【KAC20226】お店の客と焼鳥屋に行った

松竹梅

お店の客と焼鳥屋に行った

 大学生になってすぐ、私はきっと水商売をするんだろうなと思って、そのまま始めた。


 顔はナチュラルメイクで勝負できる。骨格ウェーブのブルべ夏。胸の大きさには自信ある。お尻が大きいのは少し気になるけど、安産型ととらえて将来性に期待。ハキハキとした喋りが売りで、お客様からの評判も上々。中規模のお店なのも手伝って、実は店内ナンバーワンだったりする。大きなお店に移籍したいなって野望はあるけど、今から業界ナンバーワン嬢と戦っても打ち砕かれる気がする。


 正直、今の業績に満足してしまっているからかもしれない。

 私よりもはるかに年上で、バリバリ働いているおじ様たちとお話していると、どんどん社会に出る自信がなくなってくる。世間的に言う健全な世界に戻って、堅実な仕事をできるかと言われたら、たぶんできない。だらけきった生活をして、だらけたまま生きていくんだろうな。

 私は、広告会社や航空会社でピシッと働いているような、立派な大人にはなれなかった。


「紹介したいお店があるんだけど、今度どう?」

 常連のおじ様に食事に誘われることは多い。大学の勉強にも身が入らないから、大きな予定がなければふらっとついていく。食事代も浮くし、美味しいお店も知れる。やっぱりこの生活をやめる理由が見つからない。


「もちろん同伴で。今週の金曜なんだけど、大学が忙しくなければ」

「いいんですか?ぜひ行きたいですぅ、ちょうどその日は大学の授業少ないんで大丈夫です!」


 金曜当日。私が入店したときからよく指名してくれるおじ様と駅前で合流する。

 匂いがついても平気な服で、と言われたから、焼肉屋にでも行くのかもしれない。お肉は大好きだから大歓迎。


 ウキウキで目的地まで歩き、お店に入る。

 店内はカウンターのみの小料理屋みたい。木目の明るさの際立つきれいな内装で、調理場には木炭の焚かれたロースターが並んでいた。焼鳥屋だろうか?

 注文する前にお手洗いに行くと言うおじ様に促されて、先に席に座って待つ。

 こんなお店があったなんて知らなかった。お店からは遠いけど、私の家からは通いやすい。少し高そうだし、大人な感じにだから頻繁には来れないかもだけど。


 そう思いながら待っていると、おじさまが帰ってきた。

 調理場に、白衣を着て。

 唖然として見ている私をよそに、せっせと調理にかかるおじ様。ロースターの炭を返して様子を見ながら、串打ちを進めていく。手際よく刺された鶏肉はツヤツヤとしていて、漬けこまれたタレを羽織るとさらに輝いて見えた。

 5種くらいの串を打ち終えて、炭の上で焼いていく。その間に突き出しを出してくれた。鶏肉の梅水晶。こんな言い方もおかしいけど、ちゃんとお店の味だった。驚きを込めておじ様を見上げると、真剣そのものの目で串を返している。


「このお店ね、実は僕の店なんだ。明日からオープンなんだよ」

 はにかみながらそう言うおじ様はなんだか誇らしげに見える。ちょっとだけ照れているのも伝わってくる。


 大して何もしていない、ただ来たお客様のお金でお酒を飲み、楽しく話をして終わるだけの毎日。ただそれだけの関係の私を選んでくれたことに、胸が熱くなった。思わず、お父さんって呼びたくなるくらいに、懐かしくて嬉しい気持ちになった。


「自分の店を持つの、ずっと夢だったんだ。やれるだけやってみようと思うんだ」

 まるで20代の若者、それこそ私と同い年の人のような言葉は、いろんなことを諦めていた私に新鮮に響く。おじ様の想いが、炭の煙のように私の目の前で揺らめいて燃えている。火をつけられたような気がした。


 いそいそと出された焼き鳥は香ばしく、今まで食べた料理の中で一番熱がこもっていて、もちろん美味しかった。



 ―――あれから5年。

 キャビンアテンダントになった私は、空港から帰ってくるたびにおじ様のお店に行く常連になっている。

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