第3話 レッツワーキング!前編
びゅうっと乾いた風が、崩れたビルの隙間を通り過ぎ去ってゆく。
強い風を受け、「楽しい食事をミートダイニングで!」とかろうじて読めるボロボロの看板がガタガタと揺れる。
これだけではない。その他にも朽ち果てたゲームセンター。かつては憩いと団欒を提供した公園の残骸。乗り捨てられ、雨や風によって風化してボロボロになった乗用車があちこちに散在している。
それ等は見る者にかつての繁栄ぶりを思い起こさせ、そして盛者必衰というものを感じさせてあまりある。
科学を信奉し、際限なく追及した結果に資源の枯渇や公害問題が発生したのと同じように、魔法、魔力を使うようになってから現れ始めた新たなる人類の問題。
新たなる罪によって、この一帯から人間は追い立てられた。
代わりにここで繫栄し、己が生を謳歌するのは理の外からやって来た悪鬼羅刹たち。
ここは東京の一区画。廃棄され、見捨てられた土地。
『魔獣』が潜む、人外魔境である。
*
パタタタタタ、パタタタタタ。
抱えている『ニンチ・シテーネ社』製の突撃銃『AR-90』が、小気味よい音を立てて弾丸を吐き出してゆく。
「ギャッ!?」
「ゲッ!?」
「イヌッ!?」
撃ち出された弾丸は銃本体に刻んである加速魔法の恩恵を受け、音の何倍もの速さで螺旋を描きながら直進し、僕を目がけて突っ込んできてた大型狼並みのサイズに肥大化した野犬、フェラルドック3体を打ち倒した。
「ふぅ…」
倒れた彼らに近づき、しっかり息の根が止まっている事を確認すると僕は安堵のため息をついた。
しかしやっつけたことに安堵している暇は無く、間髪入れずに僕のすぐ横にある廃車の裏からもう一体のフェラルドックが飛び掛かってきた。
「わわっ!?」
僕は驚き、慌てて飛び込み前転をしてその場から離れた。
ガチン!
ほんの少し前までいた場所から、フェラルドックの牙が噛み合わさる音が聞こえた。
僕は急いでフェラルドックに向き直り、銃を向けた。彼は僕を噛み殺すことが出来ずに苛立っているようで、執拗なまでに後ろ足で地面を掻いていた。
僕とフェラルドックはしばしの間無言で睨み合った。僕は彼の目を見た。向こうも僕の目を見た。
見つめ合いながら僕は彼の目の中に、飢えによる苦しみと仲間を失ったことの悲しみ、そして回避されたことへの困惑を見て取った。
その事から、先の3体がこちらの注意を逸らす為の囮であることに気が付き、僕は彼らの知能の高さに驚いた。
『魔獣』になると肉体の肥大化に加え、知能が大なり小なり上がるという。
図鑑や国が出しているホームページの概要でしつこいくらい書いてある事なのだけれど、実際に向上した知能の高さの一端を目の当たりにすると、あまりの恐ろしさに戦慄する自分を止められない。
たかが獣。そう高を括って彼らと対峙し、大怪我を負ってしまう人が年に何十人もいるという。
これだけ注意喚起が為されているにも拘らず、一向に油断する人が減らないのは、やはり彼らの見た目の大半が獣の範疇を超えないからであろうか?
なまじ我ら人類は魔法なんて物があり、今時は子供ですら(さすがに接近されたら駄目だけど)ライオンだって殺せるような超人社会になってしまっている。
だからか100年前と比べて、人類は随分気が短くなったように思う。そうして増上した我ら人類はたかが獣と彼らを前に油断し、我らと同じように強くなった彼らの力で身を持って分からせられるわけだ。
まさかこれはそんな人間の傾向を見越した彼ら魔獣の策略か!?と、心配性な僕はあれこれ思ってしまうのだが、さすがに考えすぎだろうか?
「グルルルル…!」
沈黙に耐え兼ね、飛び掛かろうとして身を沈めるフェラルドック。
しかし、僕は思うのだ。
その時を待っていた僕は彼が動き出す前に鞘からナイフを引き抜き、投げ放った。
「ガウッ!?」
飛び掛かろうとしていた彼は咄嗟に横に飛ぶことで危うく僕のナイフを回避。哀れ、ナイフは彼が一瞬いた所に空しく突き刺さった。
彼らは魔獣となり、強く賢くなった。確かにそうだ。確かにそうだが、動物はもともと賢かったじゃないか。一部の能力なら人類を超える物だってあったはずだ。
「ゴフッゴフッ!」
フェラルドックは僕の不意打ちをかわせたと思い込んで、勝ち誇ったように鳴いた。でもごめんよ。もとよりそれは想定内のことなんだ。
つまり何が言いたいかっていうとはだね?
『ガガッ!ピピ―!』
突き刺さっていたナイフに施された機構が作動し、ナイフの部分がスライドしてレンズを曝け出した。そしてレンズに刻印されていた魔法陣が浮かび上がり、『光魔法 フラッシュ』を組み合わせた強烈な閃光が放たれた。
変わったのは人類の意識、ひいては価値観が(悪い意味で)変わってしまったからだと僕は思う。でなければ、ここまで怪我人が多発する訳が無い。
「ギャッ!?」
ナイフを凝視していたフェラルドックはこれをまともに食らった。彼はひっくり返って、眼球に生じた激痛に悶え狂っていた。よく見ると目元から血が垂れており、もしかしたら失明しているのかもしれない。
「……」
僕は突撃銃についてあるスリングを肩にかけながら近づき、のたうつ彼の傍らまでくると、ホルスターから同じく『ニンチ・シテーネ社』製のオートマチック拳銃『コルトD9』を引き抜いて照準を合わせた。
「ごめんね」
僕は一言だけ謝ると、引き金を引いた。
パンッと乾いた銃声が鳴り響き、発射された弾丸は正確に彼の頭部を撃ち砕いた。のたうち回っていたフェラルドックは一度だけびくりと震え、それっきり電池切れの玩具みたいに動かなくなった。
僕は彼の死を見届けると今度は油断せず、周囲を警戒してあちこちに銃を向けた。それで一向に何の気配も無い事が分かると、今度こそ体の力を抜いた。
「はぁ~……」
僕はため息を吐きながら背負っていたバックに突撃銃を押し込み、地面に刺さったナイフを回収すると空を見上げた。
天気はあいにくの曇り空。その上遠くで黒い雲が見えるから、もしかしたら一雨来るかもしれない。天気予報では晴れの予想だったのに、全くもう……。
雨に降られたら困る。まだ肝心の討伐対象とは交戦どころか会えてすらいないのだ。
僕はデバイスを起動して討伐対象がいると思わしき場所を確認しながら、その場を後にした。
びゅうっと侘しい風が吹き、野ざらしに晒された敗者の躯を撫ぜた。風にあおられて彼らの毛皮がそよそよと揺れ、舞い上げられた埃や塵が早くも付着し始めていた。
しかし顧みる者など誰もいない。乗り捨てられた乗用車と同じように。誰も。僕ですら……。
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