国の外れの知らない同士
都鳥
国の外れの知らない同士
朝、洗濯物を干そうと庭に出ると、少年が落ちていた。
しゃがみ込んでじっと眺める。
見た感じは、私より少しだけ年下の……多分10歳とかそのくらいの子どもだ。この暑いのに、フードの付いた上着をすっぽりと被っている。
息はしている。というか、ぐーぐーと
理由はわからないが、人の家の庭に勝手に入り込んで、しかも寝てしまったらしい。
「君、君。ねえ起きて」
ゆさゆさと肩を掴んで揺すると、その目がぱちっと開いて赤い瞳が見えた。
「うわあああ! 俺をどうする気だあああ!! ニンゲンめ!!」
気が付いた彼は私の顔を見ると、頭を抱えてぶるぶると震えだした。
なあに? ちょっと失礼じゃない?
って、ニンゲン……??
「うわあああ!! やめろっ!!」
そう言って頭を抑える少年の手を無理矢理はらって、フードを取り払った。
そこにはひょこんと伸びた二本の角…… も、もしかして……
「ま、魔族……?」
ここは王都から遠く離れた村で、国境にも近い
とはいってもこんな幼い少年で、しかも私の様なさほど歳の変わらない女の子相手に怯えている彼に、全く危険は感じなかった。
「えーっと、君が悪い事をしないなら、私も何もしないよ? でもどうしてここにいるの??」
そう優しく尋ねると、彼は目に涙を浮かべたままきょとんとした顔をした。
「しゅ、宿題……??」
彼の話にびっくりした。
まず魔族にも学校があること。そして今は夏休みなんだそうだ。
そして夏休みといっても、遊んでばかりいて良いわけではなく、宿題がどっさり出る。特に宿題の目玉なのが『自由研究』だそうで、各自研究対象を選んで内容をまとめた物を提出しなければいけない、と……
えーーっと、それって人間の学校とほぼ同じよね……
ちらりと山積みにしたままの自分の宿題に目をやった。
「俺、魔法がヘタクソの落ちこぼれでさ。でも、勉強は嫌いじゃないんだ。だからせめて、『自由研究』で皆を驚かせてやろうと思ってさ……」
他の魔族の子どもたちは、せいぜい夕顔の観察日記を付けたり、ホーンラビットの巣穴を探したり、モーアが連れている幼鳥の数を数えるくらいなんだそうだ。
「……それで、人間を観察しに来たのね」
「うん…… しかも俺の父さん、スゲー厳しくてさ…… 自分の息子なら他のヤツらがやらないような事をやってみせろって…… 出来るまでは帰って来るなって言われてさ……」
そう言って、彼は可哀想なくらいにしょんぼりとした。帰って来るなとは、どれだけ厳格な父親なんだろうか。
「危ないからニンゲンには近づくなって、大人に言われているんだ。でもそんな怖い生き物の観察をすれば、父さんも褒めてくれるだろうなって。それに俺は魔族の中でもニンゲンに見た目が近いから、服で隠せばばれないで観察できるだろうって思ったんだ」
フードで角を隠しているだけでなく、本当は背中に羽があるのも隠しているし、尻尾も生えているのだそう。でも確かにそれ以外は、赤い瞳の人間の少年にしか見えない。
「えーっと、観察って、具体的にはどんな事をするの?」
「え…… 見るだけだよ?? どんなご飯食べてるのかとか、普段どんな事をしてるのかとか……」
「そっか…… じゃあ、しばらくここに居る?」
「え!?」
「だって、自由研究が終わるまでは、家に帰れないんでしょう? どこか行く当てはあるの?」
ふるふると、首を横に振る。
「私なら観察してもいいよ。知りたい事は教えてあげる」
おりしも夏休みで、自分も毎日家にいる。
両親は去年、行商の途中で盗賊に襲われて命を落とし、今この家には私一人で暮らしている。彼を泊める部屋もあれば、彼を泊める事を
近所の人には、遠い町から訪ねて来た遠縁の親戚だと紹介した。
彼とは一ケ月、一緒に暮らした。
最初は見ているだけだった家事も、少しずつ手伝ってくれるようになった。
大人たちの手伝いで村の畑を耕すと、その理由を不思議そうに尋ねられた。彼の国には農耕の文化は無いらしい。
牧場で羊の毛刈りを手伝うと、それを眺めて首を傾げる。獣を殺さずに毛だけを取るのが不思議なんだそうだ。さらに、鶏や牛や羊などの獣を育てている事にも驚いていた。
彼の国の話も、驚く事ばかりだった。
ほとんどの魔族は人間に干渉をしようとはしていないそうだ。そして、魔族たちの生活は基本的にはあまり豊かではないらしい。
「ニンゲンみたいにこうやって食べ物を育てたりしないからだと思う」
獣は狩ってくるもの、野菜は野原や山から採ってくるものなのだと、彼は言った。
魔族は秩序もなく乱暴な種族とばかり思っていたけれど、基本的にはそうではないようだ。
でも魔族の中にも
人間も魔族も、互いに知らない事ばかりなんだな。そう思った。
夏休みが終わる頃には、彼は自由研究の『観察記録』を書きあげた。私も彼の話を聞いて、夏休みの研究記録を書き上げた。
それだけでなく、毎日頭を突き合わせて互いの夏休みの宿題をしっかりと終わらせた。
お別れの日、彼はまた来るよと言って夜の闇に紛れて飛び立って行った。
彼との一ケ月は思ったより楽しくて、この別れが少し…… ううん、とても寂しく感じた。
* * *
あれから10年。
今年も彼は、夏休みの宿題の為にと私の家にやって来た。
10年前に書いた『観察記録』は、父親にとてもとても褒められたらしい。
それだけでなく、彼の『観察記録』に書かれていた農耕や牧畜を、魔族の国でも取り組む事になり、少しずつだけど国が豊かになっていると、彼が教えてくれた。
私の書いた研究記録も、教師の手によって王都にまで届けられ、国の偉い人々を驚かせたらしい。
タイミングよく魔王からの書状が届いていたりと、難しい事はよくわからないけれど色々とあって、今はこの国と魔族の国は敵対してはいない。
そしてこんな小さな村の、身寄りのない私が、この国にとっての大事な役目を担う事になった。
とは言っても、私たちにとっては国同士がどうとかなんて、全く関係ないのだけれど。
彼が夏休みの度にここに来るのは今年が最後になる。
これからは彼と一緒に暮らすのだ。夏休みだけでなく、それ以外も、その先もずっと。
あの時、人間の女の子に怯えて泣きべそをかいていた少年は、立派な青年になった。
「愛しているよ」
そう言って魔族の王子は、私を抱き上げて優しくキスをした。
国の外れの知らない同士 都鳥 @Miyakodori
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