彼女いない歴=年齢を二時間だけ卒業しました

田中勇道

彼女いない歴=年齢を二時間だけ卒業しました

 とある休日、俺は殺風景な部屋でひとり興奮していた。高校生のときからずっと夢見ていた彼女がついにできたのだ! レンタルだけどな!!

 料金は一時間で一万円ポッキリ……いや、ポッキリという表現はなんか縁起が悪い。ドッキリ……は全然意味が違う。マズい、興奮しすぎて語彙力が低下してる。


「落ち着け……落ち着け」


 心を落ち着かせるために何度か深呼吸する。と、ふいに玄関の呼び鈴が鳴った。おそるおそるドアを開けると、そこには俺がサイトで申し込みした女性。名前は確か可奈かなさん、もちろん仮名かめいだ。

 俺は準備をさっさと済ませ、可奈さんとデートに出かけた。


「ねぇねぇ、今日はどこ行くの?」

「え、えーとね。き、きっしゃてんに……」

「あはは! しょうくん面白すぎ!! きっしゃてんって何~?」


 いくら女性慣れしていないとはいえ、さすがに緊張しすぎだ。でも可奈さん美人だし、名前で呼ばれてるから余計に緊張していまう。まあ名前呼びは俺が頼んだんだけど。


「翔くんってめっちゃ背高いよね。身長どのぐらいあるの?」


 唐突に訊かれて思わず「え」と素っ頓狂な声が出た。可奈さんは俺の反応に再び笑った。俺、揶揄からわれてるのか?


「それで、何センチあるの?」

「確か、去年測ったときは一八〇センチだったかな。中学生になってから急に伸びたんだよ」

「へぇ、じゃあバスケとかやってた?」

「いや、俺、勉強ばっかりしてたから運動は全然……」

「いいなぁ、わたし勉強は全然できないの。数学が特にダメでさ、翔くんは得意?」

「まあそこそこかな。俺はどっちかというと理系だし」

「理系かぁ……言われてみればそれっぽい顔してる」

「理系っぽい顔ってなんだよ……あっ」


 話している間に目的のきっしゃてん……ではなく喫茶店が見えた。店内に入って席に座ると、俺は適当にサンドイッチを頼んだ。可奈さんがおすすめを訊いてきたので、ホットケーキをした。

 

「このお店にはよく来るの?」

「たまにかな。気が向いたときに来てる」


 あれ、俺、普通に会話できてる。可奈さんの話し方が上手いのが一番の要因だろうけど。これ、コミュニケーション能力を上げる練習にもなるから一石二鳥だな。

 十分ほどして注文したサンドイッチとホットケーキが運ばれてきた。スマホで時刻を確認するとデート開始から四十五分が経っていた。二時間で申し込んだから残りは一時間十五分。ゆっくりと食事を楽しむ余裕はあまりない。

 食事を済ませると俺は可奈さんと店を出た。残りはちょうど一時間。


「ホットケーキめっちゃ美味しかったぁ。さすがおすすめなだけあるね」

「……」

「……どうしたの?」


 俺は焦っていた。いや、時間もそうなのだが、目の前に知っている人物がいたのだ。逃げようかと思ったが可奈さんを放っていくわけにはいかないし、手を引くのはさすがにNGだろう。

 

「あれ、翔じゃん。隣にいるの誰? 彼女?」


 考えている間に気付かれてしまった。可奈さんが「知り合い?」と訊いてきたので俺は首肯して言った。


「高校時代のクラスメイトなんです。卒業してからは合ってなかったんですけど……」


 無意識に敬語になった。男は独りでに話し始める。


「俺、翔の友人の棚田たなだです。翔、お前すげーな、いつの間に彼女作ってたんだよ」

「違う! この人はレンタル彼女だ」

「レンタル? リアル彼女じゃねぇの?」 

「リアルにいたらレンタルしないっつーの!! 悪いけど今日は帰ってくれ」

「なんだよ、久しぶりに会ったってのに……まっ、せいぜい楽しめよ」


 棚田はそう言って大人しく去っていった。くそっ、無駄な時間を取られてしまった。俺はその場で可奈さんに謝罪してデートを再開した。


「面白い人だったね。『たかだ』くんだっけ」

「『たなだ』だよ。あいつ、高校のときも結構名前間違えれてたな』

「そうなんだ。でも、翔くん友達いたんだね。てっきりぼっちだと思ってた」

「……何気に毒舌だな」

「ごめんごめん。冗談だって」


 なんか笑われてばっかりだな。でも憎めない。

 その後も可奈さんと他愛もない話をして盛り上がった。時間が過ぎるのはあっという間でデート開始から二時間。もうお別れだ。


「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」


 役者モードを解除した可奈さんがそう言って軽く頭を下げた。俺もならって「こちらこそ」と返す。


「また機会があったら指名させていただきます」

「はい。楽しみにしてますね」


 可奈さんと別れ、姿が見えなくなってから俺は帰路に就いた。


「……早くリアル彼女が欲しい」


 それから一ヶ月後、俺はまた彼女をレンタルした。指名したのはもちろん可奈さん、リアル彼女は当分できそうにない。

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