強盗を焼き鳥を出す能力で撃退する話

暁太郎

小説を書きたかっただけなのに

「なんだここはァ~ッ。おいおい、もしかしてもう強盗に入られたんじゃねぇよなぁ。スッカラカンじゃあねぇかぁここはァッ!!」


 黒いフェイスマスクをつけた男が、箪笥を乱暴に漁りながら、僕に難癖をつける。


「すみません……貧乏で。小説、売れてなくて……」

「売れてろよテメーボケッ! このままだと俺の努力と苦労が全部パーだろうが!」


 理不尽な要求にひとつ抗議したかったが、いま彼を刺激するのは良くなった。

 僕は今、手足を縛られて床に転がっている。

 強盗に遭ったのだ。家で次回作の小説を執筆していた時、突然、強盗が押し寄せて、またたく間に僕は縛られ、制圧されてしまった。

 だが、いつも採算ラインギリギリの売り上げしか出せない僕の小説では、この家を強盗のお眼鏡にかなう「宝島」にする事は到底不可能だった。


「くっそぉ~、でも最近はどこもセキュリティがキツくなって侵入すら簡単じゃねぇからなぁ……。だからっつって脇が甘い家に入りゃ、このザマだしよぉ。人生、楽しようとするとショボイ結果しか出ないって事だわなぁ」


 もっともらしい人生訓を語っているが、彼は強盗である。

 そう言っている間にも、強盗は家中の、少しでも金になりそうなものを手当り次第バッグに放り込んでいた。

 彼にとっては豆粒を集めているような気分だろうが、僕にとっては大事な生活用品の数々だ。このままにしておくわけにはいかない。


「あっ、あのう……」

「オン!? 何だっ」

「提案があるですけど、まず、その……盗むのやめてもらっていいですか?」

「はぁ~~? お前、非常識なやつだな」


 そんな事を強盗に言われたらおしまいだが、堪えて僕は続ける。


「それよりも、良いものがあるんです。あるっていうか、出せるっていうか」

「なに? どういう意味だ」

「ぼ、僕その……焼き鳥を、手から出せる能力があって……」

「………………………………」


 強盗は視線を上に向けて考えるような仕草をした。僕の日本語を読み込むのに時間がかかっているのだろう。

 そして強盗はにこやかそうな声で言った。

 

「この家燃やして焼き人を作ってもい」

「わーーーーっ!! 冗談じゃないです、ホラ!」


 僕は縛られた手を必死で強盗に見せつけた。


「んん!?」


 強盗が目を見開く。僕の手には、言ったとおりホカホカの焼き鳥……串に刺さって、タレがかけられた、出来たてホカホカの鳥のもも肉があった。


「おいおい、こりゃあ。どんな手品使ったんだ?」

「手品じゃないです、見てホラ!」


 僕は手から瞬時に、もう一本。今度はむね肉の串焼きを出した。今度は塩焼きだ。


「うお~~~ッ! すげ~~~ッ!」

「た、食べます?」

「うん!」


 強盗は元気にうなずくと、串焼きを取り、思いっきり頬張った。


「うめぇ~。これは酒が進むぜ!」


 強盗はバッグから缶ビールを出し、蓋を開けて一気に喉に流し込んだ。僕の冷蔵庫にあったなけなしのビールが一瞬にして彼の体内に消えていった。

 ふぅ、と強盗は一息つき、僕に話しかける。

 

「やるじゃねぇか。どんな人間でも何かしらの長所はあるって改めて思ったぜ」

「あ、ありがとうございます」

「しかし、こんな力があるなら、小説家なんてやらずに焼き鳥屋でもやりゃあいいんじゃねぇのか? 原価ゼロの商売は強いぜ」

「う……確かにそうなんですが、僕は小説が好きだから……」

「ふ~ん、ま、でも好きこそものの上手なれって言葉もあるしな」


 強盗はひとり納得したようにうなずくと、満足そうにお腹を叩きながら言った。


「じゃあ~遺言そろそろ考えとこっか」

「いいっ!!?」


 僕は驚愕して叫んだ。今の和やかそうな流れなど一切無視だった。


「まさか人がいるなんて思わなかったからよ。失敗だったぜ。マスクはしてるけど、背格好とか声の特徴とかで結構絞られたりするもんなんだ。目撃者は消すしかねぇんだな」

「そ、そんな」

「しょうがねぇぜ。あんたの能力がなくなるのは人類の損失だと思うが、俺にとっては俺の損失の方が遥かに重要だ」

「く、串焼き! いっぱいあげます。いくらでも出せるんです!」

「そりゃあよぉ、居酒屋行けばいいだけの話なんだよなァ~~~ッ!!」


 ごもっともだった。ごもっともだったが、あまりにもご無体な話だった。

 いよいよ、瀬戸際だった。僕はこれから殺されようとしている。覚悟を決めなくてはいけなかった。


「ど、どうしても駄目なんですね……」

「ああ、どうしてもこうしてもだ」

「わかりました……だったら、せめて遺言を……あと、私の手を握って下さい……」

「ん? 握るとは?」


 強盗が首をかしげた。

 

