抵抗者との再会

 私と班長はもといた我々の硝舎に送り届けられ、治安部隊の操縦によって三一地区へ連れていかれた。そこで我々は数時間待機するよう命令を受けた。

私は治安部隊員のチベットスナギツネに自室へ押し込められると、外から出ないよう命じられた。窓から外をうかがうとチベットスナギツネの他、三人の隊員が周囲を見張っているのが見えた。

 私は自室でしばらく無為に過ごし、ベッドに横たわった。連行されてここに連れて来られるまで、無力感を引きずったままだった。細く長い息をくと倦怠けんたいとか虚脱きょだつとかといったものが体を覆った。そのまま、目を閉じて眠りに入ろうとしていると、部屋の端末に呼び出し音がした。首だけもたげて「誰だろう?」と溜め息を吐いたあと、鉄アレーのように重い自分の腕を伸ばし、キーボードを操作する。

「有坂君」

 班長の父親だった。

「班長のお父さんでしたか。何か御用で?」

「君、地上へ戻りたいんだろ?」

「なんですか? 唐突に...」

「紗英の情報は逐一私のところに入るんだ。地上への逃亡を計画したのは紗英ではなく、君だということも聞いている」

「脱出を試みたんですが、失敗に終わりました。いつも眺めている自分の部屋へ逆戻りです」

「聞かせてくれ、紗英は地上に行きたがっているのか?」

「班長は私の逃亡の手助けをしてくれただけで。本人は地上へ行く気はないようですが」

「そうか」

 彼はうつむいて一瞬だまって考えている姿を見せたが、すぐに顔を上げた。

「君、変なお願いと思うかもしれないが、栗原紗英を地上へもどるよう説得してくれないか? 私からそちらへ迎えの硝舎をやるから」

「えっ? どういうことですか?」

「彼女は地下にずっと居続けたいと言っているんだが、本来なら、私といっしょに上空都市で住むはずの人間なんだ。私に協力してもらえないだろうか、私はこう見えても役人の中で力のある方の人間だ。協力してくれたら、君が地上で都市計画省に戻って勤務することができるよう、省の事務次官へ掛けあってもいいんだよ」

えさで釣ろうっていう魂胆こんたんですか? 取引ですか」

「双方にメリットのある、いい話だと思うんだが」

「班長はあなたと暮らしたくないから、戻らないんでしょう? 私は彼女の気持ちを尊重すべきと思いますけどね」

「有坂君は紗英のことが好きなのか?」

「何を、くだらない。彼女に対する私の気持ちを引き出して、あなたは交渉の材料にしようとしているんでしょう?」

「地上で君と紗英が一緒に生活しても良いし、私はそれを認めてあげてもいいんだよ」

「私は班長や父親のあなたにも、何の関心もない。あんたは娘と私の将来を掌握しょうあくして主導権を握ろうという魂胆こんたんだろうけどその手にはのらない。あなたみたいな役人が巻き起こす、そういうくだらない取引の果てに生じる闘争へ、かつての私は巻きこまれたんだ。その挙句あげく、この地下で嫌々働くことになったんだ! 小賢こざかしいしい手管てくだで人の心を操ろうとするたくらみみが気にいらないんだ!」

 私は腹立たしく、無意識に壁をたたいて続けた。

「親子で好き勝手にやってくださいよ。私には関係のない身内のいざこざだ。あなたが娘と本当に一緒にいたいなら、そっちが地下に来て一緒に暮らせばいいじゃないですか。それぐらいの覚悟を少しでもみせたことがあるんですか?」

「君は決して、名誉などで動かないタイプの人間のようだな」

「そうかもしれない。それが誉め言葉だったら、うれしい限りですよ」

そう言い放つと、こちらから通信を絶った。


 半日すると治安部隊は我々の監視の任務を解いて三一地区から去っていった。肩透かしを食らったような気分で私と班長は硝舎の外で立ち尽くしていた。

「嫌だなここ。気味が悪い。有坂さんは気にならない?」

「この前は、気分が悪くなりましたけど、大丈夫です」

 ふたりで話しながら硝舎の中に入ると、会話に割って入るように管理官から通信が入る。我々の逃亡未遂の件について処罰でも下すつもりだろう。

「君たちに伝えたいことがある」

 例の落ち着いた口調だ。しかし、改まった感じがある。

「さきほど、スーパーワイヤーと地上地盤との接続がついに完了した。ついては、君たちに最後の柱の破壊をしてほしい。データベースと図面とを照合すると今いる三一地区に残っている柱が最後になるようだ」

