メイスン
「決闘?」
まず教授の関心を引いたのはその言葉だった。
「そんなことで決着を図るとは・・・」
「なんて野蛮な・・・」
珍しくシェリルが口を挟んだ。
私は教授の家を訪ね、父の死の経緯を報告したところだった。教授から何か情報を引き出せるかも知れないと思ったのだ。
シェリルはお茶の用意をしながら話を聞いていた。普段は人の話に口を挟むことなどない彼女も、ことの異常さに思わず声が漏れたようだった。それとも、私の悲しみを察してのそれは言葉だったろうか。
教授は咎めるような目で彼女を一瞥した。
私は深く教授を尊敬していたが、一つ気に入らない点があった。それはシェリルを小間使いのように扱うことだった。彼女はあくまでも教授の秘書だ。それなりの敬意を払うべきであろう。
カップにお茶を注ぐとき、シェリルは哀悼の意を示すように私を見やり、そのまま何も言わずに部屋を出て行った。しかし、彼女の示してくれたささやかな気遣いが、どれほど私の慰めになったことだろう。
「お悔やみを申し上げるよ、ガレット君」
教授の乾いた口調からは何の感慨も読み取れなかった。
だからと言って教授が心の冷たい人間だというわけではない。教授が感情を表に出さない質だということをこの頃の私はすでに理解していた。
「ところで、教授。マイクロフト・ホームズという名前に心当たりはありませんか」
あまり過去のことを語りたがらぬ教授に個人的な質問をするのは気が引けたが、今ならば許されると思った。
「マイクロフト・・・」
教授は首を傾げ、少し考える風をした。
「父が最期に言い遺した名です」
「聞いたことのない名だな」
「そうですか。もしかして、教授なら何かご存知かと思ったのですが・・・」
私は落胆の溜息をついた。
「力になれなくて、すまんね」
「いいえ」
「君自身、知らない人なのだね?」
「ええ。死に際に父が姉に告げた名前です。その人のもとを訪ねて行け、と」
「ふうむ」
教授はソファに腰を沈めて、懐からパイプとマッチを取り出した。何か考え事をするときの癖だった。教授がこの仕種を見せるときは、こちらはしばらく待たねばならない。
煙草に火をつけ、ひとしきり紫煙をくゆらせた後、教授はじろりと私を見た。
「君の父上と私の過去・・・。君が聞きたいのはそのことではないかね?」
教授は手の中のパイプを逆さまにすると、火皿の灰をテーブルの上の灰皿にトントンと叩き落とした。
教授と父の過去。
それはずっと私の心にわだかまっていた疑問だ。マイクロフト・ホームズなる人物について教授に尋ねたのも、過去にこの人物と二人の間に接点があったかも知れないという期待からだ。その思惑は外れたが、目下私の関心は父の過去を紐解くことにある。教授から話を引き出せるとしたら、これは大きな収穫だ。
私は頷いた。
「フリーメイスンという組織の名を聞いたことがあるだろう」
フリーメイスン。
おもむろに切り出されたその名はあまりにも有名だ。
中世から現在にわたって続く秘密結社。何のためにどんな活動をしているのか、全てが謎に包まれた地下組織。慈善団体なのか、反社会組織なのか、それさえもはっきりしない。私の耳には胡散臭く響く名だった。
「君はこの組織について何を知っているね?」
教授は探りを入れるようにやぶにらみに私を睨んだ。
「詳しいことは知りませんが、アメリカの建国に関わっているという噂は聞いたことがあります」
教授は一応は満足したように頷いた。そして、
「噂ではない」
と呟いた。
「真実なのですか?」
自分の問いが間の抜けたもののように聞こえた。
教授はパイプを咥え、赤熱する煙草を見つめながら、ゆっくりと煙を吸い込んだ。そして上を向いて口を丸く開け、小刻みに煙を吐き出した。輪になった煙が列をなして教授の頭上を漂った。
「何も組織はそのことを秘密にしているわけではない。アメリカの国璽にはピラミッドと巨大な目が描かれている。あれはフリーメイスンのシンボルの一つだ」
私はその事実を知らなかった。
「ピラミッドと大きな目・・・。フリーメイスンは古代エジプトに起源を持つということですか?」
