第2話 繁華街の中心で青春を嘆くアホ
さて、今回は僕の所属する学校についてお話して置こうと思う。
僕の所属する学校『国立魔道・科学育成高校』はこの真大日本帝国(新暦30年、科学魔法大戦がはじまった時にちゃっかり改名しやがったのだ)最大の魔法使いや科学者の育成高校なのだ。
すごいよねぇ。だって日本一だよ日本一。
日本で星の数ほど存在する学校の中で、名実ともに一番だと認められているのだから、これは凄い事である。
魔科高以外にも有名な高校と言ったら、あの『東京大学付属魔高等学校』だろう。それに『魔道大阪高校』だって外せない。おっと『科学センター高等学園』だって忘れちゃいけない。『越後高校』は今上げた高校よりはややランクは落ちるが、高名な魔法使いや優れた武器を作った人を多数輩出している点から、この高校も学び舎として優れていることは言うまでもない。
それらの有名校を押しのけて、この魔科高は人気ナンバーワンの座を欲しいままにしている。
そもそもこの学校が作られたのは新暦40年、先の大戦が終わった直後の事だ。この学校は科学側と魔法側が「もう私たちは争い合いませんよ」という、ある種プロバガンダ的な背景のもとに建設された。
そういう思想があるわけだから、少しでも両陣営に対立的な話が出るとすぐにこの学園の名がやり玉にあげられ、その対立に何ら意味をなさないと悟っている両者のトップ層が仮初に保たれた建前を維持するために、この学校を好き放題に弄り回した。
そうやって増築や建て替えを繰り返し続けた結果、この学園の校長も、生徒会長も風紀委員長も内閣官房長官も内閣総理大臣も、イエス・キリストにもゴータマ・シッダールタにも、天なる父にもさっぱり把握できない伏魔殿と化してしまったのだ。
パッと挙げられる施設だけでも武器屋や防具屋、ゲームセンターやショッピングセンターなんか序の口で、ペットショップや税理士相談所、はてはカプセルホテルや弁護士事務所まである始末だ。何じゃそりゃ!
初めの内は普通の高校サイズ(普通の高校のサイズの定義が僕にゃあ分かりゃしないが)だったのに、新暦100年の現在ではなんと真・東京ドーム(9万平方メートル)が2つすっぽり入るくらいの超巨大学園複合公共施設へと大大大変態を遂げてしまったのである!
これだけ広けりゃただ校内を見て回るだけで3年間が終わってしまう、所かしょっちゅう施設を増築したり建て替えを繰り返している訳だから、普通に施設巡りなんかしていたら一生かかっても終わりゃあしない。
初めにこの学園の設計図を描いた人や、かつての両陣営側のトップたちだって、まさかここまで物凄い(悪く言えば歪に)事になるだなんて、予想だにしなかったことだろう。
所詮この学校はお互いの思惑が複雑に絡まり合い、市民一般の方々の目を欺くためのデコイみたいなもんでしかなかったからだ。
……話が逸れてしまったが、まあこれだけ広い施設、言うなれば物凄く充実した施設やサービス、まるで迷宮の如き発見に満ち溢れ、謎に満ちたこの学園は、思春期の男子女子諸君からすれば異世界の様な、詰まるとこ非日常的な世界に映るという事だ。
そりゃあ日本一になるに決まっている。
現に僕もその思春期の男子の一人だった。僕だけじゃない。僕の友達も、その友達も、その友達も、その友達の………友達だって、この学校に憧れを抱き、入ろうと死に物狂いで努力していたものだから凄いもんである。
そういう沢山の僕ら思春期の男子女子がこぞってここを目指そうとするから、必然的にこの学校の倍率はべらぼうに高くなっている。
日々巨大化し、受け入れ人数もそれに呼応して増えているにも拘らず、一向に倍率が変化しないっていうのだから驚きだ。
彼らは己の人生全てを賭けて、この未知と栄光に満ちた伏魔殿を目指す。毎日毎日勉強や魔法の訓練をして、そしてくたくたになり、精も根も尽き果てて、気絶するように眠る。明日の己に夢を託して……。
これは凄い事だと思う。ぶっちゃけた話、僕には彼らほどの情熱は無かった。ただ、ここに入りゃあいい企業とコネを作れそうだなぁ、とか、そうしたら何を作ろっかなぁ~ウへヘヘヘ!なぁんていやらしい皮算用に耽っていたくらいだ。
まったく彼らには一目を置く思いである。
そしてつくづく思うのだが、よくもまあ僕みたいないい加減でちゃらんぽらんな奴が、彼らの様な一生懸命に夢を追いかける人たちを押しのけて入学に漕ぎ着けたものである。
運の良し悪しに関わらず、なんだかちょっとウシロメタイキモチのよーなものを、僕は感じてしまう。
でもでも、僕にだって夢がある。魔法と科学を融合させた、全く新しい兵器群を作りたいという夢が。この夢への情熱なら、彼らにだって負けてはいないはずだ。
もし面接や自己PRで見ているものが夢への情熱なのだとしたらだ、僕が押しのけた彼や彼女たちの夢への情熱よりも、僕の夢への情熱が勝ったという事なのだろうか?
