博多っ子と神戸っ子
枡本 実樹
とりあえず、豚バラで。
きょうも混んでるなー。
暖簾をくぐると、大将が奥を指差して笑ってくれた。
「ありがとうございます。」と軽く会釈して、席へと向かう。
会社帰りによく一人で行く焼き鳥居酒屋。
いつもはカウンター席に座るが、今日はテーブル席に座っている。
「とりあえず生2杯と、豚バラを塩とタレ4本ずつでお願いします。」
注文していると、向かいに座るヤツがククッと笑う。
なにが面白いんだか。と思うが、運ばれてきた生ビールで乾杯しながら、いつものようにしゃべり出す。
「元気してたか?少し痩せたんと違うか?」
笑いながらも、心配してくれてるのが分かる。
神戸に住んでいる従兄弟で、誕生日が一日違いで同い年の
小学生の頃から、夏休みは2週間くらい祖父母の家で一緒に過ごしていたので、他の従兄弟とは違い、兄弟のような、親友のような存在である。
「先月まで忙しかったけんね、少し瘦せたかも。ま、今月からまたのんびりやけん、じわっと太るっちゃない。」
そう、先月までは自分の企画したプロジェクトに追われていて、こうやってゆっくり外で酒を呑んでる時間なんてなかった。
プロジェクトも無事成功し、今月は通常運転でいいぞーと上司に言われ、帰りも比較的早くきりあげられている。
先週、陽太郎から電話があり『3日間、金曜まで出張で博多に行くわ。』と言われ、週末くらいは家に泊りに来いよ。と誘い、神戸に帰る日を日曜まで延ばさせた。
金曜の夜は多いかなと思ったが、行きつけのこの店の大将が、『何時でも大丈夫だから場所はとっとくよ。』と言ってくれて、こうやって座らせてもらっている。
繁華街から少し離れた場所にあるこの店は、こじんまりとしているが、大将の焼く焼き鳥はどれも絶品で、どの時間に来ても、いつも満席状態で賑わっている。
お気に入りのこの場所には、いつもは一人でしか来ないが、陽太郎がこっちに来た時だけは、いつも二人で一緒に来ている。
運ばれてきた皿から塩の方を頬張りながら、『やっぱ美味いな。』とお互い笑い合う。
炭火で焼かれたこの香ばしいかおりが、本当にたまらない。
ビールも美味いし、『どんどん頼まないと足りなくなるな。』なんて笑って、次の注文をしながら、二人で最近の仕事の話や、昔の思い出なんかを、ほんとくだらないことまで話しながら、食べて呑んで笑って過ごす。
同い年の従兄弟で、小さい頃から何かと比べられることも多かったけど、お互いに得意なものも好きなことも違ったので、別に気にならなかった。
どちらかというと、何にでもこだわりのある俺と、何にもとらわれずこだわらない陽太郎。
大人たちのどっちがどうと比較される言葉よりも、たまたま波長が合い過ぎたのか、お互いが発する言葉の方が両方を惹きつけて、一緒にいる時間が心地よかった。
両親や親戚が、そうやって比較して、どーのこーのと話しをしている時も、祖父母だけはいつも『
だから俺たちは、祖父母と4人だけで過ごせる夏休みのあのほんの数週間が、本当に居心地が良くて、大切だった。
高校三年生の夏休みも、塾の夏期講習に通わずに、二人とも祖父母の家に泊りに行くと言ったときは、両方の両親から叱られたが、それでも説得して決行し、俺たちは毎日二人で得意科目を教え合いながら、現役合格の為に必死に勉強した。
そして無事にお互い第一志望の大学に入学し、就活の時も励まし合いながら過ごしてきた。
会社に入社して6年。親戚からは『結婚はまだか?』の声も聞こえてきはじめているが、こうやってたまに会って、ゆっくり呑んで話す。この時間に制限がかかってくるかもしれないと思うと、なかなか気持ちを乗りだせずにいる。
次の注文が届くまでの間、角切りキャベツにたれをかけながら、ボリボリと食べる。
すると、陽太郎がまたククッと笑う。
「さっきからなんなん?その笑い方。」
キャベツをもう一口、食べながら言うと。
「いや、颯太朗うさぎみたいでかわええなぁおもて。」
笑いながら、自分もキャベツをボリボリ言わせている。
「注文してる時も笑ってたやろ。そん時、俺キャベツ食っとらんやったし。」
オマエもうさぎみたいな顔になってんぞー。と思いながら、ジトっと見てやる。
「ああー。いやぁ、注文してんの聞いててんと、いま博多に来てんのやなぁーって実感してん。」
次に届いた、ねぎまを頬張りながら、ヤツは続ける。
「ここ来てすぐ、何注文したか覚えてるか?」
「生と、豚バラ。」
「せやねん。焼き鳥屋行って最初に豚バラとか、こっちだけやねん。」
「ええっっ?!」
どこの焼き鳥屋でも、まずは豚バラが定番、と思っていた俺は意味が解らなかった。
その俺の顔を見ながら、楽しそうに話を続ける。
「考えてみてみ。焼き鳥屋やで。豚バラ、鳥ちゃうやん。」
「たしかに。」
「でな、このキャベツ、こっちでしか見らへんねん。」
「ええっっ?!」
焼き鳥にかかせないこのキャベツ。小さい頃から当たり前に食べてきていた。
お店によって、少しずつ違うたれが、どこが美味いかを決める決め手かもしれない。と思うほどだったのに。
他の地域では食べられないのか?
この店の大将の味に出会ってからは、自分で他の焼き鳥屋に行くことはない。
なので、出張中は全然違う、定食屋や居酒屋なんかにしか行ったことがなかったから、全然気付かなかった。
「あとな、このねぎまのネギな、玉ねぎやのこっちだけやねん。」
「ええっっ?!」
「ほんまええ反応するなー。」
陽太郎はたまらないといったようにニカッと笑う。
「地元は長ネギやで。今度、颯太朗来たら連れてくなー。」
「そーなんや。美味いとこ連れてって。」
陽太郎がこっちに来た時はいつも、今日のところと、ラーメン屋と、小料理屋と、
どこも自分の行きつけの何軒かだけ、お気に入りのところにしか連れて行かなかった。
ヤツも俺が連れていくそのお店の味が好きらしく、とても気に入ってくれているらしい。
神戸に行ったときは、全然違うジャンルのお店にばかり連れて行ってくれていた。
その理由が初めてわかった。
俺にはもう一番の味があるから、同じジャンルに連れて行っても喜ばないと思っていたらしい。
俺の性格をよく知っているヤツらしい考えだと思った。
だけど、そんな陽太郎のオススメのお店なら、俺も行ってみたいと思った。
一番の味。確かに二番、三番があって成り立つ言葉なんだろうけど。
長く一緒に過ごしてるからかな。何にもとらわれずにこだわらないその生き方、めちゃくちゃカッコイイなぁって、そう思うから。
『一番が何個あってもいいやん。』小さい頃、そう言って笑ってた顔を思い出す。
最近は、一番が何個あってもいい気がする。
好きになれるものが多いって、純粋に幸せなことのような気がするよ。
しめの豚骨塩ラーメンを食べながら、次に神戸に行く日を楽しみに思った。
博多っ子と神戸っ子 枡本 実樹 @masumoto_miki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます