幸せなぬいぐるみ

平 遊

幸せなぬいぐるみ

出会った人、もの、環境等々。

それらには必ず、別れが訪れる。

どんな形であったとしても、それは【絶対に】だ。

生まれてきたものが、必ず死を迎えるのと同じように。

創り出された形あるものが、いつかは壊れてしまうのと同じように。


僕は、アザラシのぬいぐるみ。

僕が千明ちあきちゃんと出会ったのは、僕がこの世に生み出されてから間もなくの頃だったと思う。

まだまだ小さかった千明ちゃんは、なぜだかどうやら僕に一目惚れをしてしまったらしく、パパさんやママさんが何を言っても僕の手を離そうとしなかったんだ。

僕は棚の端っこの方にいたから、あまり人目にはつかなかったはずなんだけど、これって運命っていうやつなのかな?

そんな訳で、その日から僕は、千明ちゃんのお友達、千明ちゃんの家族になった。


仲間たちから、聞いてはいたんだ。

『僕らは、最初どんなに可愛がられていたって、いずれは埃まみれになって、最後には捨てられる。

それが、僕らの運命。

それが、僕らの出会いと別れ。

だから、恨んではいけないんだよ?

ゴミとして、捨てられる別れを迎えても。

だってその人間は、たとえたった一瞬だったとしても、可愛がってくれたのだから』

って。

だから僕は、最初から覚悟なんてとっくにできてた。

こんなに僕を見て嬉しそうにニコニコしている千明ちゃんのこと、絶対に恨んだりするもんかって。

たとえ埃まみれになって、捨てられてしまう別れを迎えたとしても。


だけど。


僕なんか、千明ちゃんの掌よりもちいさくなってしまうくらいに、千明ちゃんが大きくなっても、僕と千明ちゃんはずっと一緒だった。

たまに一緒にお風呂にも入った。

千明ちゃんはお風呂に入ると、僕を泡だらけにして笑いながら、綺麗に洗ってくれた。

寝るときも、僕は千明ちゃんの枕元に置いてもらってた。

小さな千明ちゃんが片時も離さずに僕を持ち歩くものだから、とうとう僕のお腹が破れてしまって、中の綿が少し出てしまった時には、さすがにもうお別れなのかと思ったけど。

千明ちゃんは泣きながらママさんに


「直して、お願い、直して!」


ってお願いしてくれたんだ。

ママさんは笑いながら頷いて、千明ちゃんのお願いどおり、破れてしまった僕のお腹を優しく縫い合わせて、綺麗に直してくれた。

千明ちゃん、嬉しそうに僕のお腹撫でてくれてたっけな。

さすがに、千明ちゃんがある程度大きくなってからは、机の上にチョコンと乗せられて一人でお留守番することも多くなったけど、それでも千明ちゃんは帰って来ると必ず


「ただいま」


って、僕の鼻を指でツンてしてくれた。

僕は喋ることはできないけれど、ちゃんと心のなかで言ってたよ。


「おかえり」


って。

千明ちゃんが結婚して引っ越しをしても、千明ちゃんは僕も一緒に連れて行ってくれた。

僕はずっと、千明ちゃんと一緒だった。


でも。

出会いがあれば、別れは必ず訪れる。

僕はずっと覚悟をしていた。

いずれは埃まみれになって、最後には捨てられる。

そう、思っていた。

だって、仲間たちからそう聞いていたから。

それなのに。

僕が千明ちゃんと迎えた別れは、思ってもいない形だった。



「おばあちゃん、これ、可愛いねー」


ある日、昔の小さな千明ちゃんソックリの明絵あきえちゃんが、僕を見て千明ちゃんに言った。

明絵ちゃんは、千明ちゃんの息子の子。千明ちゃんの孫。

たまに、千明ちゃんの家に遊びにやってくる。

僕はいつも明絵ちゃんの背よりも高い棚の上にいたから、明絵ちゃんからは僕は見えなかったのだけれど、その日は久し振りに千明ちゃんの膝の上に乗せて貰っていたんだ。


「あら。明絵ちゃんもこのコが気に入ったの?」


千明ちゃんは優しく明絵ちゃんの頭を撫でながら言った。


「うん!ねぇ、おばあちゃん。明絵、これ欲しい!」


無邪気な笑顔でそう言う明絵ちゃんに、千明ちゃんは少し考えながら言う。


「このコはね、おばあちゃんの大切なお友達で、大切な家族なの。小さい頃からずーっと一緒で、とっても大事にしてきたの。明絵ちゃんも、このコのこと、大事にしてくれる?」

「うんっ!大事にする!」


飛び跳ねながら、明絵ちゃんが答える。

元気いっぱいなところは、本当に、昔の小さな千明ちゃんにソックリだ。


「じゃあ、約束よ?大事にしてあげてね」

「はーい!」


千明ちゃんは僕をそっと膝の上から手の上に乗せて、優しい笑顔で僕を見つめて、言った。


「今までありがとう。今度は明絵に可愛がって貰ってね」


そして、そのまま僕を明絵ちゃん小さな両手の上に置く。


「ありがとう、おばあちゃん!明絵、すっごく大事にするから!」



こうして僕は、千明ちゃんとのお別れを迎えた。

ゴミとして捨てられるお別れではなくて、感謝されて、大事な孫へと引き継がれる別れ。

僕はなにもしていないのに、ただ千明ちゃんと一緒にいただけなのに、千明ちゃんは僕に「ありがとう」って言ってくれた。

どうしてなんだろう?

わからない。

わからないけど。僕はものすごく嬉しかった。


それからの僕は、明絵ちゃんといつも一緒だ。

明絵ちゃんは、千明ちゃんと同じように僕を大事にしてくれる。

千明ちゃんとのお別れは寂しいけど、出会いがあれば必ず別れが訪れる。これは仕方のないことだ。

でも。

こんな素敵な別れを迎えられた僕はきっと、ものすごく幸せなぬいぐるみなんだろうなって、思うんだ。


千明ちゃん。

僕と出会ってくれて、ありがとう。

素敵な別れを迎えさせてくれて、ありがとう。


【終】

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