7:狂ったふたりと人食い鬼

 桔梗は、夜中のバーにいた。

「それで、あの子と色々あってからしばらく経った訳だけど、何か進展はあったのかい?」

 マスターの問に対して、彼女は苦笑いを浮かべて、目を逸らした。

「あ、あははは……いやー、あいつとはなんもねぇよ。期待せて悪かったな」

 マスターはふーんと言った後シップスミスを作ろうと準備していたが、すぐにニヤッとして桔梗の方を見た。

「……その様子じゃ、なんかあったみたいだね。言っとくけど、バレバレだからな」

 恋バナをしている女子が如き顔だ。

「……」

 彼女はなんとか誤魔化そうと努めたが、マスターの目を欺こうなど無謀なことであった。

「……はぁ。分かったよ、話す」

 桔梗は、他人に話を悟られないようにある程度内容を伏せつつマスターに今日の出来事を説明し始めた。


「なるほどねぇ……確かに、君の素性ついて知ってる人間・・は、今まで僕一人だったからね」

 説明を聞き終えたマスターは、腕を組んで言った。桔梗が話を終える頃には、もう客は居なかった。彼女はマスターに何か素晴らしいアドバイスを求めていた。だがしかし、答えは至ってシンプルだった。

「まあ、桔梗が言おうと思って打ち明けたんなら、それでいいんじゃないかな。何とかすれば誤魔化しは効くし、その気になれば縁も切れた。僕も元々、この状況を打破すべきだとは思っていたから、それも鑑みての僕の意見だけど、君のその行動は英断だと思うよ」

「んー……そうなのかな」

 正直、納得がいかない。彼女の顔にはそう書いてあった。それに気づいたマスターは更に続ける。

「今はそうだと思わなくても、時間が解決してくれるさ。多分ね」

「多分? ……いやそりゃないぜ。オレにとっては死活問題なんだからさ」

 佳奈は桔梗が人食い鬼であるということを知ってもなお彼女を好いているとは言え、桔梗はただの人間である彼女を完全に信じる訳にはいかないのだ。しかし、マスターの言うように、打ち明けた以上、どうしようもない。他に色々やりようはあっただろう。が、打ち明けたということはおそらく、無意識のうちにそう決断したということだ。だから、いずれは自分自身どうにかそれを受け入れられるようになるのだろう。と自分に言い聞かせた。

「正直、まだ納得はいかねぇ。……まあでも、お前がそう言うならそうなんだろうな。いつもお前のアドバイスは役に立つし。今回もそれを信じるよ……ありがとな」

「いいってことよ」


 次の日。桔梗はいつも通り仕事を終わらせ、あの寂れた公園へ向かった。しかし今回そこに居たのは少女では無く、深々と帽子を被った老人であった。

「よう、爺さん。調子どうよ」

 桔梗が老人に気さくに話しかけると、彼は声の方に振り向いて少し嫌そうな顔をした。

「あぁ……あんたか。見りゃわかるだろ。こん宿無しのなみすぼらしい老いぼれに、身体の調子がいいことなんてこたぁ無いよ」

「知ってるさ。でも挨拶大事だろ」

 桔梗はベンチのもう片側に座り、しばらく黙っていた。

「それで、ここに来たってことは、なんか情報があるんだろう?」

 そういうと桔梗は、老人に袋を渡した。

「ああ、『干し肉』か。悪いな……」

 彼は袋の中を確認すると、一呼吸おいて話し始めた。

「……最近、そこらじゅうでやたらと腐臭がする。この街に新入りが来たのかもしれん」

 桔梗はそれを聞くと、少し驚いた顔を老人の方に顔を向けた。

「なんだよ、まだ生き残りがいたってのか……でも聞く話じゃ、やたらめったら食って回ってるんじゃねぇか。そんなんじゃ足がついちまうだろ。ほんとに生き残りか?」

「ああ、実際、サツが動いてる。そろそろニュースにもなるんじゃないかね。まあ、要するに、お前の言う通り……おそらく『継がれた奴』だな」

「……被害者だったか。でもこの街の鬼は俺とあんただけだし、あんたが言うんなら間違いねぇな……でもこんなん、アイツらが嗅ぎつけたっておかしかねぇ」

 二人は深刻な顔をした。人喰い鬼である彼女らにとって、存在を上手く隠し通せるかどうかというのは、死活問題らしかった。

「まあ……お互い、アイツらには気をつけるべきだ。特にお前さんは、そいつらを真に警戒すべきだ。凡人は気づけなくとも、アイツらは気づくからな」

 それを聞いた桔梗は改めて事の重大さを実感し、深い溜息をついた。

「あー……まあ、何とかするよ。何回かあったしなこういうこと。まあ、この街に来てからはそんなこと無かったけども」

 彼女は徐ろに立ち上がると、「あんたも気をつけな。それじゃ」と言って帰路に着いた。


 とある少女が、路地裏にいた。それは、薄暗い中で何かを貪っていた。

「なんで、なんでこんなにお腹が空くの」

 誰に言うでもなく、彼女はそういう類のことをブツブツと呟いていた。

「あたしは、いま、人を、人を食ってる、んだ。なんで、こんなにおいしそうなの。なんで、人がこんなに、おいしそうに、見えるの」

 彼女はそう言って、薄暗い中で……無造作に、人に食らいついていた。

「あたし、なんで、こんな。人間じゃ、ないみたいに。いままで、こんなこと、なかった、のに。なんでこんなに……」



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これはとある鬼の話 外山文アキ @mennnasi-no-harusame

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