そんな事は断言できない。それに、誰かの夢への情熱や大きさに優劣をつけるだなんて、それはとても傲慢な事だ。
もし他人が僕の夢と他の誰かの夢を比べ、あまつさえ僕の夢を劣っていると断じたのならば、そんなの不愉快に決まっているし、ムッとなって、言い返してしまうだろう。
夢があるのは良いことだ。それが途方も無いものであれ、手を伸ばせば届くようなものであれ、そういう夢(あるいは目標)に向かって努力する日々は、きっとこれから先の人生で大きな財産になる事だろう。
夢を見て、それに向かって前進する事は尊い事だ。素晴らしい事なのだ。そしてその姿は得てして泥臭い。不格好に映ることもしばしばある。
当然だろう。僕らはがむしゃらに前進する。資料探しやトレーニングの機材を求めてどたばた走り回り、汗水たらして鍛錬する。そこで周りを気にしている暇なんかない。
それは他人から見たら滑稽に思われることもあり、現に僕は白い目で見られたりしている。
それでもなお手を伸ばすのだ。走り抜いた先で夢がかなうと信じて。
残念な事に、その希望は叶わない事が多い。努力が報われるとは限らないのだ。でもその過程で得た経験は決して無駄ではないはずなのだ。
そうやって挫折を得て、その人なりに折り合いをつけ、立ち上がって新たに人生を歩むことこそが、大人になる事なのだと僕は確信する。
うぅ~む、何というか、改めて考えてみると大変だなぁ~。本当に僕は夢をかなえられるのかなぁ~?
……また話が逸れてしまった。
まあ結論するとこの学校は日本で一番人気があり、かつ尋常じゃないほど広い高校複合施設だという事だ。言葉にしてみると本当に訳が分からん!
それでね読者諸氏よ、僕がこれだけグダグダとくっちゃべって結局何を言いたいかというとだね。
ぼかぁ道に迷ってしまったということさ。
こうなってしまった経緯はというと、本日の授業が終わり、友達のいない僕は一人寂しく帰路に着こうとした。
しかし、このままとぼとぼ寮(これだけ設備があれば当然学生寮もある。驚くなかれ。高校の敷地内にマンションが何件も建っているのだ!)に帰るのもあまりにもムナシすぎるんじゃあないか?
そう思った僕は何かオモシロソーなものは無いか、校舎の後方に広がっている繁華街へと歩を進めた。
ここを一言で表すならかつて香港に存在した九龍城砦、あるいは神に滅ぼされた退廃の町、ソドムとゴモラの町であろう。
右を見ても左を見ても、いかにも学生が好みそうな店が所狭しと居を構え、どの店も「一人でも多く客をおびき寄せるのだ!」とこぞって購買意欲を煽るようなBGMをガンガン鳴らしている。
それに学生や外から来た大人や他行の少年少女の話し声が合わさり、下手すれば隣にいる人の話し声すら聞こえない騒がしさとなる。その中でポツンと一人歩いていると、まるでテーマパークのど真ん中に放り込まれたかのような気分になるのだ。どひぇ~!
