人生には多々あること
闇谷 紅
今日は雨
「はぁ」
ただただ、雨音が屋根を打つ。外出向きの天気でないことは僕にも音だけで分かっていた。視線を横にずらせば、少し上のほうにある窓の向こうには雲に日の光を遮られ、いつもより暗い街が濡れている。
「牛乳と食パン切らしてなきゃなぁ」
朝方ドタバタする日常を鑑みると、パン食というのは朝が忙しい我が家には向いているのだ。ぶつくさ言いながら着替えると、ポッケに財布を押し込み、自分の部屋を出て、玄関へ向かう。
「あ」
そうして外に出れば、いつもより広い玄関前に少しだけ覚えた違和感が声になって出た。
「そっか」
兄の自転車が、ない。一人暮らしを始めて、持ち去ったから、兄が自転車をとめていたスペース分、広くなっているのだ。
「って、傘忘れた」
雨なのに何やってるんだろうと自分に呆れながら回れ右をして上半身だけ玄関に戻ると傘立てから自分の傘を引っこ抜く。
「思えばこの傘つかうのも久しぶりだなぁ」
それだけ雨が降っていなかったということでもある。一歩一歩歩くだけで、濡れたアスファルトが吸収しきれなかった雨水がぴちゃぴちゃ音を立てる。
「さて」
コンビニに行こうか、それともドラッグストアに行こうか。最近はドラッグストアでもいろいろおいているようになって、急な買い物のときは助けられている。どちらにしても街はずれの民家もほとんどない方にある店の方が近いので、足は自然と町の中心とは逆に進むのだけれど。
「ぶっふー」
そんな声がした。
「えっ」
聞きなれない声、というか声でいいのか。
「はい?」
思わず周囲を見回せば、声の主らしきものはすぐ見つかった。道端に捨て置かれた段ボール。底に敷かれた新聞紙は雨でぐちゃぐちゃで。居心地の悪そうな箱の中に鎮座する、謎生物。
「ぶっふー」
再び音を発した。どうやら先ほどのものもこの謎生物の鳴き声だったらしい。
「いや、『ぶっふー』じゃなくて、な?」
なんだこれと言いたかった。体表には毛らしい毛はなく、ちょっと空気の抜けたゴムボールか何かのようにも見える塊に、つぶらな目が一対。前足なのか二本の細長いものがてれんと箱のふちにかかり、先半分は箱の外にこぼれ出ている。
「拾ってください。名前は『美少女』です……って、おい」
箱に書かれていた文字を読んで、僕は見たこともないこの生物を捨てたであろう奴に声には出さずツッコんでいた。
「どういう名前つけてんだ」
と。
「というか、これ、どうするよ……」
人間、生きていれば出会いと別れは当たり前だ。だが、兄の一人暮らしという別れは想像できても、この出会いはちょっと想定外が過ぎた。
人生には多々あること 闇谷 紅 @yamitanikou
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