決意を胸に

温故知新

決意を胸に

『白い光のな〜かに〜♪ 山並みは燃えて〜♪』



中学校の卒業式の最後、壇上に立った卒業生達が、卒業式の定番ソングを合唱する。

指揮者の生徒やピアノ伴奏をしている生徒、そして歌っている生徒の何人かが、涙ぐんだり大泣きしたりしながら、指揮を振り、ピアノを弾き、声を合わせて歌った。

前日の予行練習に比べれば、音程が明らかに揃っていない合唱だったが、それを見ていた先生達や卒業生の保護者達がもらい泣きしていた。

そんなカオスとも取れる光景を、1人予行練習と同じ音程で歌いながら壇上から眺めていた。




「あんた、やる気が無さそうに歌ってたでしょ?」



卒業式を終え、号泣する先生のありがたい最後の言葉を、すすり泣く声があちこちから聞こえる教室で頂戴すると、卒業式に列席していた母と共に家路へゆっくりと歩いていた。



「そんなわけないじゃん。あれでも真剣に歌ってたよ。ただ、周りからすすり泣く声が聞こえるから、ちょっと引いてただけだよ」

「引くってあんた......はぁ、それ小学校の卒業式でも言ってたわよ」

「そうだった?」

「そうだったわよ。全く、いつまで経ってもそういうところは変わらないわね」

「そういうお母さんだって、虚無の顔でこっちを見てたじゃん」

「虚無の顔じゃないわよ。あれは、お母さんの周りにいた他のお母さん達が、もらい泣きしながらカメラを回している光景に、若干引いていたのよ!」

「ほら、お母さんだって引いてたじゃん。それにそのセリフ、小学校の卒業式でも言ってたからね」



本当、親子って似るものなんだね。


そんな今更なことを呑気に思っていると、普段は放任主義の母から珍しく心配を滲ませる声が聞こえてきた。



「それより、あんた。本当に良かったの?」



『何が?』なんて聞かなくても、きっと明日の合格発表のことだろう。

まぁ、もう済んだことなのだし、別に気にすることも無いと思うけど。



「良いよ。私の頭で入れる高校はあそこだけだったんだから」



それに......




「ええっ!? 志望校変えちゃうの!?」



『朝からテンション高いなぁ』と他人事のように思いながら、志望校を変えたことを登校中に友達に言うと、想定通りのリアクションが返ってきた。


まぁ、驚くのも無理はないんだけど。



「うん。だって、私が入れる高校はあそこしか無かったから」

「嘘! だって、この前の模試の結果で、私が受ける高校も合格圏内だったのを知ってるんだからね!」



ちっ、バレてたか。小学校からの付き合いは伊達じゃないね。でも、これだけは譲れない。



「だって、あんたが受ける高校に入ったら、絶対授業についていけなくなるもん。だったら、余裕で合格圏内の高校に入った方が今後の為にも良くない?」

「まっ、まぁ......そういうことなら仕方ないね」



案外チョロかった。長年の付き合いである友達に嘘をつくのは、とても心苦しい。

でも、本当にこれだけは譲れないんだ。




私は、昔から人付き合いが苦手で、自分から人に声をかけることを物凄く怖がっていた。

今の友達も、私が小学生の時に彼女から声をかけてくれたお陰で今の関係になり、小学校・中学校での人間関係も、社交性のある彼女と一緒にいたお陰で成り立っている。

つまり、今の私は彼女無しでは人付き合いがままならないということなのだ。


短絡的に考えてしまえば、それはそれで楽なのかもしれない。

だって、彼女について行けばいいだけなのだから。

けど、少し先の未来のことを考えた時、大人になっても私は、彼女が居ないと人とまともに関わることが出来ないということに繋がりかねないという事実に気づいてしまった。

そのことに恐怖を覚えた私は、そんな自分から脱却する為に志望校を変えた。


そして、家族や友達に事実を言った。それで納得してもらえると思ったし、実際納得してくれた。

でも、本音は言わなかった。知られるのが何だか恥ずかしかったから。


家族や友人には酷い嘘をついてしまったと思っている。

それでも、私は譲らなかった。


彼女がいなくても、1人の人間としてまともに人付き合いが出来るようになりたいから。






「え〜っと、高校行きのバスは確か......」



無事に志望校に合格し、入学式を済ませた次の日、真新しい制服に身を包み、真新しい鞄を持ちながらバスターミナルをさ迷っていた。



「う〜ん、昨日お母さんと確認したんだけどなぁ......あっ」



辺りをキョロキョロしていると、自分と同じ制服を着ている女の子がバス停の前で立っていた。



『あそこかな? でも、同じ制服の子が立ってるから間違い無いんだろうけど......』



制服のスカートを両手でキュッと掴んだ。


ここには、頼りにしていた友達はいない。

だから......


生唾を飲み込んで握っていたスカートからそっと手を離すと、その子に声をかけようと1歩を踏み出した。



「あっ、あの! すみません!」

「はい?」



それから、声をかけた女の子が実は私と同じ新入生だったことを知り、その子と話しているうちにウマが合い、高校に入学してから初めての友達が出来た。

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