「怖いんです……だから、殺してくる相手に言うのもヘンですけど、手を握ってほしいんです」

「それよぉ、手握った時に串焼き出して俺を攻撃してくるとか、ねぇよな?」

「そ、そんな事ありません! 何だったら、手の甲でもいいんです!」


 僕はブンブンと首を思いっきり振った。強盗の言う手も、正直ちょっとは考えたが、手足を縛られた状況ではあまり意味がないだろう。


「ふぅん……ま、いいや。一日一善、やらない善よりやる偽善だ」


 殺す相手に偽善もクソもないだろうと思いながら、僕はやっぱり口にはしなかった。

 強盗はしゃがみ込み、僕の手をそっと優しく握った。


「悪いなぁ、アンタ。でもこっちも仕事だから仕方ねぇ……あぁ、美味かったなぁ、あのもも肉、せせり……」

「ありがとうございます……」

「本当に美味かったぜ。帰りは居酒屋に寄ろうかなぁ。つくねとか、ねぎまもたまんねぇなぁ」

「強盗さん……ところでその、考えていただけないでしょうか」

「殺す事をか? それはダメだ」

「いえ、そうでなくて」

「ん?」

「貴方の遺言です」


 空気が止まり、急激に冷え込むような感覚がした。


「遺言。それは、なぜ?」


 強盗は抑揚なく、事務的でしかしとても冷たい声音だった。


「終わりだからです。本当はこんな事したくなかった」


 僕も、心の奥底が凍りついていくような気持ちだった。本心だった。


「てめぇ、やはり、俺は優しさを履き違えたみたいだな。ここで、てめぇのレバーをすぐ引きずり出して――」

 

「無理です。もう終わりました」


 僕は、試験終了を告げる試験官のように、淡々と告げた。

 本当に、こんな事はしたくなかった。僕は小説家だ。これは、僕がやるべき事ではない。


「なんだと、流石にそれはうぬぼれが過ぎるぞ。ハラミが立つ。どうして、手羽を握ったぐらいでそこまで言われなきゃならねぇんだ」

「……どうして、と思いませんでした? 焼き鳥を出す能力って……それ、串焼きが出てくるものなのかって」

「ん……?」

「焼き鳥……って歴史を振り返ればどれだけ遡ればいいかわかりません。定義としては、単に鳥の肉を雑に焼いてもそれは焼き鳥です。でも、僕の焼き鳥はちゃんとしたタレと串のついた串焼きで出てきましたよね?」

「…………」

「ごめんなさい、本当は少し言ってなかった事がある。僕の、本当の能力は、『焼き鳥の概念を手から出す』能力」

「……ねぎま」


 強盗がポツリとつぶやいた。ああ、これは……。


「ごめんなさい、時間切れでした」

「ねぎま、せせり、つくね、砂肝、おおおおおおお?? ?」


 強盗は頭を抱え、白目を剥き、うずくまる。

 顔にびっしり浮かんだ脂汗がフェイスマスクに染みを作っていた。


「ほんじり、皮、なんこつ、ちょうちん、皮、ハツ、レバー……ねぎまつくねかわほんじりむねタレ塩焼きももももももももももも肉つくねつくねかわくぁくぁくぁかわてばてばてばてばさてばさきとりとりとりとりとりィィィィィィィィ」


 強盗が念仏のように焼き鳥の部位を口から垂れ流す。僕の攻撃は完了した。


「僕の手に触れた貴方の頭に、焼き鳥の概念を大量に流し込んだ。貴方の頭は書き換えられ、やがて人格も失うでしょう」


 僕は説明するが、もう聞こえてはいないかもしれない。強盗は、焼き鳥を唱えながら悶え苦しみ、時間が経つとやがて動かなくなった。

 僕はそこから何とか手足の縄をほどぎ、立ち上がる。

 まずは警察に連絡しないといけないが、その前に取り戻すべきものがあった。


「……良かった、バックアップまだ取ってないから」


 強盗のバッグから、僕のノートPCを取り返した。おそらく、この家で一番高価なものだろう。執筆活動に気合を入れるため、散財して買った高スペックのものだからだ。

 僕はPCを開き、書きかけの小説のデータの無事を確認する。

 彼にとっては彼の損失が重要なように、僕にとってはこのデータがすべてだった。

 キーボードに触れた僕が頭の中で念じると、小説のテキストの中に、瞬時に「ねぎま」という文字が現れた。


「こんな力を持っていても、小説が売れるわけじゃないしな……」


 僕は嘆息すると、携帯電話を取り出し、110番にかけた。

 

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