さりとて世界は哀しくて

冬城ひすい@現在毎日更新中

愛していた、これからも

おぎゃあおぎゃあ。

元気な産声と共に女の子が生まれた。


「オフィーリア! 女の子だ……女の子だよ!!」


激痛の余韻と大きな疲労感からオフィーリアは手を動かすこともやっとだ。

額には汗の玉が浮き、弱弱しい。


「ガレイ……この子の名前、決めてくれたんだよね……」


ゆっくりと伸ばされる彼女の手を生まれたばかりの我が子に添えさせる。

その上から僕の手も重ねる。


「ああ、ああ! もちろんだ! 君と僕にふさわしい可憐な名前を考えたんだ!」

「聞かせて……」

「シンシアだよ。月の女神にあやかって誠実で綺麗な子になるようにって思いが込められているんだ」


それを聞いたオフィーリアは頬を緩める。

それからそっと僕を傍に寄せると頬にキスをした。

僕もそれに応えるようにキスを返す。


「お疲れ様、オフィーリア。ゆっくりと休んで」


これが僕とオフィーリアの子、シンシアとの出会い。

幸福な予感しか抱かせない、天使の紡ぐハープの音のような時だった。



♢♢♢



木々や動物、花々に囲われた教会が神父である僕の聖地だった。

教会での仕事は訪れる信者を導いたり、一人の時は祭壇に祈りをささげること。

他にも時折信仰を広めるための演説も行っている。

今日は一人で十字架の前に祈りを捧げていた。


「お父さーん! 見て見て!! 可愛いお花の冠を作ってみたんだ~!」


僕が振り返ると銀色の髪をなびかせながら中央を駆けてくるシンシアがいた。

娘は7歳を迎えていた。

そのまだまだ小さい手には色とりどりの小花を編んだと思われる冠が握られていた。


「どうしたんだい? お母さんは?」

「ママはね、後から来るよ!」


そういうともじもじと恥ずかしそうに顔を赤らめて、僕を見る。

その表情と手に持ったものから、そういうことかと微笑ましい気持ちになる。

娘の成長はいつだって嬉しいものだ。


生まれてきてくれたこと。

僕やオフィーリアの名前を呼んでくれたこと。

歩けるようになったこと。

会話ができるようになったこと。

走れるようになったこと。


「ガレイお父さん! あの、ね……? これ! プレゼントなの……!」


花の冠をそっと差し出してくれる。

小さな手が震えていた。


「ありがとう、シンシア。そうだな……。シンシアが僕の頭にのっけてくれるかい?」


そんな娘の緊張をほぐすように、気持ちを込めて感謝を伝える。

シンシアは受け入れられたことにとても喜んでいた。


「うん……っ! ……よいしょ……どう?」

「すごくいいよ。ガレイ父さんは一生大切にするよ」

「うん!」


遅れて教会の扉が開かれ、オフィーリアも家族の輪の中に入る。


「もう、この子は目を離すとすぐにどこかに行っちゃうんだから……」

「オフィーリアお母さんが遅いんだもん!」


そんな軽口を叩き合いながら、温かい時間は過ぎていくのだ。



♢♢♢



花の冠を貰ってから数年後。

僕は信じがたい光景を目の当たりにしていた。


「な、なんで……」


前日からいつもとは異なる遠方の教会に祈りを捧げに行き、オフィーリアとシンシアの待つ家に帰ってきた。

そこで見たのは赤々と燃え盛る焔だった。

すでに建物としての原形はとどめておらず、黒く焼け焦げた瓦礫をさらに焼き焦がしている。


「オ、オフィーリア!! シンシア!!」


名前を呼んでも当然そこに応える者はいない。


「そ、そうだ……! いつもの教会に避難しているかも!」


遠方への出征で疲れているのにも関わらず、身体は不思議と動いた。

身を駆ける焦燥がそうさせたのかもしれない。


「オフィーリア! シンシア――」


教会の扉を勢いよく開き、辺りを見回したところで言葉を失った。

教会内の長椅子は弾き飛ばされ、横転してしまっているものも少なくない。

陽光を取り込んでいた透明なガラス窓もいたるところが割られている。

何より、教壇の上に存在する二つの物体が僕を壊した。


「オフィー……リア……? シ、シンシア……?」


血の気のない真っ青の顔で瞳をつむっている。

そこだけは手を付けられていない教壇の奥のステンドグラスが神聖な雰囲気がオフィーリアとシンシアを包み込む。


「お、起きてよ。何が、あったの……? そうか……二人して僕に悪戯をしてるんだよね……?」


そっと二人の頬に触れる。


「ひっ……!!」


恐ろしく固くて冷たかった。

そしてすでに固まりかけていた血液が両手を深紅に染める。


「う……うあああああああああああああああああああ!!! 神様、どうして!! オフィーリアとシンシアが何をしたって言うんだ!!」


「――安心しろ。貴様もすぐに後を追える」


左胸に確かな衝撃と熱感が宿る。

ゆっくりと視線を落とすと銀の刃が胸から突き出ていた。


「あ……」


僕はそのまま倒れ込むしかなかった。

少しずつ身体の熱が抜けていく。

オフィーリアとシンシアを奪われた空虚さからなのか、はたまた実際に血液を失っているからなのか。

恐らく、その両方だろう。


「これも、持っていくといい」


かすれゆく意識の中でシンシアのくれた花冠が目の前に落とされる。

真っ白な花がゆったりと僕の血に濡れて赤く染まっていく。


「……シン……シア……オフィー……リ、ア。愛してる……いつ、まで……も」


そこで僕は力尽きた。



♢♢♢



教壇にのる二人分の首とたった今息絶えた神父を見下ろして女騎士は不快な気持ちになる。

王の命令とはいえ、ここまでする必要があったのか、と。

この三人には宗教による国家転覆の疑いがかけられていたのだ。

本人たちの言葉を聞かないまま、このような裁定を下した王に疑心を持つ。


「いや、それは私のすべきことじゃない。考えるだけ無駄だ。騎士は国に、王に使えるもの。少しでも不安の芽があるのなら摘んでおくのが理だ」


それでも胸の靄が取り払えない。

無理に断ち切ってその場を去ろうとしたその時だった。


荘厳な鐘の音と共に、目が開けていられないほどの光のヴェールが辺りを覆いつくす。

やっとの思いで外に出てみると、それは国中に及んでいるようだった。


「……はは……。神様の怒りを買ったってことは、私の使えるべき王は道を踏み外してしまったのだな……」


渇いた笑いと独白を最後に、その日、一つの国が地図から抹消されたのだった。

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