「爆破したら地盤が落ちてくるなんてこと、ありませんよね?」

「はっはっはっ、何を言ってるんだ。どういう意味だ。私が間違えるとでも思っているのか」

 初めて聞いた彼の高笑いは不思議と気味が悪かった。

「前から聞いていた予定よりも1日早いようですけれど、情報に間違いありませんか?」

私は慎重に言葉を選んで彼にぶつけた。

「君たちが地下からの逃亡未遂を犯したのは、そんなことを気にしていたからなのか? 安心したまえ、この重要プロジェクトの工程は予定通りだ、1日先の日付を君たちに伝えていたのは予備日を含んでいたからだよ。万が一遅れてもいいようにな」

 薄ら笑いのまま説明をし終わると、見慣れたあの真顔へと変貌する。

「わかりました。これから作業に入ります」

班長は指示に従う意思を見せた。横にいる私は何も言わなかった。この管制官への不信感はどんどんつのっていく。

「ただ、この地区では風が強くなると、原因不明の体調不良を起こすことを、前に体験したんです。風が吹いてきたら作業を、止めてよろしいですか?」

「その地区の強風は、我々がしている気圧の調整によるものだ。地上より地下の気圧を上げておかないと、スーパーワイヤーで吊り上げる地上の地盤が吸盤のように吸い付いて、持ち上がらなくなるからだよ。そちらに送る風は強くなろうとも、作業は続行してくれ」

 管制官との通信中に窓の外に、他の硝舎の姿が見えた。私は窓の方に近づいてその様子をうかがってみるが、ここの窓だと詳細がよく見えない。私は自室の部屋の窓からならよく見えるはずと思いたち、そちらへ小走りで向かう。

 自室に来て窓の外に見える硝舎を見ていると自分の目を疑った。あの脱獄囚の増田が下りてきたからだ。私は自分の息で曇ってしまうほど窓に顔を近づけたまま立ち尽くした。

「あいつがなぜここに。治安部隊は何をしていたんだ!」

 その時、着信が入る。私は苛立ちながらキーを操作してスクリーンを支えているアームを力任せにこちらへ向けて表示させた。

「有坂君」

 班長の父親だ。この前一方的に通信を絶ったことが思い出され、後ろめたい。

「君たちの管制官から連絡が来なかったかい?」

「ええ、さっき作業指示をもらいましたよ」

「何を言っていた?」

「何って、いつもの仕事のことです。今いるところの柱をすべて破壊しろと」

「スーパーワイヤーの接続がどうのと言っていなかったか」

「言ってました。地上地盤との接続が完了したと」

「それは、嘘だ」

「えっ?」

「地上では、まだ、接続は完了していない。あともう少しで終わるが、完了はしていないのだ。接続したあと、検査などの作業も、これからまだ残っている」

「どういうことですか? このまま柱を破壊したらまずいことになるんじゃ」

「その作業を命じられたのは君たちだけか?」

 私は窓の外をもう一度眺めてみる。増田やその仲間たちが十人ほど集まり、掘削機を準備しながら、何か話し合っている。外は風が出てきたようで砂埃すなぼこりが立ち始めていた。

「そうだと思いますが、今、外を見渡すと、他にも作業をする連中が現れたようです」

「そいつらを、君、妨害して時間を稼げないか? あとそうだな、30分ぐらいでいい」

「無理だ。相手が多すぎます」

「君たちの管制官、佐久間という男はクーデーターの首謀者かもしれないという疑惑があるんだ。彼と会話をしてみて、説得することはできないだろうか」

 私は何を言われているのか理解できなかった。班長の父親と通信を終えて、また、外にいる増田たちをみた。すると、急に気がはやってきて、作業の支度をしている班長のもとへ帰った。彼女は管制官との通信をもう終えていた。私から父親の連絡を聴くと、

