既知との遭遇 ~人類そっくり外宇宙知的生命体とのファーストコンタクトは波瀾万丈~

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

第1話 この宇宙人、見かけは人類とそっくりだが……全裸にしか見えない!

 20××年、人類はついに、未知との遭遇そうぐうを果たした。

 即ち、宇宙人とのファーストコンタクトに成功したのである。

 しかし、この宇宙人――外宇宙知的生命体LaZocラゾックは、あまりに人類と酷似こくじした姿をしていた。

 それも、一糸いっしまとわない全裸の。


「服を着ないとは失礼ではないかね、野蛮人やばんじんなのでは?」


 権力者達による極秘Zoom会議において、赤ら顔の大統領が軽蔑けいべつもあらわに声を上げた。

 ラゾックとの第一種接近遭遇の事実は、いまだ一般大衆にはせられており、世界の首脳陣達だけが抱える悩みの種となっていた。

 ラゾックをどのようにぐうするか、いまこの場では、そのようなことが議論されているのだ。


「怒りっぽい大統領の言うことも解る。我々人類は、服を着ることで文明を手にしてきた」

「北側至上主義書記長に反対! これは南方諸国、少数民族への差別的発言である! 謝罪を要求する!」

「なにを!」


 紛糾ふんきゅうする議会。

 議事録は、とても後世に残せないほどの罵詈雑言ばりぞうごんで埋まっていく。


「逆に、我々も服を脱ぐべきなのでは? 彼らを友人として扱うのなら、同じ格好をするというのも視野に入ってくると思うが」

「これだから弱腰首相は! 野蛮人と同じ土俵で戦う必要はない! 我々は着飾るべきだ……!」


 などという、馬鹿馬鹿しくも本人達にとっては大真面目な口論が続いた。

 会議は踊る。されど進まず。

 それでも、一国の長達はなんとか結論を導き出した。


 そして数日が経ち、とうとう人類は、ラゾックとの会談へと臨むことになった。

 お互いの代表が、地球上のとある諸島へと集う。


 ラゾックは全裸――否、肘まである手袋をつけた全裸であった。

 人類はスーツを着込んでいた。


「まずは握手を。友好の証しだ」


 手を差し出す大統領に、ラゾック側は当惑とうわくしたようだったが、手袋をつけたまま握手に応じようとした。

 だが大統領は、「失敬ながら、この星では手袋を外して握手する」と強気で突っぱね、外宇宙知的生命体ラゾックたちはしばらく見つめ合ったのち、手袋を外してシェイクハンドに応じた。


「しっかり写真に撮っておいてくれよ! 歴史的瞬間だ!」


 笑顔を浮かべる大統領と、赤面している様子のラゾック。


 ある程度対外的な写真撮影が終わったところで、お互いの主張や目的を話し合うことになった。

 ところがそこで、ラゾック側の長――大統領と握手した、全裸の中年男性に見える宇宙人が、手袋をしっかり身につけながら、次のようにべたのである。


『初めに疑問なのですが、地球人の皆さんは生殖器を外にさらしていて、恥ずかしくはないのですか?』


 この言葉に人類サイドは驚いた。

 ついで、怒りに燃えた。


「それはこっちの台詞だ!」


 激昂げきこうしやすい大統領の怒号を皮切りに、会談は口論の場へと発展した。

 おまえたちは野蛮だ、そちらこそ野蛮だと、最早そこに相互理解や利益の追求などという形は一切なく、喧嘩別れのように対話は決裂。

 ラゾックは、そのまま地球をあとにした。

 何もかもがご破算はさんとなった。


 こうして、人類は外宇宙知的生命と出会い、別れて。

 その数ヶ月後、再び彼らの来訪をうけた。


『我々が勘違いをしていたようです』


 ラゾックの長たる中年男性風の宇宙人は、謝罪の言葉を口にした。

 その殊勝しゅしょうな態度に首脳陣は顔を見合わせ、なにか裏があるのではないかと一通り疑ったあと、もう一度対話の席を用意することにした。


 二度目の会談は、因縁の土地でもよおされた。

 あの諸島である。


 顔を合わせるなり、頭を下げてみせるラゾック一同。

 人類サイドも、前回は失礼をした、不幸なすれ違いがあったと口にする程度の理性は残っていた。

 ラゾック側は、ことのあらましを説明する機会をくれないかと提案し、人類はこれを承諾する。


『まず、我々はあなたがたのいう全裸ではありません』

「しかし、股間でイチモツが揺れているではないか?」

『これを生殖器と勘違いされたことに、大きな怒りを感じます。これ――エレクチパス器官は、我らラゾックの証し。即ち、我々の意識を繋げ、集合的無意識を形成する重要な器官なのです』


 これには、人類側も驚いた。

 どう見てもぶらぶらと揺れる生殖器は、彼らが言語を用いず対話するため進化させた部位だというのだ。


 もしも人類が文字を書くことを、宇宙人が野蛮である、差別的だと考えれば、どのような反発が起きるだろうか?

 それは考えるまでもなく、火を見るよりも明らかだった。

 弾圧には、反発が付きものだからだ。


 首脳陣が、歴史上繰り返されてきた数多の悲劇を思い起こし、十分すぎるほど戦々恐々せんせんきょうきょうとしたところで、大統領が切り出した。


「しかし、だとすれば我々が生殖器を丸出しにしているというのは、どういうことだったのかね?」


 この問い掛けに、ラゾックの長は答える。


『我々はある部分をまじわらせることで、次代の子孫を残します。前回の会談が決裂した後、我々は皆さんをよく観察しました」


 潜伏していたというのかと、人類サイドは一瞬色めき立ったが、なんとか言葉を飲み込んだ。二度も過ちを繰り返すほど、彼らとて愚かではなかったのだ。

 ざわめきが静まるのを待って、ラゾックは答える。


「初めは、皆さんもその部位を交わらせて子を為しているのだと仮定しました。ですが、部位の交わりなく子どもが生まれる例がいくつも見られ、さらには子どもを作る際、地球人の皆さんはエレクチパス器官に類似したをお使いになると判明し、ついに我々は誤解があったと気が付いたのです』 


 つまり、人類の身体に付いているエレクチパス器官に酷似した物体こそが、生殖器官であると、彼らは理解した旨を口にしているのだった。

 だからこそ、人類が怒った理由も、もめ事になった背景も既に判明していると。


「君たちは、紳士だな」


 大統領は、手のひらを返したようにラゾックを賞賛した。

 ラゾックの長も、顔を再び赤らめ頷く。


「もう一度握手をしよう。今度こそ友好の証しだ」

『……わかりました』


 右手を差し出す大統領に、ラゾックの長は熱っぽい眼差しで答える。


「ところで……下世話な話、きみたちが子どもを作るために交わらせる部位とは、どこなのかね?」


 写真うつりを気にして、満面の笑みで握手をしながら問い掛ける大統領に。

 ラゾックは耳まで赤くしながら、消え入りそうな声で答えた。


『……です』

「?」

『だから……〝手〟です』

「……は?」

『我々は、握手をすることで、子どもを為します。そしていま、私はあなたの子を妊娠しています』

「――はぁああああああ!?」


 ……かくして、人類と外宇宙知的生命体の出会いと別れ、そして再会は、全員の予想を超越した展開へと至った。

 星々を越えて初めて芽生えた地球人とラゾックのハーフが誕生するのは、このしばらくあと。


 彼は2種族の架け橋として大いに活躍するのだが……それはまた、別のお話である。

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