./エピローグ(2/2)

「例の工場の作業員、盗聴器とGPSは無事に取り付けたわ」

「流石、手慣れてるっすね早乙女さん」


助手席に座った黒髪の女は、運転席に座る青年に報告した。自動運転モードに切り替えてあるので、リクライニングを深く倒してくつろいでいる。ハンドルはひとりでに右へ、左へと動いていた。


「あのラーメン、せっかく美味しかったのに伸びるまで待たされた。酔った男ってどうしてああも話が長いのかしらね」


サングラスを外した女──国際指名手配犯として先ほどまでニュースで報道されていた早乙女キリカはそう言って愚痴をこぼす。いくら作戦のためとはいえ、食の細いか弱い乙女を演じるのは気恥ずかしい。あれくらいの量は朝飯前なんだけど。それに、テロリストの自分に婚約者なぞいるはずもない。


運転席にねそべっていた青年ケンジは起き上がり、真剣な顔で尋ねた。


「でも実際どうなんすか?」

「どうって何が」

「指名手配されてる自分がTVで流れて、目の前のやつらも自分についてあーだこーだと勝手なことを話す」

「本人が真後ろにいるとも知らずに、ね」

「俺、早乙女さんがいかれた女だと思われるの普通にイヤっすよ。オーランド達の所業を世間に公開して、俺たちの目的を話した方がよくないすか?」


この話はもう何回目かになる。別に世間にどう思われようと、それは自分のコントロールの外側にある。為すべきこと為すこと以外はどうでもいいと言うのに。


「ディンベルグ社はオーランド達の”次なる人類”を生み出す計画を、闇の中に葬り去った。だからこそ、私たちが世間に公表することはできないわ。何度も言っているでしょ」


狂気的な研究というオーランドのスキャンダル。ディンベルグ社もその一族も、彼の全ての研究を封印し抹消した。研究過程で生み出された他のPJFWシリーズも全て廃棄処分。

オーランド・ディンベルグは悲劇の中で命を落とした英雄として扱われた。そして英雄は死んでからも英雄でいる義務がある。彼の研究がもみ消されたのもそういう理由だった。


だからこそキリカはディンベルグ社に何もしない。むしろ、もし自分が真相を公表して彼らを追い詰めればどうなるか?逆上した彼らがかつての研究データを流出させる、といったことが十分ありうる。


そして、何者かがオーランドの研究を継承することこそ、最も避けなければならないことだ。ディンベルグ社もそれを分かっている。ゆえに彼らとキリカとの間には奇妙な無言の不干渉条約が結ばれていた。


もっとも、ディンベルグ社はキリカ逮捕のために各国に資金的な援助をしているし、キリカはキリカで逃亡を続けている。追手たちを殺さずに撃退し続けていたにも関わらず、殺人犯にまで仕立て上げられたのには笑ったが。


「ま、そう言われるとは思ってましたけど」

ケンジは心の中で。こんなふうに真っ直ぐなキリカだからこそ、自分はついて来ているのだと思った。


「オーランドの理想。そしてPJFW-08の夢は私たちで永遠に断ち切る。だからこそ」

「今回の中国政府の動きは要注意ってわけですね」


オーランドの研究チームに産業スパイを送り込んでいたのか、裏から手を回したのか。いずれにせよ、”次なる人類”を生み出す研究を中国政府が進めようとしている可能性が浮上した。この地域に研究所を建てたIT企業は政府のダミー会社だ。


そうこうするうちに、合流地点であるさびれたガソリンスタンドに到着した。


「ケンジはこの後どうするの?」

「俺の任務はここまでなんで。このあとしばらく暇だから、個人的にオルドス市に行こうかなと」

「どこ、それ?」

「中国の北の方にあるゴーストタウンです。200年前からずっとゴーストタウンなんで、廃墟マニアにとっちゃ聖地なんですよ」

「随分長旅ね。せいぜい気をつけなさい」

「早乙女さんこそ」


そういってキリカは車を降り、ケンジは再び車を走らせた。

ガソリンスタンドの奥の駐車スペースに向かって歩いていくと、バイクにまたがったロウ・フェインが「よぉ。準備はできてるぜ」と声をかけた。


「調査の結果は?」

「やっぱり黒だ。オーランドの研究を再現しようとしてやがる」

「長丁場になりそうね」


中国政府が”次なる人類”の研究を復活させようとしている。ここからは作業員にしかけた盗聴器も、ロウのハッキングも、自身の戦闘経験値も総動員しなければならない。差し当たっては敵のスケジュールと戦力の把握。そして研究を阻止するためのプラン作成が必要だ。


キリカは駐車スペースにあった自身のバイクにまたがりエンジンをかけ、スタンドを出て車道を走り出す。ロウもそれに続く。2人のバイクは並走し、目的地へと向かっていく。エンジン音はまるで咆哮のように力強いものだった。


まったくこの世界は。コクーンの中で羊のように緩やかに死んでいく人類が大半だが、繭の外を見渡せば理想や夢や野望に飢えた狼のような獣たちばかりだ。自分はその中獣達の群れの中を死ぬまで進み続けるしかないのだろう。それでも構いやしなかった。


「“次なる人類”を増やす」という、あのアンドロイドの夢を完全に破壊するまで早乙女キリカは止まらないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヴァルキリー・ガールはアンドロイドの夢を破壊するまで止まらない 白金龍二 @bliw2wild

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