出会いと別れ

麻倉 じゅんか

本編

 ……ふと、足を止めた。


 彼女を、ぎゅっと抱きしめる。

 ありったけの思いを込めて。俺の胸の内に籠もる、彼女への愛おしさを込めて。


 本当のことを言えば、俺は彼女と離れたくなんかない。

 出会ってそんなに長い月日は経っていない。

 でも、日が重なるに連れて、彼女を大事に思う心は積み重なった。

 今では一緒にいるのが当たり前になってきていた。


 ――それが、こんな別れ方をする事になるなんて。


 どうか許してほしい。

 あなたと共に居続ける事の出来ない無力な俺を。


 どうか嘲笑ってほしい。

 あなたと別れる事になってしまった愚かな俺を。




「……あの、お客さん。Booble・Payのお支払いをお願いします」


 コンビニの店員さんが困っている。

 気がつくと俺の後ろに並んでいる人がいた。


「あ、はい」


 ――さようなら樋口先生。


 今日、俺は財布の中に大事にしまっておいた樋口先生と、惜別の思いで別れることになってしまった。




 そうして俺はなんとか限定有料ガチャを行うことが出来た。


「なけなしの小遣いをはたいたんだ。

 絶対に来てくれよ〜美音ちゃん!」


 悲しい別れのあとだ、ボタンをタップする指にも自然と力が篭もる!


 息をゆっくり吸って、吐く。ひとまず深呼吸。

 そして!


「お願いしますお願いしますお願いします!」


 10連ガチャのボタンをタップ!


「ダブり、ダブり、ダブり……」


 もうダメか!?

 そう思った時に奇跡は起きた!


「キターッ!!!」



 ……別の限定キャラが。

 目的の美音ちゃんとは違う子が。


 途端に俺は冷静になった。


「えーと。あのー。うん。君も悪くはないんだけれどさ。

 来てくれて、うん、ありがとう」


 ……まあ、この出会いも樋口先生のお導きだ。

 彼女も大事に育ててあげよう。




 春うらら。


 柔らかい日差しに撫でるような柔らかい風が心地良い、そんな日の何気ない出来事だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

出会いと別れ 麻倉 じゅんか @JunkaAsakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