように見えた。足がもつれ、倒れ込み、くるくると前転しながら、ばたりとくの字に倒れた。その瞬間、体の下の地雷が爆発した。
彼の上半身と下半身は別々の方向へ吹き飛んでいった。
私と班長は震えながら放心していた。おぞましい姿になり果てた熊沢の姿を見ることができず、近づこうにもその勇気がでない。仕方なく増田が倒れている丘の方へ歩いていくことに決める。
増田は何発か撃たれていた。死にかけていて、まだ意識はある。
「おい、お前に柱を破壊するよう指示していたのは誰だ。教えてくれ!」
この私の叫び声にぴくりと反応し、増田は目を開けると、おもむろに答え始める。
「指示しているのは、お前らの管制官、佐久間という男だよ。奴はこのスーパーワイヤー計画をつぶそうとしている。クーデターを仕掛けたのはそいつさ」
すると通信端末には、頃合いを見計らっていたかのように、その管制官の佐久間本人から連絡が入った。
「栗原班長。増田に柱の爆破をやらせていたのはこの私だ。最後は君たちにも手伝ってもらおうと思ったんだが、全てが判ってしまったから、もうそれもできないな」
管制官の口調は
「なぜなんです? 地上で働くあなたが計画を妨げるなんて。最後はあなただって選民として、上空都市へ暮らすことになるんでしょう?」
「栗原君。地上の人すべてが上空都市に行けるわけじゃない。私はそれら選民から外れた身なのだ。地上には私のようなものが沢山いるんだよ」
「増田たちを使って柱の爆破を進めようとしたようですけど、結局、熊沢に阻止されて、残念なことですね」
私は皮肉を込めて言ってやった。
「ははは、熊沢を使って増田の作業を邪魔したのも私だ」
「ええ? どういうことだ?」
「スーパーワイヤーの接続までは増田に好き勝手に柱を爆破させて、選民たちを脅して混乱させ、それが失敗したら、今度は柱を爆破させないというのが作戦さ。そうだな、例えるなら、増田はアクセルの役目、熊沢はブレーキな役目とでも言おうか。彼らがいろいろ時間稼ぎしている間に、地上の工作員がスーパーワイヤーと地面との接続部を爆破して阻止する予定だった。しかし、地上でのその計画は当局に阻止されてしまったんだよ。それが失敗しなければ政府は本当に増田たちと取引をしようとしていたんだ」
「しかし、上空都市へ移り住めないというあなたの境遇が、そんなに憎しみを駆り立てることなのか? 私にはクーデターなんてすることが理解出来ない。国に対する反逆じゃないか。それでも公僕か!」
「有坂君、スーパーワイヤーは成層圏よりも高いところに設けられた、スーパーリングと繋がっているんだ。世界の数十の都市がそれと接続しているんだよ。スーパーリングはただの構造物じゃない。あそこには、通信ケーブルが通るだけでなく、原発や太陽光や風力で得られた電気とか、他国から買い取った天然エネルギーもスーパーリングからスーパーワイヤーを経て、上空都市へ供給されるんだ。そういうやり方を
「例えば、船で天然ガスを運ぶ場合、その航路を軍艦などで船を護衛する必要が無くなるわけだろ」
「そうだ。我が国がエネルギーを運ぶ航路の安全は自国だけで確保できない。そのため、昔から大国との同盟国に頼っている。航路にあたる国々にも通行料を払って船を通してもらっている。我々を気に入らない野蛮な国がそれを妨害したり、裏工作をして輸送船の護衛をしてもらえなくしたり、通行料を莫大な料金にまで吊り上げられたりでもしたら、我々はたちまちエネルギー不足に
「でも、地上や地下に居残る私たちは、その恩恵を受けることがないんでしょう」
班長はそう言うとため息をつく。
「そうだ、今まで通り、船で運んだエネルギーを使い続けるしかない。割高で、しかも供給が不安定なエネルギーをね」
「管制官、あなたは、その恩恵を受けられない悔しさから、スーパーワイヤー計画をつぶそうと考えるなんて、私は傲慢な志向だと思いますよ」
私はそう言ったあと、ふと、ある考えが浮かんで話を続けた。
「管制官、さっきあなたは『我々を気に入らない野蛮な国が妨害する』と言いましたが、もしかして、あんたの後ろにはその『野蛮な国』がいるんじゃないでしょうね」
「ええ?」
班長が驚いた顔を私に向ける。
「その野蛮な国からの報酬が管制官のあなたに入る、そういう仕組みなんじゃないんですか?」
「有坂君、君って人は。その洞察力には敬服するよ。都市計画省に居たころに、上から
そのとき、意識を失いかけていた増田が、か細い声で生き絶え絶えに口を動かした。
「俺は、最後まで、選民野郎どもを...許さねぇ...邪魔してやる」
そういうと手に持っていた爆破スイッチのいくつかを押し始めた。