『メイスン』とは『石工』という意味だ。ピラミッドという石の建造物とこの言葉を結びつけるのはた易い。しかし、一般には、フリーメイスンの始まりは中世以降のヨーロッパにあるとされる。その起源が古代エジプトにまで遡るとなると、この組織を見る上での時間的ものさし(タイムスケール)は全く異なったものになる。
「勿論、当時はそのような名称ではなかっただろうがね。フリーメイスンという組織自体は、中世ヨーロッパの石工ギルドに端を発する。だが、彼らが持つ知識や技術はずっと古い時代から伝わるものだ」
「それが古代エジプトにまで遡ると?」
「私はもっと古いと考えている」
エジプトより古い?。
「有史以前ということですか?」
「そうだ。人類には我々が考えるよりも古い歴史がある。ただ、それを示す文献や遺跡が残っていないだけだ。この世界にはエジプトやメソポタミアよりも古い文明が存在した。そして、その時代から受け継がれてきた知恵が今この時代にも存在する。それを伝えるのがフリーメイスンという組織だ」
俄かには信じ難い話だ。
「でも、そんな古い時代の知恵がこれだけ発展した科学の時代に通用するのでしょうか」
「新しいものが古いものよりも優れていると考えるのは現代人の驕りだよ」
「かつての文明は現代文明よりも進歩していた・・・と?」
「少なくとも、ある面においてはね」
教授は真顔で頷いた。
考えとしては面白い。しかし、教授の口から聞いた話でなければ、とても信じる気にはなれなかっただろう。
「ピラミッドと共に描かれている大きな目は何を意味するのでしょうか?」
本題から逸れて議論に飲み込まれていく自分を意識しつつ、私は問わずにいられなかった。
「あれは『プロヴィデンスの目』と呼ばれるものだ」
「プロヴィデンスの目・・・」
「全てを見通す目、とでもいう意味かな」
「神の目、という意味ですか?」
「うむ。そうともとれるが、私の解釈は違う。『プロヴィデンスの目』とは、知を象徴しているのではないか。それも単なる知識ではない。人類の大いなる叡智だ」
「聖書の『禁断の木の実』の話と通じますね」
「さすがはガレット君」
教授はまるで乾杯でもするように、私の方に向かってパイプを差し上げた。
「だから君と話をするのは楽しい。それこそ私が生涯をかけて追い求めているテーマだよ」
「そのフリーメイスンと父にどういう関わりがあったのですか?」
私は議論を本題に戻した。
「ふむ。その話だが・・・」
今しがた見せた興奮が嘘のように、教授は平素のむっつりした表情に戻った。
「君の父上も私もフリーメイスンのメンバーなのだ」
「え?」
不意の告白に私は思わず声をあげた。
「私のメンバーシップは一代限りのものだが、君の家系はもっと関わりが深い」
「どういう意味ですか?」
「まだ分からないかね?」
教授の目に面白がるような笑みが浮かんだ。
「教えてください」
「テンプル騎士団はフリーメイスンの一部なのだよ」
「え?」
教授と話していると次々と新たな事実が明かされる。
「二つの組織がいつどこで交わったのか定かではない。だが、今やこの二つが分かち難い関係にあることは確かだ。
先ほども言ったように、フリーメイスンの起源は非常に古い時代に遡る。そして、その成り立ちにおいて深く建築と結びついている。
古代エジプトのピラミッド。
古代ギリシャの神々を祀る神殿。
古代ローマの遺跡群。
中世ヨーロッパの大伽藍。
さらに視座を高めるなら、古代インドの石造建築。
人類の歴史を物語るこれらの建造物は、それぞれ独自に発達した文明によって別個に生み出されたものではなく、古来受け継がれてきた知識と技術が時代と場所を変えて発現したものだ。文明間の橋渡し役としてそれらを継承してきたのが、現在のフリーメイスンだ。呼称は変われども、石工という職人集団は、時空を超えて古の技術を伝え発展させてきた。そして彼らが受け継いできたのは、何も建築技術ばかりではない。医学や薬学、数学や哲学、果ては天文学に至るまで、ありとあらゆる人類の叡智を後の世に伝えてゆくことがその使命なのだ。フリーメイスンとは人類の叡智を継承するためのシステムであり、言葉を変えれば、時代を下る知の方舟とも言えよう。
