./エピローグ(1/2)
『アメリカで起きたディンベルグ社爆破テロから2年。200年ぶりに発生した本土でのテロでは、幸い死傷者は同社元CEOオーランド・ディンベルグ氏1名でしたがその社会的影響は大きく、ディンベルグ家は社とは別に独自に公式声明を発表。追悼式典を開催すると同時に、真犯人と目される国際指名手配犯・早乙女キリカを一刻も早く逮捕するための一切の協力を惜しまないと発表し──』
「この早乙女キリカって
「あぁ。エインヘリアルっていうデスゲームでスター選手だったってな」
「なぁんでテロリストになんかなっちまったのかね」
「さぁ?戦い過ぎて頭がイカれたか。悪い男でもできたか。どっちにしろ、ロクな理由じゃないさね。このテロの後も人を殺し回ってるってよ」
中国広東省にある田舎の定食屋で、二人の作業員風の男が話していた。
こうした地域は都心部とは違いアンドロイドやコクーンなどがそれほど広まっていない。そのため未だに労働という概念があるし、定食も人間のオヤジが作っている。店内こそ小汚いが味は良いし量も多いし値段も安い。地元の労働者たちに愛される店だった。
テレビでは2年前アメリカで起きたテロのニュースが流れている。ここ中国でも関心を集めているトピックだ。
「ほら、持ってきてやったよ。ったく、良い年した男どもが昼間っからなにやってんだか」
「違うよおかみさん、今日は午後休なんだって!」
「そうそ。そんで明日からまた働くためには燃料がいるんだよなァ〜!」
おかみさんが二人の分の料理を運んできた。アヒルの血を固めたもの、ザリガニを煮込んだもの、そして羊の肉を串焼きにしたもの。何百年も先祖たちから受け継がれ、自分達もまた愛するこの国の
「
「
気心が知れた二人は「お互いに好きなペースで飲もう」という意の言葉を交わし、酒を飲み始めた。
「しかし、IT企業様様だよなぁ。こんなど田舎にバカでかい研究施設だっけ?」
「あぁ、おかげで俺らのボスは大儲かり。下っ端の俺らもおこぼれに預かれるってわけさ」
「かぁ〜時代だねぇ」
「まったくだ。そいで明日からの仕事に備えろってんで、半休までくれてんだから。ボスのやつ余程機嫌がいいぜェ〜」
そういって箸と酒はどんどん進んでいく。企業誘致が進めばこの街でもアンドロイドが珍しくなくなるかもな、などとくだらない世間話がどんどん進んだ。
ランチタイムの閉店時間が近づいてきたことをおかみが告げ、男のうち片方はトイレに行った。もう片方は時代遅れのスマートフォンを席で見ていた。
(意外と俺好みの女かもな。金髪は嫌いじゃねえし)
先ほどニュースでやっていた早乙女キリカという女を検索した。中国語表記では早乙女霧香と書くらしい。エインヘリアルの運営が削除したはずの動画や写真は有志たちによって違法にアップロードされている。彼女とアンドロイドとの戦いには鬼気迫るものがあり、思わず惹き込まれた。
だがこの女は自分のスポンサーだったディンベルグ社の本社をわざわざ渡米して爆破したのだ。ディンベルグ社日本法人でのテロも、犯人は逮捕されたが真犯人はこいつという説だってある。さらに、世界各国で殺人の容疑がかけられている。真性のサイコ・テロリスト・シリアルキラーなのだ。考えただけでも悍ましい女に違いなかった。
「何見てんだよ、スケベ野郎」
トイレに行った片方が帰ってきて、自身のスマホを覗き込んだ。
「おいおい、それってさっきの
「ちげえよ馬鹿。遅かったじゃねえか、ウンコか?」
「それこそちげえよ馬鹿。聞いて驚けェ、女と話してたのさ」
何だと、羨ましいやつめ。そう思ってさりげなく、トイレのある店の奥の方を見ると黒い髪の女が1人でラーメンを食べていた。顔はよく見えないし黒髪は好みではないが、なかなかいい女のようだ。少なくともこの辺では見たことない顔だ。服装は地味だが、間違いなく都会の女だろう。地元のイモ女どもにはない、独特の華やかさみたいなものがある。