「やめろ!」
丘から数十メートル離れた数本の柱に閃光が走り、今まで聞いたことのない大爆音がした。
私と班長は飛んでくる破片を避けるために、丘の向こう側へ走って駆け下りながら、倒れてごろごろと身を転がしてそのまま伏せた。一度に数本を爆破したから、破片の量は今まで以上に多かった。
「しまった! 全部、柱を全部、爆破しちまった」
砂塵から守るために目を細めながら、私は叫んだ。天井の方から雷鳴にも似た何かが擦れるような鈍い音が聞こえてきた。それはもしかしたら前に熊沢の言っていた獣の叫び声というのに近いのかもしれない。
これは低周波による幻覚なのか? そう思っていたが、班長に腕を引っ張られ硝舎の方へいっしょに走った。
砂嵐は先ほどより収まったようだ。走っている途中、上の方から人の頭ぐらいの大きさのコンクリートの
我々の硝舎にたどり着くと、その屋根のところに壊れた柱の一部が倒れていていて、ぺしゃんこに潰れていた。もう、中に入ることもできず、落下してくるものにやられるのではないかと恐怖に
気づくと傍らに補給用の硝舎が無傷で
しかし、今度は、今までにない衝撃が機体に横から伝わり、硝舎が坂の上から転がりでもしているかのように上下がわからない状態になった。班長と私は抱き合って叫び、壁や床に何度も打ち付けられた。
私は目覚めた。体のあちこちが痛いが、骨が折れたり、出血しているところはなかった。自分のいる補給用の硝舎は、どこかへ向かって走っているのに気づいた。スリットから屋外の光が差し込んでいる。
すると、硝舎が速度を落として停車した。私はしばらく耳をすませたが何も聞こえてこなかった。恐る恐る扉に手をかけてゆっくりと開いた。
外は眩しくて顔が上げられず、足元を見ながら表に出た。顔を上げると眼がくらむ。しかし、しばらくすると目が慣れてきて状況が分かってきた。
上から太陽の光が差し込んでいた。地面には破断した柱たちの濃い陰影が砂地に落ちていた。見上げると青い空と雲と、そして、遠く彼方に黒い
閉まりかかった硝舎の扉が力なく開いて、目覚めた班長が目を細めてふらふらと出てきた。私の隣に立って空を見上げた。
「あれが、上空都市? うまく吊り上げたのね」
「そう。あなたのお父さんがいる。あそこに」
見上げている班長の首からぶら下げている通信端末を手に取って、使おうとしてみたが反応はなかった。管制官があの後どうなったのか自分たちはもはや知ることが出来ないのかと思った。通信端末を手から話すと、地雷がそのあたりにあるのかも解らぬまま、仰向けで大の字に寝ころび、水滴が降ってきそうもない晴れた空をずっと眺めていた。樹木など生えてもいないくせに、地面から香ばしい木々の匂いがしてきた。
数時間後に救援の部隊がやって来た。彼らはおそらく生身の人間たちだろう。班長の怪我の手当をすると、
次の日から、栗原班は今まで同様に仕事をしなければならないのか、よくわからない無為な時が流れた。暇なので硝舎で周囲を探索してみると、瓦礫の山をかたずけている機械が動いていたり、ある地区の地雷を撤去している作業部隊を見かけた。この間まで地下だった一部の地区は太陽光が当たるようになったけれど、また別の地区へ行ってみると、そこは相変わらず以前と同様の暗い地下と壊されていない柱が存在していた。
そんなある日、我々のもとに
「私、圭吾のところに帰る」
背後に立っていた班長が私に向かって言った。私はふり返って彼女に向き合い、彼女を見つめた。
「自分で決めたんですね」
「ええ、あなたの為じゃないのよ。これは私事だから。あなたはどうするの? 自分で決めて。私と一緒に行くか、ここに残るか」
私は彼女の父親のほうを見た。
「私は残ります。ここに。自分はもう少しここで働いてみます。やるべき事がありそうですから」
「分かった」
航空機から『特破』の事務官も後から降りてきて、班長は『特破』の任務を解かれたことを告げられた。そして、父親と航空機へ乗り込むと上空へと飛び立って行った。
「お幸せに」
私は手を振った。
静かになった硝舎のそばで、私はどんよりと曇った空を見ていた。足元に目をやると何かの植物の芽が生えている。洪水の水を一時的に地下へ貯めていた時期に、植物の種がいっしょに運ばれてきたのだろう。しゃがんでしばらく見つめていると、空に雨雲が立ち込めてきて、鉄砲雨が地面をたたきはじめた。私は立ち上がって膝についた砂を払うと、濡れないように硝舎の中へと走った。
完
選民の古城 沢河俊介 @on_the_kakuyom
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