僕は道端でござを広げて無造作に置かれている魔道具を拾い上げ、手の中で弄びながら人間観察に勤しんでいた。
ワイワイガヤガヤ、あははウフフと、今の時間帯はちょうど下校時間なのも相まって、学生の姿があちこちで確認することが出来る。
流行りのファッションについてあれやこれやとオープンカフェで話し合う女子生徒たちの一団。魔本屋の前で魔導書を立ち読みしながら議論を交わす男子生徒2人。
武器屋から出てきた男子生徒が高そうな新品の剣を鞘から抜いてうっとりとして眺め、後から出てきた女子生徒に小突かれ、互いに小言を言いながら手を繋いで繁華街の奥へと消えてゆく。
うぅ~む、みんな青春しているなぁ。
魔道具をいくつか買い取り、バックに押し込みながら僕はそれを感じた。
みんな楽しそうなのだ。誰も彼も、沈んだ顔をしている者など一人としていない。少なくとも目に見える範囲では。
こうやって遠くから俯瞰して彼らの事を見ていると、その事がよく分かる。
僕の横を、部活帰りの生徒の団体が通り過ぎる。
彼らが横を通り過ぎる際に、僕の耳に彼らの会話が聞こえた。
「今日どこ行く~?」
「カラオケ行かね?」
「顧問の奴がさ~」
「え~マジ―?」
他愛のない、気の置けない友達同士のまるで中身のない会話。
青春だなぁ、と過ぎ去り行く彼らの背を目で追いながら、僕は微笑ましく見送った。(何様のつもりだろうか)
そういえば、僕があんな風に友達と頭空っぽな会話をしたのはいつだったろうか。ふとそんな事が思い浮かび、次の瞬間脳髄に電撃のような衝撃が走り、僕ははたと立ち止まった。
そうだ。他人事のように思っていたが、僕だって青春の真っただ中にいる。華の学生時代なのだ。しかし、この青春で彩られた町の中で、一人寂しく歩く僕は一体なんぞや?
ガーン!
僕は打ちひしがれた。
自分の空しさを紛らわせるためにここに来たのに、これでは本末転倒ではないか!
僕はこの時ほど世界と己との壁を感じなかったことは無い。
自分の夢への情熱。それが世間一体に理解されない事への苛立ち。受け入れられない事の悲しさ。
そういった感情がないまぜとなり、僕は居てもたってもいられなくなって、俯いたまま走り出した。輝かしい青春の一幕に背を向けて全力で。
そして……。
「ここ……何処?」
まるで鬱蒼とした森の中を思わせるかのように薄暗い裏路地の一角で、僕はぽつりと呟いた。
ずいぶん深くまで迷い込んでしまったようで、ここが何処なのかてんで見当が付かなかった。そもそもどう進めばこんな所に行き着くのだか。
僕は思わず呆れた。全くこの足め!どうせ進むならもっとオモシロソーなところに進みなさいよ!
僕がそう言うと、いやいやっと足から返答が帰ってくる。
「そうは言いますがね、じゃあお聞きしますが蒼さん。タクシーに乗って来たお客に目的地の言及も無く、ただ走ってくださいと言われたら、運転手はどうすればいいんです?」
ムムム、確かにその通りである。
僕はため息を吐き、それから懐からデバイスを取り出してこの学園が配信しているマップアプリを起動した。
このアプリはあまりにも学園内で迷う人が多すぎて、頭を抱えた学園が科学側に依頼して作らせたものだ。
しかしこのアプリが配信されてから57年が経過し、今でもアップデートがされているにも拘らず、評判がすこぶる悪い!
それもこれも、政府の人間がひっきりなしにこの学園を弄り回したせいに外ならない。
この学園の地図を見ても、あまりにも複雑すぎてチンプンカンプンになり、逆に迷う人が増える始末だった。
これで魔術側と共同して作っていれば少しは迷う人が減らせるだろうに、と勝手に改造したアプリを弄りながら僕は思う。
「サーチ」
僕がデバイスに呼び掛けると、画面に魔法陣と0と1で構成されたノイズが走り、それから何をお探しですか?と画面に表示された。
「ん、ここから一番近い『科学側のポータル』の経路を探って」
すると、画面に検索中と表示されてから数秒の間が開き、再び画面に0と1のノイズが走ると魔法陣がコンパスめいて浮かび上がり、目的地までの距離と方角を示す矢印が現れた。
「よーし、出発進行!」
僕は表示された経路案内を頼りに、周りのおどろおどろしさにびくびくしながらその場から動き始めた。
あ、そうそう。僕は科学側のポータルと言ったが、これについても軽く説明しておこう。
ポータルはその名の通り、離れた場所へ一瞬で移動できる装置だ。
で、科学者側というのは、これまた面倒な大人のしがらみで僕ら子供が迷惑している事の一つ。この学園に入学する際にその学生は必ず科学側か魔術側か選ばされるのだ。
しかし、どっちを選ぼうが実のところ違いなど無く、しいて言うなら体育祭の時に紅組白組の様に科学側か魔術側か分かれるくらいなのだ。
授業はどのみち1年生は全員共通だし、本当に意味が出てくるのは2年生になってから。しかしそれでもいくつかの授業で別れるくらいで、数学とか古典とかは同じクラスでやるから、やっぱり大した違いは無い。
その癖ポータルは両者側が協力しないから魔法陣ポータルと機械ポータルで分かれ、それを使えるのはその陣営に属する者だけなのだ。
そして科学側のポータルだが、機械なだけあって量産があまりできず、配置数が少ない。逆に魔術側は言っちゃ悪いが魔法陣を書くだけだからそこら辺にある。
何てメンド―な!?
