死神の出会いと別れ

砂漠の使徒

ある女

 俺は死神。

 寿命を終えた人間の魂を、いわゆるあの世に連れていく。

 これはあくまで仕事であり、そこに一切の私情は挟まない。

 そもそも死神は人間とは異なる存在。

 大した感情は抱かない。


 だが、人間は違う。


―――――――――


「私、あなたのことが好き!」


 少女は目を輝かせて、俺にそう告げた。


「はあ?」


「あなた、とってもかっこいいじゃない!」


 はっきり言って、こいつはちょっと異常だった。

 普通死んだ人間ってのは、なにかしらの未練を残している。

 生きていたころを思い出し、動揺する。

 しかし、少女はまったくそのそぶりをみせない。

 かといって、老人のように悟っているわけでもなく。

 ただその澄んだ眼差しが俺に向けられていた。


「行くぞ」


 直感的に面倒くさいことになりそうだと思い、職務を淡々と遂行することにした。

 手を引っ張り、所定の場所に連れていく。


「ねえねえ、この鎌は本物?」


「……」


「何歳なの?」


「……」


「私と結婚してくれる?」


「……あのなあ」


 冷静な俺が乱されて、怒りを覚えるくらい少女はしつこかった。


「俺は死神、お前は死んだの」


 わかるだろ?

 こんくらい。


「……」


「なんか思わねーのか?」


 問いかけると、思いもよらない答えが返ってくる。


「私、死んでもいいよ」


「……」


「だって、生きているときはなーんにも楽しいことなかったもん♪」


「……」


「パパとママは毎日喧嘩ばかり」


「……」


「学校に行ったら、みんなに虐められちゃう」


「……」


「だから……」


「あ、その子だ!」


 黙って話を聴いていた俺のところに、同僚が慌てて飛んできた。

 この仕事、他人の魂を奪うのはご法度なのだが。

 こいつ、俺に殺されたいのか?


「ま、待て、落ち着け! 俺は重要なことを伝えに来たんだよ!」


「なんだ」


「その子は生き返ったそうだ。だから、魂を戻せと上の連中が」


 そうか。

 幸運な奴だ。

 いや、死にたいのなら不幸だな。


「だそうだ。お前とはお別れだ」


「え! いや! 離れたくないよ!」


 必死で俺の手を掴む少女。

 普通は喜んで生き返るものなんだがな。


「安心しな。人間いつかは死んじまう。また会える日が来るさ」


 俺にしては珍しく、気をつかってやった。

 少女はそれを聞くと満足したようで、笑顔で帰っていった。

 まったく、とんだ客だったぜ。


―――――――――


「ばあさん、お迎えだぜ」


 今日の客はばあさんだ。

 やっぱりこういう高齢者が客として来ることは多い。

 聞き訳がよくて、助かるんだが……。


「いや、あの人を残して死ねないわ!」


 ちっ、めんどくせーな。


「もう死んだんだから諦めな」


「そんなこと、私にできると思うの!?」


 できそうにないな。

 それなら無理やり連れていくまでだが。


「あなた、聞いているの!? ちょっと、あら……?」


「なんだよ」


 抵抗していたばあさんが、俺の顔をまじまじと見つめ始めた。


「私、前にあなたに会ったことがあるわ」


「……」


 そう言われると、見覚えがないわけでもない。

 もっとも、人間の見た目なんてどいつも同じだが。


「あれは私が風邪をこじらせて、病院に運ばれたとき」


 老人の昔話が始まりやがった。

 いちいち聞くのは手間だが、駄々こねられるよりましだ。

 ちょっとは聞いてやろうじゃないか。


「病院で意識を失ったわ、そのときあなたに会ったの」


 そうだったかな。

 お前の事情は知らないし、それに。


「その後生き返ったじゃねーか」


 そのせいで、収入が減っちまった。


「ええ、そう。たしかそのとき私は、あなたが好きだと言ったわよね?」


「そうだな、すげー迷惑だったよ」


 あんなこと言う奴に会ったのは、あれが最初で最後だ。


「幸運にも……あなたにしては不幸にも私は生き返って、私はあなたと別れることになったけれど。あなたの言葉、今でも覚えてるわ」


「は?」


 なんつったかな、俺。


「また会えるって、あなたは言ってくれたわ」


「あー、そうだった。適当にいい感じのこと言って帰らせたんだよ」


 たいした意味はない。


「もう、ひどいわ。でも、そのおかげで私はあんなに素敵な旦那と出会えたわ」


「……なんの関係があんだよ?」


 もはやこれは単純な疑問として、俺の口から自然と出た。


「次にあなたに会うとき、認めてもらえるように努力したの」


「ばかばかしい」


 死者が見た目を気にしてどうすんだよ。

 そもそも死神と人間は……。


「あのときまでは、人生なんてどうでもいいと思っていた。けれど、あなたが希望をくれたの」


「はっ! 人間に生きる希望を与えるなんて、俺は死神失格だな!」


 あんなこと言わなきゃもっと早くに出会えたかもしれないと考えると、損した気分だ。


「いいえ、あなたはとってもいい人よ」


 優しく包み込むような笑顔のばあさん。


「これ以上俺に恥かかせんじゃねーよ、行くぞばあさん!」


「あっ、ちょっと!」


 俺は……自分の中に芽生えた不思議な気持ちをごまかすように先を急ぐのだった。

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死神の出会いと別れ 砂漠の使徒 @461kuma

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