すずめ【KAC20226焼き鳥】

雪うさこ

すずめ



 忘れられないものがある。昔、ばあちゃんの家に行く道すがらにあった看板だ。


『すずめの焼き鳥、あります』


 小学生だったころ、この『すずめの焼き鳥』というネーミングに、少なからず衝撃を受けた。


 すずめを食べるだなんて——。


 朝、庭に集まってくる、あの愛らしいスズメを食べる――。おれには到底、受け入れがたいことだったのだ。


 もともと肉は好きではない。噛んだ時のぐにゃぐにゃとした食感。獣の味。苦手だ。食べられないことはないが、無理に食べる必要もない。そんな調子だから、余計に『すずめの焼き鳥』なんて、受け入れ難いのだろう。


 大人になってからも、時々思い出した。当時、掲げられていた看板は、いつの間にか撤去されている。店が閉じたということだ。それを確認するたびに、心のどこかで安堵している自分がいた。


 すずめの焼き鳥とは、昔から神への供物として作られていたと聞いた。一般的に販売されている焼き鳥とは違い、丸々一羽を串に刺して焼くそうだ。それと同じくして、うずらの焼き鳥というのも存在するらしい。


 頭からガブリを齧り付くと、脳みそが出てくるというコメントをネットで見た。それだけで吐き気を催す。


 これは偽善なのかもしれない。一般的な焼き鳥だって、生きている鶏の肉であるのだ。すずめもうずらも同列で考えなくてはいけないはずなのに。原型をとどめている、というところで、受けつけない。


 いや。一般的な焼き鳥だって苦手だ。モモ肉はかろうじて食することができるが、レバーや砂肝、ハツ、果ては皮まで食べるんだって? 信じられない。無理だ。無理。元の臓器を想像しただけで、吐き気が込み上げてきた。


 最近。庭にやってくるすずめの数が増えている。朝、米を少し撒いてやると、すずめが寄ってきた。スズメはかわいい。それが好きで、毎日のように撒いた。すると、どうだろう。最初は数羽しか集まってこなかったすずめが、今では数十羽にまで膨れ上がっている。鳥たちにも口コミがあるのだろうか。


「あそこで米がもらえるよ、一緒にいってみよう」


 そんな会話でもしているのだろうか。それにしても多いな。日本でのすずめは減っているという。それなのに。すずめがたくさんやってくることに、少々違和感を覚えていた。


たかし。最近これ。流行っているんですって。もう三十分も並んじゃった」


 スーパーから買ってきた母親の手には、鳥のイラストが描かれた白いビニール袋が握られていた。中には……。


「すずめの焼き鳥ですって。懐かしいわねえ。おばちゃんの家の近くに、お店があったっけ」


「食べないから」


「えー。せっかく並んだのに。いいわよ。お父さんと食べるんだから」


 母親は鼻歌を歌いながら、キッチンに向かった。その日の夜を境に、両親は家から消えた。



***



 なんだか街が寂しい気がした。日中だというのに、スーパーはがらんとしていた。このコロナ禍だからだろうか。両親がいなくなってから、一週間が経つ。自分で稼げる年頃だ。両親がいなくても問題はないのだが。警察に捜索願いを出すと、「またですか」と言われた。担当の刑事の話だと、ここのところ、失踪する人間が急増しているというのだ。


 失踪した人について調べてみると、どの人も普段と変わらない生活をしていたという。共通していたのは、このスーパーで買い物をしたその日に失踪していた、ということだけだったらしい。しかし、調べられたのはそこまでだ。ここのスーパーの協力を得て、捜索をしても何も出てこなかったそうだ。


 別に両親を探そうとは思ってはいない。けれども、このスーパーが気になった。


 引きこもりの生活をしてたせいで、ここにくるのは久しぶりだった。


 スーパーの目の前には移動キッチンカーが停まっていた。そこには鶏のイラストが描かれていて、炭火の香ばしいいい匂いがしていた。その匂いに誘われるように近づくと、白いタオルを頭に巻き、パタパタとうちわで仰ぎながら焼き鳥を焼いている男がいた。


「はい、いらっしゃい。何にいたしましょうか」


 別に買うつもりはなかったけれど、その匂いに誘われて、「おすすめはありますか」と尋ねた。


「お客さん。今日はついているよ。すずめの焼き鳥、今焼き上がりますからね」


「すずめ……?」


 おれは首を横に振る。


「すずめは食べたくないです」


「おやおや。お客さん。珍味ですから。いいんですか。今は中国からの輸入もなくて、国産しかないんですよ。だから、珍しい代物ですよ」


「いいや。すずめはいい。他の肉も好きじゃない」


 男は、目深に巻かれているタオルの下から鋭い視線を向けてきた。


「そうですか」


 パタパタとうちわの音だけが響く。


「すずめたちを可愛がってくれているんですってね」


「え?」


 男は口元を上げて笑った。


「ご両親。戻られると思いますよ」


「そう、ですか」


 なぜ男が両親のことを知っているのは不思議だった。不思議だったのに、なんだかそれは、妙に納得してしまうことでもあって、「ああ、そうなんだな」って思った。


 それから帰宅した。家に帰ると、両親がそこにいた。二人はどこに行っていたのかわからないという。ただ、あの夜。スーパーで購入したすずめの焼き鳥を二人で食べたそうだ。それっきり。目が覚めたときには、自宅のリビングのソファで横になっていたそうだ。


 二人は同じ夢を見ていたという。町を眼下に、大空を羽ばたく夢だそうだ。時々、自分の家の庭に寄ってみては、米をつついたそうだ。「お前が撒く米を楽しみにしていたんだぞ」と父親に言われた。


 それはまるで、二人がすずめになっていたような話だった。


 あれから、何度かスーパーに寄ったが、あの焼き鳥屋は見かけることはなかった。それから、失踪した人たちは、両親を除いて、誰一人帰ってくることはなかった。そして、庭のすずめが増えることも無くなったのだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

すずめ【KAC20226焼き鳥】 雪うさこ @yuki_usako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