僕は憤慨して、しかし僕がいくら憤ろうが魔術側と科学側が歩み寄らない限り、この現状は変わらないだろう。
あーあ、面倒臭いなぁ。早くスポンサー見つけて色々作りてーなぁ。
なんてことをぐちぐち考えながらとぼとぼ歩いていると、前方からこちら側に歩いてくる人が。
すわッ何奴!?
この道は薄暗く、街灯もあるが整備不足なのか光量が弱く、近くまで寄らないと顔の判別なんて出来やしない。
僕は手持ちの武器をひそかに確認しながら、警戒心も露に前からくる人の顔が見えるまで街灯の下で待っていた。
そして顔が見えるようになると、僕は別の意味で驚いた。
やって来た人は女性だった。それもべらぼうな美人さんだった。
プラチナブロンドの髪をショートヘアーで、キリッとした顔立ち、まるで氷の如き眼光に、僕はロシアの凍土を思い起こさせた。
服装はどこかで見覚えのある制服を着ており、あれれと頭を捻っていると、向こうも僕に気が付いたようで、彼女のキリッとした表情が少し和らいだ気がした。
その顔から、迷って途方に暮れているのは一目瞭然だった。
なんと、こんな所で同士に合えるなんて。
僕がちょっとした喜びに耽っていると、彼女は僕に話しかけてきた。
「すまない学生の君、ちょっといいか?道に迷ってしまってな」
それ見た事か。予想がぴたりとはまり、僕はついくすくすと笑ってしまった。彼女は怪訝そうな顔で僕を見るが、僕は少しも気にしなかった。
「えぇ、えぇ存じていますとも!ご安心召されよ!……ちなみにお聞きしますが、あなたは魔術側?科学側?」
「……魔術側だが?」
質問の意図が分からず困惑している彼女に、僕は早速デバイスの画面を見せた。そこには魔術側ポータルへの最短ルートが詳細に表示されてあった。
彼女は目を見開いた。
「これは……まさか魔術と科学を!?」
「あ、分かります?」
恐る恐る僕のデバイスを手に取り、ルートを暗記するように凝視する彼女に、僕は肯定して見せた。
「
何だかごにょごにょ独り言を呟く彼女に、何だ何だと僕はその顔を覗き込もうとしたとき、彼女は僕にデバイスを押し付けるようにして返した。
「ありがとう、君のおかげで私は戻れそうだ」
「あ、うん。そうすか」
何だか釈然としない感じの僕に目もくれず、彼女はすでに歩き始めていた。見た目通り、ストイックな人である。
が、彼女は去り際にこちらの方を向き、氷の表情をわずかに緩め、微笑んだ。
どきり、僕の心臓は高鳴った。
彼女の微笑みはその薄暗い光量も相まってか、物凄くミステリアスで、美しかった。僕はしばらくその衝撃から立ち直れず、我に返った時にはすでに彼女の姿は無かった。
「うぅ~む。なんだかすごい体験だったなぁ~」
顔を合わせた時間は5分にも満たない時間だっただろう。しかし、あまりにも濃く貴重な体験だった。
うん、なんだか知らんがちょっぴりだけ前向きになれる気がするぞ!
美女に微笑まれて調子を良くするなんて、我ながらちょろい奴である。でも、それで舞い上がらない奴はいないと、僕は確信する。
えへえへとだらしなく顔をにやけさせる大馬鹿野郎に、どうやら神様はバツをお与えになる事にしたらしい。
急に僕の腹がごろごろといいだした。それと同時に物凄い脂汗が額に滲む。
「ヤバい……、は、腹が…!」
それまでのいい気分も、学友たちへの嫉妬も世間への失望も一気に消し飛んだ。あるのは渇望。トイレへの渇望である。
しかしここいらにトイレなんてありゃしない。ここから最短で行けるトイレはポータルを飛んだあとの施設である。
「うわぁ~ん、何でこうなるんだよ~!」
スポンサーが付き、いろいろ作れる様になったら絶対にどっちの陣営も使えるポータルを設置する!
科学側生徒用のポータルに駆け込みながら、僕はそう誓うのであった。
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