別れ
翌朝、ホームズと私、シェリル、モンゴメリの四人は、インターラーケンの鉄道駅のホームに立っていた。
私はホームズの旅に同行する許可を得ていた。ホームズには新しい相棒が必要だったし、私には新しい師匠が必要だった。お互いの利害が一致したというわけだ。二人とも、当分イギリスへ帰るつもりはなかった。
「どちらへ行かれるんで?」
モンゴメリがホームズに尋ねた。
「インドへ向かおうと思う。あの国へはワトスンが軍医として従軍していたからね。よく話を聞かされたものさ。よその土地とも思えない」
「あっしも航海で訪れたことがありまさ。ちいとごちゃごちゃしてるが、なかなか懐の深いいい国ですぜ。ご一緒したいところですが、あっしも国に戻って色々と始末をつけなきゃならねえ」
ホームズは頷いた。
「君も一緒に来ないか」
私はシェリルを誘った。
シェリルは首を横に振った。
「なぜ?」
「私はあなたにひどいことをしてしまった」
グラハムの件を言っているのだろう。
「もういいんだよ、そんなことは。今なら最初からやり直せる。そう思わないかい?」
シェリルは再び首を振った。
「私はあなたの気持ちに応えられる女ではないの」
「君にそばにいてほしいんだ。一緒に来てくれないか」
シェリルはみたび首を振った。
「私たちは離れた方がいいわ。私のいないところで、自分を見つめ直してごらんなさい。きっと私なんかいなくても・・・」
シェリルの言葉はそれ以上続かなかった。
ああ、シェリル。僕たちはお互いを理解できないまま、別れてしまわなければならないのか。
「安心しろ、マーカス」
モンゴメリが拳でどんと私の胸を突いた。
「シェリルはこの俺が責任を持って国へ送り届けるぜ。生活のことは心配しなくていい。教授の隠し財産がありゃ、当分は何不自由なく暮らせる。当分どころか、一生だってな」
誰も生活の心配などしていない。私にもシェリルを養う財産ぐらいはある。そんなことではないのだ。
モンゴメリとてそれは十分に承知している。だが、何か口実を作らねば、私たちはそこから先へ進むこともできないのだ。
「女なんて気まぐれなもんさ。今度会う時ゃ、きっと頷いてくれるだろうぜ。それまでに俺の女になってなきゃな」
モンゴメリは私の耳元で囁いた。
私はモンゴメリの胸を拳で突き返し、シェリルの頬にそっとキスをした。
はっと私を見つめるシェリルの目が少女のように見開かれた。
それだけで十分だった。
彼女はきっと僕を愛してくれている。ただ、今は彼女の心がそれを許さないだけだ。
汽車の出発時刻が来て、私とホームズは客車に乗り込んだ。
汽車が線路を滑り出す。
私は遠ざかる汽車の乗降口から、プラットホームに立ち尽くすシェリルの姿をいつまでも見つめていた。
(了)
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