吾輩は鶏肉である

櫻葉月咲

吾輩は

 吾輩は鶏肉である。名前はトリキ。


 どこで生まれたのかも見当がつかぬが、今から吾輩は灼熱の海で焼かれるようだ。


 何やらジュージューと音がするところで、吾輩は初めて人間というものを見た。


 吾輩が生まれ落ちたところでは、人間の中で一番獰悪どうあくな種族であったそうだ。


 その人間は吾輩と同郷の者を複数手に取ると、細長い棒にぶっ刺し、ぶっ刺し、ぶっ刺し……正直、目も当てられない。


 やがて同郷の者は、同じく同郷の者が集まるただ中へと吸い込まれ、見ているだけで熱そうな地面の向こうへと消えた。


 次は吾輩の番か、と身構えていると吾輩と共に人間に捕まった同郷の者──名はトリキ二号としよう。


 二号が言った。


 我らはこれからどうなるのか、と。


 吾輩は答えた。


 灼熱の海の中で焼かれるのだ、と。


 二号は怖々とまた言った。


 焼かれるとどうなるのか、と。


 吾輩はまた答えた。


 焼かれた先は決まっているであろう、と。


 吾輩は知っていた。


 人間は──畜生は、吾輩と共に同郷の者を鷲掴わしづかみ、吾輩らを焼いて食う気なのだ。


 何度も何度も同郷の者が焼かれていく場を見ていたから、否が応でも知ってしまった。


 やがて吾輩は細長い棒にぶっ刺され、ぶっ刺され、ぶっ刺されていく同郷の者たちを見た。


 勿論、二号もぶっ刺された。


 今度こそ吾輩の番か、と思った時にはアッ! と声がしたと共に人間の手から滑り落ち、何やらつるつるとした木の板に落ちた。


 あー、滑っちまった。


 人間がぼやき、吾輩を再度鷲掴むと今度はひんやりとした水で洗われた。


 ごしごしとこれ以上ないほど擦られ、少し身体が欠けたのではなかろうか。


 そのまま人間は、改めて吾輩を細長い棒へぶっ刺そうとした。


 おーい、ちょっと手ぇ空いてる奴いるかー!


 大音量の声が響き渡り、吾輩を鷲掴んでいる人間よりも、いささか小太りの人間が顔を出した。


 見ない顔だ。吾輩の知らぬ間に人員移動でもあったのだろうか。


 俺、空いてますよ。


 吾輩を鷲掴んでいる人間が言った。


 そうか、じゃあこっち来い。


 小太りの人間が言った。


 はいはーいっと。


 なんとものっぴきならない声を出し、人間は吾輩をぽいと木の板に放った。


 木の板の横には、銀色の器があった。


 これでもかとぶっ刺され、ぶっ刺され、数え切れないほど焼かれていく同郷の者たちを見た。


 今日も吾輩は細長い棒へぶっ刺されることはなく、焼かれることはなかった。


 数えて二日ほどが経つのだろうか。


 今日も人間は吾輩を細長い棒にぶっ刺すことはない。かと言って、臭い箱の中へ入れることもない。


 吾輩が棒へぶっ刺され、焼かれる日は来るのだろうか。


 来て欲しくもないが、来て欲しいような、ぽやぽやとした思いと共に今日も吾輩はぶっ刺されるのを、そして焼かれるのを待っている。


 すべては同郷の者たちと共に、焼かれるために。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

吾輩は鶏肉である 櫻葉月咲 @takaryou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説