疑惑
青白い光を放つ宝玉(いし)を前にした『教授』の表情は平静だった。科学者そのものの目は、しかし、探し求めていた宝を発見した興奮に輝いている。
教授は触れば火傷するとでもいうように恐る恐る石を取り上げ、ためつすがめつあらゆる角度から眺め回した。
「君たちにはこれが輝いて見えるのだね?」
教授は、モンゴメリと私に向かって尋ねた。
私たちは頷いた。
「ここは明るすぎる・・・」
ぽつりと呟くと、教授は石を持ったまま部屋を出て行った。
モンゴメリと私は顔を見合わせ、教授の後を追った。
扉を開けると、長い廊下の先の階段に、教授が姿を消すところだった。
階段を下りた先には地下室があったが、私は教授の屋敷のそこから奥 へは足を踏み入れたことがなかった。
地下室には、使わなくなった家具調度の類、それから、古今東西あらゆる場所から持ち込まれた絵画や彫刻、壷などの骨董品が無造作に積み上げられていた。売りに出せば、相当の値がつくだろう。そこからさらに奥へ続く扉を開けると、食料やぶどう酒の貯蔵庫があり、そのまたさらに奥に、鍵のかかった小部屋があった。
部屋の中央に据えられた大きな机には、顕微鏡や試験管、アルコールランプなどの実験器具が並び、壁に渡された紐からは現像された写真がぶら下がっていた。窓のない部屋は暗室としても使えるのだ。壁には本棚が据えられ、秘密の研究室といった趣を呈している。誰にも邪魔されず研究に没頭したい教授のような人間には、きっと居心地の良い場所に違いない。
教授は何も置かれていない机の一角に石を置くと、調光用のつまみを絞って手提げランプの明かりを消した。
暗闇に輝く石が浮かび上がった。
「やはり何の明かりも見えんな・・・」
教授が呟いた。
「俺たちには見えます」
モンゴメリが答えた。
「ふむ。奇怪な現象だ」
抑揚のない教授の声は、大して驚いた風もない。
「これは・・・魔術ですか?」
私は尋ねた。馬鹿げた質問だが、他に適当な言葉を思いつかなかった。
「ふん。今現在我々が持っている知識では説明がつかぬという点では、そう呼べるかも知れん」
教授は鼻を鳴らした。
「テンプル騎士団の末裔である君たちだけに見える光・・・か。不思議な仕掛けだ。ところで、石はただ輝いているだけかね?」
「と言うと?」
「絵なり、文字なり、光の中に何か読み取れるものはないかね?」
「ふうむ」
モンゴメリは石をつまんで少しテーブルの上に浮かせた。
「かなり強い光でしてね。何も見えませんや」
「あっ、ちょっと待って・・・」
指の間でつまんだ石の角度を変えるモンゴメリを、私は手で制した。
石の光を反射する机の天板に、ぼんやりと模様のようなものが浮かび上がっている。
モンゴメリに石を持たせたまま、私はゆっくりと彼の腕を上下させた。机の上のある高さに石をかざすと、ぼやけていた模様がはっきりとした形を成した。
机に投射された絵は、どこかの場所の地図だった。地図の下には文字が浮かび上がっている。
「ヘブライ語だな」
モンゴメリの呟きに、私は頷いた。
「シェリルに翻訳してもらおう」
しゅっとマッチをする音が響き、ランプの火が灯された。
暗闇に教授の仏頂面が浮かび上がった。
「ミス・フルブライトには私から直接依頼する。彼女にも見えるはずだから、君たちの助けはいらん」
興奮している私たちを尻目に、教授はモンゴメリの手から石を取り上げると、ポケットにしまい、部屋を出て行きかけた。
「教授」
私は教授の背中に呼びかけた。
「お聞きしたいことがあります」
今この時を逃せば、もう尋ねる機会は巡って来ないかも知れない。
教授はぴたりと足を止め、振り向いた。
私の声に普段と違う響きを感じ取ったのだろう。教授は射すくめるような目で正面から私を見据えた。
「何かね?」
気後れしそうになる心を押しのけ、私は尋ねた。
「グラハム子爵にロスリンに行くように命じたのは教授ですか?」
教授は口をへの字に結び、猛禽のような目でじっと私を見つめた。
ここで怯むわけには行かない。
私は教授の視線を受け止め、答えを待った。
耐え難いほどの沈黙の後、ようやく教授は口を開いた。
「君とグラハム子爵の間に浅からぬ因縁があったことは承知している。だが、何故あの場に彼が居合わせたのかは知らぬ」
「グラハムはあなたの指示で動いていることを匂わせていました」
私は食い下がった。
「確かに、あの場所の秘密を解いたのは私だ。だが、『彼ら』が別ルートから私と同じ秘密を嗅ぎ付けていたとしても、私は驚かんね。何と言っても、ロスリンはテンプル騎士団の土地なのだから」
「グラハムはあなたに従っていた。でも、あなたを裏切った。だから、あなたは彼に制裁を加えた。違いますか?」
露骨な言い回しだが、今の私に言葉を選んでいる余裕はなかった。
「おい」
落ち着けと言うように、モンゴメリが後ろから私の肩を掴んだ。
私は彼の手を払いのけ、教授と対峙した。
「私が君を処刑者としてあそこへ送り込んだと言うのかね?だとしたら、私は君に武器を持たせたはずだ。違うかね?」
「武器はモンゴメリが持っていた」
「グラハム子爵を処刑するつもりなら、私は始めからモンゴメリに命じたはずだ。そのほうが確実で手っ取り早い。そもそも私は殺人などという血生臭い話とは無縁の人間だ。君の告発は的外れな上、甚だ心外だ」
教授の話には筋が通っている。私はそこに理を認めぬわけには行かなかった。
「誓えますか?あなたにグラハムを殺す意図はなかった・・・と」
「君が望むなら」
「では、あなたご自身の名誉にかけて誓ってください」
本来なら神にかけてと言いたいところだが、教授の信じる神は私の神と違う。
「誓おう。私にはグラハム子爵を殺害する意図はなかった。私の名誉にかけて、これは真実だ。そして、一つ付け加えておこう。グラハム子爵が亡くなったことについては、私は事故だと思っている。万が一ことが公になった場合、君の無実を証明する労は厭わぬよ」
私は視線を落とし、教授の前に頭を垂れた。
敵であるグラハムの言葉を信じるなど、愚かな話だ。一瞬でも教授を疑い、彼を告発しようとした自分が恥ずかしかった。
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