第240話 『エピローグ』
時が経ってもいつまでも相変わらずの二人だった。
エイチはマチに怒鳴るのをやめられないし、マチはエイチを叱らずにはいられない。
二人の喧嘩は永久に続く。マチがエイチを諦めない限り。
傍目には、ひどい「喧嘩」に映ったとしても、二人にとっては恋人通しの熱い会話だった。それは二人にしか分からない。
マチは諦めていた。私が大人になって受け止めてあげなきゃ。それに、もう何を言われても何故か不思議とそんなに腹も立たない。エイチが私に素顔を見せているからかもしれない。
なんで私なんかを好きになってくれたのかは分からないけど、どこかで魂が繋がっていたのかしら。いいえ、そんなはず無いわ。この人と魂が繋がっているなんてありえない!
魂とかそんなんじゃなくて・・・『因縁』そう、それがしっくり来るわ。きっと前世で二人に何かがあったんだわ。エイチが死ぬ間際に『次の世でもお前を追い詰めてやるからな!』とかなんとか叫びながらお別れしたのかも。
私達二人は喧嘩がやめられない。私はエイチを諦めない。おかしな事を言うエイチに正しい事を教えないとと思ってる。エイチはそれに猛反発する。じっくり叱られた事が無いからとても頭に来るのね。でも、最近ちょっとずつ私が言おうとしてる事を理解しようとはしてくれているみたい。
エイチは今、私の元で頑張っている。「道徳倫理」を受講中。母親に刻まれた傷は治療中で、謝れるようになるのと素直になるのは練習中。きっと少しずつ全て出来るようになると思う。
エイチとマチの間には沢山の事件が起こり、その度に二人は言い合いになった。
エイチはマチに向かって、何度も叫んだ。
「もう、お前なんか知るか!お前を好きだなんて世紀の勘違いだ!」
そして、その度に距離を置く事になり、しばらく時間が過ぎる。そして耐えられなくなったエイチが暴言と同じ数だけマチに復縁を願う事になった。
そうして、あれから何年か経った。
ここ、オーストリアの広大な森の中には大きく美しい湖がある。他に人影も無く、静まり返った静寂と、自然の美しい光景が心を穏やかにする。
鳥達のさえずりが幻想的で、湖面に反射する木々の姿が素晴らしい景色を作り出していた。
太古の昔から人の手に犯される事無く代々ブラウン家の敷地として完全に管理された美しい森の中だった。許可された者以外、誰も入って来れない完全なるプライベートな場所。誰にも邪魔されず、誰にも写真を撮られず、誰にも追いかけられない。誰にも見つからない貴重なリゾート地。
そんな静寂の森に突然大声が響いた。あまりの声に怯えて、木々から鳥が一斉に飛び立った。
湖の方から怒鳴り声が聞こえて来る。
「あれは本当に酷いわ!今思い出すと信じられない意地悪よ。みんなの前で本当に傷ついたんだから!」
「うるさい!頭に来てたんだから仕方ないだろ!」
「酷いわ!あんなことしなくてもよかったじゃない!」
「過去を蒸し返すんじゃない!」
「だって!」
話の流れで昔ロッカールームでエイチが破った写真の事をマチが責め始めた。
湖面に緑が映る美しい森に二人の大声はどこまでも響いた。
「お前が悪いんだ!」
「だからちゃんと謝ったじゃない。なにも破かなくたって良いじゃない!あの後、ロッカーに行って何度も探したのに結局見つからなかったわ!」
「その辺に落ちてるわけ無いだろ!」
「どうして?」
「俺が財布に入れて毎日持ち歩いてるのに!」
「なんですって?」
マチはあまりのショックに真っ赤になって立ち上がった。
「うそっ・・・・!」
細いボートが急激に傾いた。
「きゃああああああ!」
マチの悲鳴が湖にこだました。ボートはひっくり返り二人は湖の中に落ちた。
「馬鹿じゃないのか!急に立ち上がるからだろ!」
「だって・・っ、エイチが変な事言うから!」
「何が変なんだ!変なのはお前の顔だけにしろ!」
「また私の顔を責めたわね!」
二人は湖の中に浮かびながら転覆したボートにつかまって怒鳴り合いを始めた。
二人の罵り合いを横目に、ツガイの鴨が水面を悠々と通り過ぎた。
「・・・・・・」
思わず二人はそんな鴨の姿を目で追った。
エイチは濡れた財布をポケットから出すと、マチに写真の切れ端を出して見せた。
「あれは今思うと、最高の嫌がらせだったな」
「・・・・」
「お陰で切れ端を持ち歩くようになった。大体、あの時は本当に頭に来てたんだ。お前の事がとにかく気に入らなくて腹が立ってた」
マチはエイチの事をじっと見つめて睨んだ。
「・・・そんなに嫌いなら、どうして今ここに一緒にいるわけ?」
マチがエイチに聞いた。
エイチは片手で濡れた髪を掻き上げると、ニヤッとして言った。
「新婚旅行だから」
「もう!」
END
H.Handcrew(エイチ・ハンドクルー) KAHELENA @mfkahelena
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