「圭吾がそんなことを伝えてきたの? 本当?」

と目を丸くした。

「なんで、圭吾がそんな大切なことを有坂さんへ直接話すんだろう? いつから連絡を取り合っているの?」

「いえ、前に一度、連絡がきて」

「そのとき、何を話したの?」

「地上へ戻るよう班長を説得してくれないかと、頼まれました。協力してくれたら、私を元いた地上の仕事に戻すって」

「で、なんて答えたの?」

「あなた方、親子のことに興味はないし、自分は関わりたくないと答えました」

 覇気のないと今まで思っていた班長から、急に質問攻めにされて私は少し動揺した。

 班長は私の答えを聞いているのか反応を示さないまま、硝舎の側面にあいた彼方此方あちこちの窓を行ったり来たりしながら、外の増田たちのことを窺い始めた。外は風が出てきて砂塵さじんが巻き上がり始めている。

「私が話してきます」

 私はそう言うと表に出た。

 すぐ傍らに補給用の硝舎が来ていた。物資はすでにこちらへ移し終えたらしい。ロボットなのか、それとも、機械なのか見分けのつかない物体が銀のアームを動かしてこちらに端末の画面を向けた。サインをしろというのだろうか。

「邪魔だな、後にしてくれ」

 面倒なのと、これと同じ形の補給用硝舎を使った数時間前の脱出計画失敗への腹いせに アームを乱暴に押しのけた。

 風が出て砂が舞い上がっているために、こちらの存在に増田は気づかないようだった。思い切って彼のそばまで進み出て話しかけてみた。彼は何やら忙しそうだった。

「おお、あんたか。有坂だっけ。この前は、よくも俺の仲間の脚の骨を砕いてくれたな。ここでお返しをさせてもらいたいところだが、まあ、今はそうも言ってられないんだ。俺たちは三〇分以内に三一地区の柱を残らず壊さなければならん。今いっぺんに何本かの柱に爆薬を仕掛けているんだ。あんたらも手伝ってくれないか?」

 そういうと彼はヘッドセットを使って仲間と何やら連絡を取り合い、手に持っている番号の書かれた爆破スイッチの中からある番号のものを選び出したかと思うと、そのボタンを私の目の前で押した。

 五〇mぐらい先にある柱の陰で閃光せんこうが見えて爆音が聞こえた。私は彼の唐突な行動にびっくりして地面に身を伏せた。しかし、爆破で生じる破片はこっちに飛んでこなかった。

「へへ、今のは一本だけ。リハーサルさ。次の爆破では同時に五本いっぺんにやる。これでこの地区の柱は全て終わりだ」

 増田は得意顔で私の前に、爆破スイッチを握る拳を突き出す。

「まだ、柱を人質にとって地上の連中と取引きしようとしているのか? スーパーワイヤーの接続の完了はもうすぐそこまでの来ているんだぞ。今から地上の連中と取引するいったって、そんな時間はないじゃないか。私だったら、むしろ逆に、破壊をやめて地上地盤の吊り上げを妨害するけどな」

「へへ、だまそうったて駄目だぜ。それは違う。こっちの聞いている情報だと、スーパーワイヤーの接続完了までは、あと一日ある。その間に柱を何本か間引いておかなきゃならないと聞いているぜ」

「聞いているって、誰から?」

「それは」

 増田がそう言いかけると、楽器か何かの弦をはじくような音が一回聞こえた。この音は滅多に体験したことのない音だったが、看守がいつも手にしているライフルの銃声だった。砂嵐がひどくなってきて、どこで撃っているのかわからないが、サインを求めてきたさきほどの補給用硝舎に弾のあたる金属音がした。それに反応して私と増田はその場に身を伏せた。

 増田の仲間たちは叫んだり、撃たれているのだろうか、泣き声に似た悲鳴を上げていたが、その姿は砂嵐で視認できない。狙撃者はよく見えないこんな状況でも、増田たち一人ひとりを狙い撃ちしているようだった。

