キャットガールに願いを

タカハシU太

キャットガールに願いを

「タマ~、タマちゃん、どこにいるの~? ご飯の時間だよ~」

 いない。せっかく、今日は特別にチュールを持ってきてあげたのに。

 ここはボクが通う中学校の屋上。最上階の階段フロアは鍵がかかっているのだが、横の機械室を抜けると外へ出られるのだ。誰も知らない秘密のルート。昼休みはいつもここで、ぼっち飯だ。

 唯一の友達は、時折現れる野良猫。ボクが弁当を分けてあげたら、懐くようになった。気まぐれで、ペロペロ舐めてきてくれるかと思えば、逆に引っ掻いてくる時もある、じゃじゃ猫だ。


「お腹すいたあ~」

 女子の声にボクはびっくりした。まさか、他に誰か来るとは。

 その女子は制服を着ていなかった。もふもふした猫のコスプレ、猫耳、しっぽ付きである。

「ああっ、チュール、チュール!」

 駆け寄ると、ひったくて、チューチュー吸いだした。ボクは固まったまま、見返すだけだ。

「いつもお弁当ありがとうね。お礼を言いに、こうやって来たよ!」

「どちらさまですか?」

「もう! 見れば分かるでしょ! タマちゃんよ、タマちゃん!」

 彼女はぶつかるようにして、隣に座ってきた。ボクは腰をずらして、一人分、間を空ける。

「どちらのタマちゃんですか?」

「まだ信じないんだね。あ、また顔に怪我してる」

 タマちゃんと名乗る女子は、いきなりボクのこめかみ付近を舐めてきた。

「痛っ!」

 そう、浅いけれども、昨日できたばかりの傷だ。見た目はたいしたことないのだが。

「痛いよねえ。いつもいつも、いじめられて。よし! アタシが代わりに懲らしめてあげる!」

 彼女は飛び跳ねるような足どりで、颯爽と校内へと消えていった。

 何だったんだ、今のは?


 翌日、屋上へやってくると、あの猫耳女子が待ち構えていた。満面の笑みで。

「どうだった?」

 ボクは返答に困った。

「あいつら、病院送りにしてあげたよ」

 そうなのだ。ボクをいじめていた三人組は、昨日の夜に事故に遭ったと、ホームルームの時間や、みんなのうわさ話で聞いた。

 リーダー格の男子は怖いお兄さんたちとぶつかったために因縁をつけられ、体の一部が機能不全になるほどの半殺しの目に。子分の男子のうち、一人は階段から真っ逆さまに転げ落ち、もう一人は車道に飛び出たため、車にはねられて、どちらも重体。

 まったく別の場所で三人とも事故るなんて、偶然すぎる。

「本当は殺したかったんだけどね。手加減しちゃった」

 タマちゃんは屈託のない笑顔で、あっけらかんとしていた。

「ねえ、お父さんも殺っちゃう?」

「え?」

「だって、毎日、暴力振るわれてるんでしょ?」

 あいつは父親なんかじゃない。お母さんの再婚相手ってだけで、血のつながらない赤の他人だ。

「よし! あとはアタシに任せて!」

 またしてもタマちゃんは軽快なステップで去っていった。

 止めるべきだったか。だけど、ボクは心も体もいくぶん軽くなっていた。当分のあいだ、いや、もしかしたら今後ずっと学校生活がマシになるかもしれない。

 ボクは不安と……期待を織り交ぜながら、お弁当を食べ始めた。


 この一週間、ボクは楽しかった。今もタマちゃんとこの屋上でのんきにおしゃべりをしている。

 あの日、帰宅すると、警察と消防がすでに駆けつけていた。泥酔したあいつは吐瀉物をのどに詰まらせて死んでいたという。

 これもすべてタマちゃんのおかげだ。

 その時、塔屋の鉄扉が開いた。ここに人が来るなんて珍しい。ボクとタマちゃんは塔屋の陰に隠れた。

 現れたのは、学校で一番人気のある同学年の鴨志田美咲さんだった。ボクの近所に住み、小さい頃は一緒に遊んだ仲だが、今は挨拶もない間柄となった。それでもますます美少女に磨きがかかって、相変わらず憧れの存在だった。

 その美咲さんがいきなりタバコを吸い始めた。幻滅すると同時に、どうせボクの人生とは無関係だと割り切ることにした。

 ふと、隣のタマちゃんがつぶやいた。

「いつか現れると思った。あの女だったか」

「え? 何?」

「この恨み、晴らしてやる!」

 タマちゃんは飛び出すと、驚異的な跳躍で舞い上がり、美咲さんの目の前に着地した。美咲さんは何ごとかと固まり、すぐにタバコの火をもみ消して、隠そうとした。

 タマちゃんの手が空を裂いた。美咲さんの顔面に真っ赤な筋がいくつもできた。美咲さんは顔をさすった手が血まみれなのを見て、悲鳴を上げた。

「やめろ!」

 ボクは慌てて駆け寄った。

「この女だよ! タバコの火を押しつけ、最後には踏みつけて、アタシの命を奪ったんだ!」

 タマちゃんの表情はケダモノのように豹変していた。あの可愛らしい姿はどこにもなかった。

 美咲さんが逃げようとするが、タマちゃんはすぐに追いつき、羽交い絞めにした。ボクは止めに入ったけれども、弾き飛ばされた。

「助けて!」

 見返すと、美咲さんはタマちゃんに喉元をつかまれ、そのままフェンスへと向かっていくところだった。すさまじい勢いで持ち上げられ、美咲さんの体は柵の向こう側へ消えていった。校舎裏から、ドスンと鈍い音が響いた。

「早く行け!」

 タマちゃんは振り返らずに言った。

「でも……」

「いいから、早く!」

「嫌だよ! ボクはタマちゃんといる!」

「キミを巻き込むわけにはいかないんだ。ちょっと我慢してね。バイバイ」

 タマちゃんは突進してくると強烈な猫パンチをお見舞いしてきた。地面に叩きつけられたボクの意識はそこで途切れた。

 病院で目覚めたボクは、警察からいろいろ聞かれた。結局、ネコ科の獰猛な動物にボクと亡くなった美咲さんは襲われたと判断するに至ったらしい。


 あれから卒業するまで、タマちゃんの姿を見かけることはなかった。

 たまに、どこかから鳴き声がしたけれど。

                 (了)

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