肉(仮)

@evergreen6polo

第1話 肉という名のなにか

あぁ 腹が減った

まだ薄暗い部屋を

手探りで歩く


チクタク秒針が刻む

その無機質な音を忘れたころにまたチク、タク、チク、タク

頭の中を埋めつくす針の音


また今日もあまり眠れず、これでおよそ1週間程、僕はまともな睡眠を取れていない。


冷え込んだ床が足の裏に触れ、刺さるように痛い。ペタペタ冷や汗がフローリングに絡みついて気持ち悪い。


窓からさす蛍光灯の点滅を頼りにリビングにドデンと居座る冷蔵庫に手を伸ばした。


カチャ、


中から荘厳な光とは似ても似つかぬ、青白い病んだ光が広がった。


鼻をつく尖った匂いは、どうやら昨晩食べ残していたニラ炒めである。泥酔した後の調理で、大量の野菜を消費し、食べ切れずにほったらかしにしていたものだった。


「忘れてた」


ポツリとつぶやいたあと、機械的なブーンという低音が意識にのぼってきた。


くらりと歪む視界に、ふと口を塞ぐ。


アルコールの副作用か、脳が萎縮したような感覚に襲われる。高揚感などもってのほかの、気だるく言葉にならない感覚。そして今にも倦怠感が口から飛び出しそうだ。


何かを口に入れなければ、何かをこの胃の中に流しこまければ、この不快感が拭えないような気がした。


無我夢中で、そのニラ炒めをほうばる。

硬化した塊と成り果てたものだが、味はなかなかのもんだ。そして染みたオイスターソースの味が口の中に広がる。


喉を通り、手元のアルコールで胃の深くに流し込んだ。冷たい泡が細胞を活性化させるのか、目がヒヤッと覚めるような感覚。


しかしまだ僕は確証が持てずにいた。どうやら昨晩のニラ炒め、これが今まで自分の知り得た肉の味ではないのだ。


ぼやけた頭で僕はその疑念を振り払ったのである。


つづく



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