「お前の仲間が、またドローンを使って俺たちを攻撃しているのか?」

 増田は私の顔を見る。

「いや違う。あの音は看守のライフルだ。狙撃しているのは看守だよ」

「誰だ、俺を撃って来るなんてヤツあ」

 数十秒おきに銃声がして撃たれた人の叫び声がする。しばらく静かになったかと思うと、また銃声がして叫び声がするといった具合に、狙撃者は着実にこの地区にいる作業者を一掃しようと地道に移動し、殺戮さつりくを行っているようだった。音の方向からいって、おそらく相手は一人だろう。私は弾を避けるように身をかがめながら自分の硝舎へもどり扉に鍵をかけると班長のもとに帰った。

「どうだった? 増田の反応は?」

 班長は私の顔をのぞき込んだ。硝舎の中は外の音がしないから呑気のんきなものだ。

「それどころじゃない。銃声がして。こっちに誰かが撃ってきているんです」

「銃? 相手は? 増田も撃たれたの?」

「いや、まだ撃たれていないと思います。班長、窓から離れてかがんだ方がいいですよ」

 硝舎は爆風に耐えられるよう設計されているので、銃弾ぐらい跳ね返すはずだが、私は怖さから班長に身を低くして屈むよう手で促した。硝舎のコントロールパネルを操作して、外の音を拾うマイクのスイッチを入れた。とぎれとぎれだが外の銃声が聞こえてきた。しかし、しばらくすると、それもなくなり、吹きすさぶ風のノイズ音だけが聞こえてくるようになった。

 二人はスピーカの音に聞き耳をたて、息を殺した。

 すると班長が話し始めた。

「有坂さん。私、圭吾の言う通り、地上へ戻ることにする」

「えっ、何言ってるんですか。こんな時に」

「私が戻れば、有坂さん、あなた、元の仕事につけるんでしょう?」

「それはそうですけれど」

「圭吾はね。私とは本当の親子じゃないんだ。養父なのよ。私は娘として、そしてね、あの男の女としてずっと育てられたんだ」

 私は班長の顔を見ないようにした。

「でもいつかは普通の人と同じように人生を送りたかった。友達と同じように、どこかの男と結婚して家庭を作る生活をいつかしてみたかった。でも、あの男がいるとそれもできない。そんなとき戦争がはじまって。私は従軍看護師として戦地へ行った。それ以来、圭吾のもとへ、もう戻らないと決めたんだ」

「わかりました。班長。でも、私のためだとか言わないで、自分がしたいように行動してください。私のことは自分で何とかしますから。私の意志で行くべき道を決めて歩んでいきます。だから、班長も、自分が思い描く将来に向かって自分の意思で進んでください。私が言えるのはそれだけです」

 そういって私は班長へ顔を向けた。

 すると、久しぶりに外から銃声がした。その音の大きさから狙撃者は近いようだった。私は首をもたげて外を覗いた。

すると、我々の硝舎の脇を増田が走っていくのが見える。数秒後に、その後ろをライフルで狙いをつけながら走ってくる熊沢の姿があった。

「あいつ。撃っていたのは熊沢だったのか」

 彼らは砂嵐の中へ姿を消した。

 私の声に反応して班長も立ち上がり窓に顔を近づける。私と班長はすぐに外へ出て彼らの後を追いかけようとした。しかし、前にいる班長はいったん立ち止まって、通信端末の画面に地雷の埋設場所を示すマーカーを表示した。

 また銃声がした。

 我々が銃声の方へ近づくと、丘のように地面が膨らんで高くなっている場所に着いた。そこでは砂嵐が少し途切れ、増田に向かって発砲している熊沢の後姿を見ることができた。カルマン渦がおきているのだろうか不愉快な例の風の音がどこからか聞こえてくる。こちらが風下にあたるので、かき消されるようにではあるが、熊沢の声が、かろうじて聞こえてきた。

「柱は壊させないぞ! お前なんかに」

 叫び声はそう聞こえた。

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