「どうやら食べきれずに困ってたみてえだからよ、食ってやろうか?って」
「そしたらなんだって?お前みたいなブ男と間接キスは死んでもごめんだってか?」
「てめぇあとで覚えてろよ...頑張って全部食うんだとさ。ありゃ上玉だぜ、すげえ綺麗な発音でよォ」
「へーそうかい。連絡先の1つでも貰えたか?」
「いや、男がいやがった。今度来るIT企業の彼氏がこっちに来るから、自分も着いてきたんだと」
「ケッ!結局いい女ってのはいい会社のいい男が持っていっちまうわけだ」
「世の中そんなもんだろ。さぁ。おかみがキレる前に店出ようぜェ」
そう言って男二人は店を出た。ほどよく酔っているが自動運転車に搭載されたアルコール検知機能は改造しているので問題はない。田舎ではよくある光景だ。
しばらくして、奥の席で1人で食べていた女もレジまでやって来る。食事中は外していたようだが、今はサングラスをかけていた。
おかみは皿を下げに行った、おやじが会計を担当する。この店でも電子決済は使用しているが、都度QRコードを読み取らせる必要があるからだ。
「嬢ちゃん、この辺じゃ見ねえ顔だな」
「えぇ。最近越してきたの」
「こんな田舎にかい?」
おやじの口調は咎めるようなものではなく、純粋な好奇心からくるものだった。
女にもそれがわかっていたから、静かに微笑んだ。よそ者に対する田舎者の反応はどこの国でも変わらないなと思って。
「こんどここにできる研究施設に、
女は今日のランチは1人だったけどと付け加えて言った。それから、この辺りでは珍しい最新型のエアリアルフォンの読み取り機能で決済を済ませた。無事に支払いが行われたことをおやじは確認した。
「遅くなっちゃってごめんなさい。思ったより量が多くて」
「構わねえさ。ところで嬢ちゃん。あんた、外国から来たのかい?
「ええ。
「いや逆だ、とても綺麗だったからさ。あまりにも綺麗だから、しっかり訓練した人のような気がしたんだ。気にせんでくれ」
「
そうして黒い髪の女は店を出た。店主はその後ろ姿をじっと見つめていた。自動ドアを出て駐車場に向かって歩いていってからも見つめていたので、おかみに頭をはたかれた。
「いつまで若い子のケツ眺めてんだい!このスケベじじい!」
「違わい!ちょっと気になっただけだ」
「気になったって何がよ?」
「あの女、足音がしなかった。佇まいにも隙がない。ありゃただもんじゃねえ、関わらん方がいい」
真剣な表情と声だった。おやじも若い頃は拳法をかじっていた。この店に来た強盗を退治したこともあったし、街の悪党どもと大立ち回りを演じたことだってある。そんなおやじからしても、あの黒髪の日本人の強さは恐るべきものだった。まるで死線を潜り抜け続けて来たような、いや死線こそ日常であるかのような...
ちなみに、街の悪党どもとの戦いはハリウッド映画が一本撮れるほどのもので、その時出会った美女と大恋愛の末に結婚した。今自分の頭を容赦無くはたいた鬼嫁のおかみこそ、その美女の成れの果てなのだが...
「...大丈夫かい?あんたちょっと顔色悪いよ」
こうして本音の部分では自分を気にかけてくれる、昔も今も変わらずいい女だった。
ふと(日本人のいかれテロ女)先程TVから流れていたニュースの内容が頭をよぎる。名前は確か──
いや、それは流石に考えすぎだろう。IT企業が雇ったボディガードかなんかに違いない。都会の連中は田舎だからって神経質になってやがるんだ。俺も歳をとってビビり過ぎちまっただけさ。
とりあえずあの女が、二度と店に来ないでくれることを祈る。メシなんかフィアンセと一緒に宅配で取りやがれってんだ。
「あぁ、何も問題ないさ。さっさと店を閉めて、夜の仕込みをしようや」
そう言っておやじは、店の表の電光表示を「CLOSED」へと切り替えたのだった。
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