会えない、会いたい
ケーエス
⛆🚃⛆
ガタンゴトン……
一真は電車に揺られていた。車内はお年寄りやらがぽつぽつといるだけで閑散としている。一真はぼーっとスマホの画面を見つめている。
雷鳴。
目の前が真っ白になった。一真は顔を上げて向かい側の窓を見た。気づけば黒い雲が空を覆っている。今日は晴れだとテレビが言っていたはずなのに。
雨が降り出した。滝のような雨だ。ごうごうとまるで電車を押し流してしまおうとしているかのようだ。一真はため息をついてスマホの画面で指を動かした。
『やばい、今日行けないかもしれない』
『うそ』
すぐに相手から返事が返ってきた。向こうは窓の外を見ていなかったのだろうか。でもスマホの前で陣取って待っていてくれたのかもしれない。そう思うと少し胸がほんわか温まった。
二度目の稲光。車内は真っ暗になって電車は急停止した。車掌が電力が回復するまで停止する、かといって外はご覧の通り危険なので車内で待機して頂きたい云々を言って回った。
いつも通り。もう聞き飽きたセリフだ。雨が降るだけで電車が止まる。厄介な時代に生まれてしまった。一真はスマホゲームをすることにした。
「この雨、続きますかね」
間隔を開けて隣にきた老婦人が話しかけてきた。魔女のような帽子をかぶって、コートを着ているマダム。香水の強い匂いが鼻孔に直撃してくる。どこかクールな印象だ。
「ああ、そうですね。多分。この感じじゃ電車も止まりますね」
分かり切ったことなのに。なぜわざわざ聞いてきたんだろうと思いながらも一真はそう答える。
「そうですか……」
老婦人もため息をついてぼんやり窓の方を見た。視界は遮られ、数メートル先も見通せなくなっている。
「会えないな……」
老婦人のつぶやきに、一真はピクンと眉を上げた。そして悲しげな横顔を見つめる。
「もしかして?」
「もしかしてとは?」
老婦人が驚いてこっちを向いた。今度は向こうがなぜ聞いてきたんだろうと思っているかもしれない。
「いや、会いたい人に会いに行ってるのかな……って。僕がそうなんで」
「あっそうなんですか。そうです私も私も」
老婦人はにっこりと笑顔になった。どこか冷たく感じていたオーラが一気に花開くような春の気配に変わっていく。その変化に驚きながら、でもそんな人が自分と同じことを考えていたのがどこか嬉しいような、おかしいような感じになって一真も気づけば笑っていた。
二人はそれぞれこれから会うことになるはずの相手の話をした。相手のここが好き。これからあれをする。前からずっと楽しみにしていた。やっぱり直接会って話したい。話をするたび老婦人がなんだか可愛らしい女の子のように見えてくるのが不思議だった。それに余計に相手に会いたくもなるし、会えないかもしれないのが苦しくもあった。さあ電車はどうなるか。
雨は小雨となった。外は相変わらず浸水している。電車の電気が付いた。二人とも耳を凝らした。車掌のアナウンスが流れる。
『この電車はT駅で折り返しいたします。T駅G駅間で架線の切断が発見されました。現在大規模浸水の影響で水上バスでの振替輸送が開始されています……』
一真は真顔で老婦人の顔を見た。老婦人は微笑んでいたが、彼の様子を察したのか、
「もうじき晴れますかね」
と言った。
「ああ、多分この感じだと。いつものゲリラですから」
一真はボーっと窓の外を見た。雨は降り続いているし、下の方に見える道路は川と化しているし正直まだ晴れるとは思えない。でも、仕方ない。こんな時代なんだから。
「晴れますよ絶対」
老婦人は一真の横顔を見てそう言った。一真が老婦人の顔を見た。彼女は笑っていた。
『T~T~』
車掌のアナウンスと共に電車はプラットホームに滑り込んだ。老婦人はすくっと立ち上がった。驚く一真を前に彼女は窓の外を指さした。
「ほら、晴れましたよ」
さっきまでの雷雨は心地よい風と澄んだ空気を残してどこかへ過ぎ去っていった。一真は老婦人と別れを告げ、駅の前で立ち尽くしていた。空は青いが地面も青い。水上バス乗り場には長蛇の列ができていた。やっぱり今日は諦めようか。そう思ってスマホを取り出した。
『やっぱり今日はたどり着けないかも』
『いや会えるよ』
秒で返信が来た。それと同時にどこか懐かしい香りがした。もしかして。振り返ったその先にいた人物を見て、一真は心の底から笑った。
会えない、会いたい ケーエス @ks_bazz
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