一方、テンプル騎士団は十字軍に起源を持ち、キリスト教の聖地奪還という大儀を掲げエルサレムを目指した。かの地から彼らがヨーロッパに持ち帰ったオリエントの文化、習俗、そして知識は、フリーメイスンの伝えるものと通ずるところがあった。おそらく、双方ともが秘密にしておきたい事柄が多くあっただろう。テンプル騎士団が本来帰属すべきヨーロッパ社会に受け容れられず迫害を受けた歴史を見ても、二者の利害が一致していたことは想像に難くない」
「フリーメイスンは今でも私たちの知らない知識や技術を持っているのですか?」
「重要なのはその点だ」
教授は例のパイプを突きつけるような仕種をした。
「フリーメイスンのメンバーシップには位階がある。『徒弟』に始まり『職人』を経て『親方』に至る三十以上の位階が・・・。それは組織の中での地位を表すと同時に、その人間の知識の深さや社会への貢献度を表す。つまり、組織内部に留まらぬ人間社会における功績がなければ上位の位階に進むことはできないのだ。歴史的に著名な人物がメイスンに名を連ねる所以だ」
「優れた人間でなければメイスンのメンバーになれない」
「そう。そして、位階を進むごとに組織に伝わる古い秘密が明かされる」
「それはどんな秘密ですか?」
「想像もつかんよ」
教授の答えはにべもなかった。
「ただ、私はこの世界に下された知の全貌を明らかにしたい。かつてそれを解き明かした者がいると言うなら、私も同じ高みに立ち、そこから世界を眺めてみたい。この世に生を受けた一個の人間として、私が願うのはそれだけだ」
この世界には隠された知恵がある。古代世界から現代に至るまで連綿と受け継がれ、人類のごく一部の者にのみ知ることを許された知恵。旧約聖書において『禁断の果実』に喩えられる人類の叡智・・・。
教授はそれを求めているという。
この時、私は初めて『知の権化』とも言うべき教授の人間性を理解できた気がした。知るという行為そのものが教授の生きる意味なのかも知れない、と。
「私にフリーメイスンへの加入を勧めたのが君の父上だった」
教授によって明かされてゆく事実の一つ一つが驚きの連続だった。しかし、私はそれを面に出さぬだけの嗜みを身につけ始めていた。
「あれは『虚数の実在性』に関する論文を学会に発表した後だった。
君は数学が得意かね?
おや、余り得意ではない?
まあ、せいぜい苦労することだ。
考えてみれば、虚数が実在するかなど、馬鹿げた議論だ。実在するはずなどないからこそ、虚数(イマジナリーナンバー)という名がついているのだ。正直のところ、私の立てた仮説自体が不完全なものだ。19世紀現在の科学では物理的な証明は不可能な上、そもそもそこに至る中間理論もまだ確立されていない。学会では少々騒がれたが、世間の耳目を集めることはなかった」
昔日を懐かしむように、教授は遠い目で語った。
「私自身、暇つぶしに書いたもので、世間の評価を受けることなど期待していなかったが、ただ一人、この論文に注目した人物がいた。
サミュエル・ガレット・・・君の父上だ。
彼は私の書いた論文が非常にユニークだと言って、高く評価してくれた。
私のところへ取材を申し込みに来た当時の父上は若く、新聞社を立ち上げたばかりだった。失礼ながら、記者としてもまだ駆け出しだったが、私の論文に目をつけた慧眼は刮目に値する。記者という人種には珍しく、数学への造詣も深かった。
取材という名目で面会を繰り返すうち、私たちは意気投合し、互いによき友人となった。年齢は私のほうが十も上だったがね・・・。
そんなある日のことだ。彼からフリーメイスンの会員にならないかと話を持ちかけられた。
唐突な話でいささか驚いたが、彼のほうでは考え抜いた末の勧誘だったようだ。
まず、フリーメイスンという組織について詳しい説明をした後、父上はこう言った。
確かに私の書いた論文は未完成だが、フリーメイスンが保有する知識の中にその不足を補う情報が存在するかも知れない。時間はかかるが、上位の位階へ進めば、古の時代より蓄積されたより深い叡智に触れる特権が与えられる。その中に私の理論を完成させるのに必要な情報が含まれている可能性は十分にある。私が位階を進むに当たっての協力を惜しまない、と。
また、父上はこのようにも言った。
