魔女と使い魔の出会いと別れ

祥之るう子

魔女と使い魔の出会いと別れ

 あの島には、魔女がいる。


 流れ着いたものは全て、魔女のものになる。


 それは小さな貝殻や、塵芥から、魚、動物……人間まで、全部だ。


 だから、絶対に、湖に入ってはいけない。



 僕の村に伝わる言い伝えだ。

 その、入ってはいけない湖で、僕はいま、おぼれている。


 生まれて……十年かな。

 いいこと、なあんにもなかったなあ。


 お母さんは僕を産んですぐ死んで、兄さんたちは僕のせいだって毎日せめて来た。

 父さんは、僕のことが嫌いだった。顔を見るのも嫌だって言われた。


 僕が悪いんだって、ずっと思ってた。

 僕が生まれたことが悪いんだって。


 うちは墓守の家だから、他の家の人たちも僕のことは好きじゃないみたいだった。

 だから、助けてくれる人もいないんだ。


 村は湖のほとりにあって、漁師もいるんだけど、魚を釣るときも浜辺からはあんまり離れない。なぜなら、言い伝えがあるから。

 大きなこの湖の真ん中に浮いている島には、魔女がいて、その島に流れ着いたものは全部魔女のものになるから。


 最近、村では流行り病が流行っていて、たくさん人が死んでいて。

 占い師だか誰かが言ったんだって。


 魔女が怒っている。

 我々が魔女に、捧げものをずっとしていないから。


 それで、僕を捧げることになったんだって。


 父さんは僕を船に乗せて、今まで来たことないくらい島の近くまで来て、じゃあなって言って、突き落とした。


 おぼれながら、僕は、父さんが振り向きもせず船をこいで帰って行くのを見た。


 泣いても叫んでも、意味なんかないんだなって思ったけど、それでも怖くて叫んだ気がする。

 声が出た気はしないんだけど。

 


 僕、死ぬんだな。




 死んでも、魔女は、僕を自分のものにしてくれるのかな。



 僕みたいな、いらない子のこと、もらってくれるのかな。



  ◇◇◇◇◇◆◆◆◆◆◇◇◇◇◇



「あらあら」


 女の人のこえ……?

 あ、僕、どうしたんだっけ?

 何だか、眩しいな。


 白い光が、揺れてる。


「久しぶりねえ、人の子が流れ着くなんて。それも今。運命かしらね」


 僕は目を開けようとして、身体を起こそうとして、息を吸おうとして、ゲホゲホと咳をした。


 苦しい。


 と、暖かい風が吹いてきて、僕を包み込んだ。

 生まれて初めて、すごく気持ちいい感じがした。

 お母さんに抱っこされるって、こんな感じかな?


 あ、苦しいのが消えていく。

 喉が渇いたのも、お腹が空いてたのも、あちこち痛かった場所も。

 ぬれた服がべたべた気持ち悪いのも、全部消えていく。


 目を開けると、真っ黒な長い髪の、綺麗な女の人が微笑んでいた。


「ま……まじょ……さん?」


 思わずつぶやいた僕をみて、女の人はにっこりと微笑んだ。


「そうよ。あなたは村の子ね?」


 ぼくはこくりと頷いた。


「どうしておぼれたのか、聞いてもいいかしら?」


「ぼ、僕は、魔女さんに、捧げられるために、湖に落とされました」


「私に?」


「村で病気が……流行って……魔女さんに捧げものをしていなからだって大人の人が」


「まあ」


 魔女さんは、目を見開いてから、多分村の方向を見て、目を細めた。


「全く、人間は愚かね」


 ねえ、と、僕ではないに魔女さんが声をかけた。

 魔女さんが話しかけた方向を見てみると、そこには、がいこつがあった。


 僕は、思わず「ひっ」と悲鳴を上げた。


 僕の声を聞いてか、魔女さんはくるりとこっちを見た。


「あなた、ここに流れ着いてしまったからには、私のものになるのだけれど、いいかしら?」


「あの、僕……」


「私のものになってくれるのなら、殺したりはしないわ。そうね、私の生活のお手伝いをしてもらいたいの。いいかしら?」


 魔女さんの声は優しかった。笑顔も、見たこともないくらい綺麗で。


 お母さんって、こんな感じなのかなって思った。


「僕を、もらってくれるのですか?」


 思わずそう呟いていた。


 魔女さんは少し驚いたような顔をした後、嬉しそうににっこりと微笑んだ。


「ええ。もちろん」


 魔女さんは僕を優しく抱きしめてくれた。


 みんなが汚い、臭いってバカにして、みんなに蹴られていた僕を。


 僕は、気付けば大声で泣いていた。



「ふふ、これからよろしくね、私のかわいい子」


「はい……!」


 こうして僕は、魔女さんに出会った。

 僕はきっと今、生まれ変わったんだ。

 魔女さんのためなら、何でもしよう。いらない子じゃ、なくなるように。


 心に強く決めた僕に、魔女さんが「ちょっと待っててね」と言った。


 魔女さんは、水辺に行って、足を湖に浸けた。


 手に持っていたがいこつの額に、そっと口づけて、涙が一粒だけこぼれた。


「さようなら、私のかわいい子。百年も一緒にいてくれて、ありがとうね」


 そう言うと、がいこつをそっと水の中に置いた。


 すると、がいこつはキラキラと光りだした。

 眩しいなって思ったら、いつの間にかがいこつがなくなっていて、その場でぴちゃんと、金色のきれいな魚がはねた。


 魚は、しばらく魔女さんの足元でバタバタしていた。

 まるで、駄々をこねる子供のようだった。

 少しして、魚は、湖の底へと泳いでいった。


「ごめんなさいね、待たせて。さ、今日は一緒においしいお茶を飲みながら、あなたのことをたくさん聞かせて頂戴」


 魔女さんは優しい声でそう言った。

 僕は嬉しくなって、魚のことなんてすぐに忘れて、魔女さんに手を引かれて、島の中の、魔女さんの家に向かった。


 新しい暮らしに、希望とわずかな不安をふくらませながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔女と使い魔の出会いと別れ 祥之るう子 @sho-no-roo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説