三 言祝
しかし、最早すでに手遅れでした……。
それ以降、M君の前には毎日のようにあの〝黒坊主〟が現れるようになったんです。
「……おめでとうございます……おめでとうございます……」
街中であろうと屋内であろうと所かまわず、突如、魔物は姿を現すと、見えない他の人達には目もくれず、あの、お決まりの台詞を繰り返しながら真っ直ぐM君の方へ向かって来ます。
まるで、M君に死の近づいたことを祝うかのように……。
「う、うわぁぁっ! た、助けてくれぇっ!」
魔物に追われる度に周囲の眼も顧みず、M君は大声で悲鳴をあげながら必死に走って逃げました。
その甲斐あってか、毎度、なんとか逃げ切ることのできていたM君でしたが、徐々に徐々に、〝黒坊主〟は彼の近くへと迫って来ています……。
前の日には駅前の大通りに現れていたのが、次の日には彼の通う大学に……また次の日には彼がよく使う道の脇の公園に……そして、ついにはM君の住んでいるマンションの前にまでやって来たのです。
「……おめでとうございます……おめでとうございます……」
「く、来るな! 頼むからもう勘弁してくれえっ!」
いつもの言葉を呟きながら迫って来る〝黒坊主〟に、M君もいつも同様、必死に走ってマンションの中へと逃げ込みます。
「……ハァ……ハァ……フゥ……」
そのまま階段を駆け上がり、四階にある自分の部屋へ飛び込んでドアに鍵をかけると、ようやくM君は安堵の溜息を吐きました。
四階の高さがありますし、これまでのことから考えても、さすがに部屋の中にまでは追ってこないでしょう……。
安心すると、なんだかどっと疲れが出て、M君は早く休もうと寛げる部屋着に着替えるためにクローゼットの方へ向かいました。
そして、なんの警戒もなくその扉を開いたのですが……。
「……っ!」
その瞬間、M君は目を見開くと、息を呑んで固まってしまいました。
なぜならば、観音開きに開いたクローゼットのその中には、あの廃寺で見た厨子の中の仏像のように、〝黒坊主〟が平然と収まっていたからです。
「おめでとうございます」
固まったM君に、まるで懸賞にでも当たったかのように〝黒坊主〟はそう告げます。
「うぎあぁぁぁっ…!」
その
そして、数日後。連絡のつかないM君を心配した友人達の通報で、変わり果てた彼の遺体が部屋の中で発見されました……それは、目玉が飛び出し、皮膚は真っ黒に変色したなんとも
そう……まるであの廃寺にあった、〝塗仏〟の像と同じように。
以上で、某ちゃんねるに書き込まれていた奇妙な〝塗仏〟の話は終わりです。
まあ、当のM君本人が死亡しているのに、なんでそんな話が伝わっているのかと疑問に思う方も多いかもしれません。
掲示板にあった追記によると、それは死に至るまでのM君を知る様々な人達の証言から、書き込んだ〝シンエモン〟なる人物が復元したものだからだそうです。
(塗仏 了)
塗仏 平中なごん @HiranakaNagon
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