出会い、即、別れ

高村 樹

出会い、即、別れ

出会いがしらの一閃。

相手は誰かも知らぬ。

肉を切り裂く感触と悲鳴。

血を拭きとり、納刀し立ち去る。


出会った瞬間、別れが来る。


「うひゃあ、辻斬りだ。辻斬りが出たぞ」


背後から声が上がる。

思ったより発見されるのが早かったようだ。

生唾を飲み込み、歩みを速める。


番町方と牛込方の間の通りは人気のない寂しい場所だったので、辻斬りには最適の場所だった。

人通りは疎らなので、素早く立ち去れば誰とも出会うことはないはずだった。


今日はついてない。

朝から母上に小言を言われるたり、上役にはねちねちと仕事の無作法をたしなめられた。

その上、今の男の叫び声だ。

大の男が「うひゃあ」などと情けない声を上げるでない。

こめかみが痛む。

心が悲鳴を上げると、きまってこめかみが痛み出すのだ。


こめかみの痛みを癒してくれるのは、愛刀の≪兼光≫だけだ。

この妖しい刀身の煌きと肉を切る感触だけが生きる力を与えてくれる。


寂しい路地を抜け、しばらく歩くが誰かがついて来ているような気配がする。


足音はしないが、確かに誰かいる。


先ほどの辻斬りに驚く声の主か、それとも違う誰かか。


振り向き、即、斬り捨てるか。


この背後にいる追っ手をまかなければ、家に帰れぬ。


走り出すと余計に怪しまれてしまう。


呼吸を整えろ。歩形を維持しながら走るように歩くのだ。


おかしい。背後の気配が増えている。


足音がしないのに、確かな存在感を背後に感じる。


恐ろしい。


歩みの速度をさらに上げる。


もう何刻、こうして歩き続けているかわからぬ。


つらい。苦しい。


その時だった。突然、夜が昼になり、周囲が見慣れぬ景色に変わった。


髷も結わず、珍妙な着物を着た大勢の人が道の両脇に集まっている。

背後には巨大な四角い箱がいくつも立ち並んでいる。とにかく途方もなく巨大な石の箱だ。


ここはどこだ。

何もわからん。


振り返らず、視界の端で背後を探ると、珍妙な帽子を被った黒眼鏡の追っ手がすごい形相で迫ってくる。その後ろにもたくさんの追っ手の気配を感じる。


振り切らねば。

全身汗だくで、呼吸ができない。

もう限界だ。


何か平べったい紐のようなものが胴体に当たり、周りから奇天烈な恰好の男たちが布を持って、拙者を捕まえようと囲み始めた。


「東京オリンピック競歩男子50kmを制しましたのは、謎のお侍さんでしたぁ。金メダルは謎のお侍さん。場内騒然としております」


黒い箱を担いだ男と、短いザンバラ髪の男が金物でできたすりこぎ棒のような物を顔に近づけてくる。


こやつら、奇妙ななりをしているが目明しか。


不覚。拙者は捕えられたのか。


無念。










 

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出会い、即、別れ 高村 樹 @lynx3novel

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