焼き鳥よりも大切な。

群青更紗

第1話

 職場の避難袋のチェックを頼まれたことがある。全ての袋をひとつずつ開けて、中身の確認をするのだ。その数、予備を含めて30個。面倒なので会議室をひとつ借り切って、全部の中身を取り出し種類ごとに分類し、期限を確認してからリストに基づいて避難袋に戻していくことにした。今でも言えるだろうか、記憶を元に書き出してみる。淡水ペットボトル500mlが2本、軍手1組、レインコート1つ、缶入りパン1つ、焼き鳥缶詰1つ、あと何だったか、4色くらいあるビニールポーチに入った何か……。

 生理用品は入っていなかった。男性ばかりの職場、当然と言えば当然だが、腑に落ちないものもあった。大体この指示をしているのは本社だ。本社の半分は女性のはずだ。その女性たちについてはどうしているのか。個人で用意しているのか。そうだろうな。そうだろう。大体国家体制からして、生理用品を軽減税率対象にしないようなところだ。中絶に男性の同意を必須とする国だ。その下の下の下の下である一企業に女性の保護など求める方が狂っているのだろう。恥を知れ、然るのち死ね。こんな国など滅びれば良い。

 とはいえ一個人としては生き残りたい。国を滅ぼしてでも私個人は生き残りたい。そういう訳であたらめて、避難リュックを用意した。生理用品を含めた自分専用の避難バッグ。モバイルバッテリーやアルミシート、簡易トイレに耳栓、湯煎可能なビニール袋。そして――推しの写真。

 視界に入る癒しは大切である。「仕事のデスクに自分の好きなものの写真を置くと集中力が上がる」というデータがあるらしいが、それは即ちリラックス効果を発揮しているとも言える。目は自分で思っている以上に情報を得ている。避難袋を使う状況は、非日常の不安な状況だろう。それらを避けるためには、目を閉じて耳を塞ぐだけでは足りない。情報の遮断だけでは足りないのだ。それらを上回る情報がなければ。

 同じ写真は普段から待ち受けにしている。避難時にしか見られない、というのはダメだ。万が一避難時に癒された後、その写真は避難の記憶と共に有ってしまう。「非日常の中の日常」こそが癒しなのだ。

 推しの写真を防水加工してリュックの外ポケットに入れ、祈った。願わくば、この避難袋が使われる日が来ないことを。

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焼き鳥よりも大切な。 群青更紗 @gunjyo_sarasa

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