太古より、フリーメイスンは人類の過去から未来への情報伝達機関としての役割を担ってきた。高度な情報を扱うには、それに見合う頭脳が必要だ。フリーメイスンはそれを有する人材を探しており、私にはその資格がある、と。
私は即座に父上の誘いを受ける決心をした。
非常に興奮していたし、また感激してもいた。
私自身、学者として自分自身の知見に不足があることは十分に承知していた。しかし、現在最高の叡智であるはずの学会を見回しても、私と同等か、またはそれ以上の知性を見出すことは出来ない。これは自惚れではなく、長年の観察に基づく客観的な診断だ。齢四十を待たず、私はすでにその高みに達していた。そこへ現れたのが君の父上だ。
そのときの私の喜びを想像できるかね。
学者として頂点を極めた私が、自分以上の知と遭遇する機会を与えられたのだ。
勿論、幻滅に終わるかも知れない。しかし、父上から聞いた話から、フリーメイスンには私の求める叡智が眠っている可能性が高いと思った」
当時の興奮が甦ったのか、教授はまるで少年のように目をきらきらと輝かせた。
「さて、慣例に反するが、君には話してもよいだろう。
フリーメイスンの位階において、私は今『王者の親方(ロイヤルマスター)』と呼ばれる地位にある。新参者の私がこの地位にまで進むことができたのは、ひとえに君の父上のおかげだ。彼の後押しがあればこそ、私は組織の信任を得ることが出来た。そのことについては、心から父上に感謝している。君をオックスフォードに呼んだのも、父上の好意に対するせめてもの恩返しのつもりなのだ。君がどの分野を専門とするにせよ、ここは学び舎として最適の場所だ。さらに、私の下にいれば誰にも邪魔されず研究に打ち込むことができる」
教授が率直に胸の内を明かしてくれたことに、私は感激した。強烈なエゴの下に隠れた純粋な知の探求者としての素顔を見せてくれたことに・・・。その人が父への恩義から息子である私に学究の徒への道を開いてくれようとしている。この時こそ、私は教授が師と仰ぐにふさわしい人物だと確信した。
「ただ、残念なことに・・・」
教授の話は続く。
「フリーメイスンの中にも派閥が存在する。社会集団である以上やむを得ぬ話ではあるが、組織内での私の出世を快く思わぬ連中もいてね。特に家系的なバックグラウンドによって地位を保ってきた連中は、能力一つで組織の中枢に上り詰めてゆく私のような存在が目障りなようだ。決して君の父上がそんな人間だったと言うつもりはない。しかし、人間は周囲に感化される生き物だ。彼は私を異端視するグループに取り込まれ、徐々に私と距離を置くようになった。
おそらく、父上が君のオックスフォード進学に反対した理由は私にある。私個人に対する信頼を失くしたわけではなく、私がフリーメイスンという組織の中で手にしつつある権威を危険視したのだろう。権威を振りかざすつもりなど毛頭ないが、フリーメイスンにおける地位とはそれほど厳格で社会にも強い影響力を持つものなのだ。
今までこのことを君に黙っていたことは悪かった。だが、もっと前に打ち明けていれば、君は私の下を去っただろう。いや、そもそも私の助手になどなってくれなかったかも知れぬ。私はただ、父上に恩返しがしたかっただけだ。そして、君を庇護することによって、父上との関係を修復したいと願っただけだ」
「僕を庇護するとはどういう意味でしょうか」
教授の気持ちは有り難かったが、先ほどから教授が強調するその点が引っかかった。なぜ、大学で学問をするのに誰かの庇護が必要なのか。
「フリーメイスン内に存在する派閥の中には危険な思想を持つ者もいる。特に君のように古い家系に連なり、古くからメイスンのメンバーシップを保有する者は彼らの標的(ターゲット)になり易い」
「標的(ターゲット)?」
「彼らが狙っているのは君の家に伝わる秘密だ」
幼い頃に父に施された催眠術のことが頭に浮かんだ。
「フリーメイスンに名を連ねる一族として、君の家が担っている使命と言い換えてもいい」
私の記憶に刻まれた異国の言葉のことを言っているのか。
青ざめた私の顔を見て、教授は言葉を止めた。これ以上話を続けるべきかどうかを推し量るように・・・。
その目つきが私を不安にさせた。
教授はフリーメイスンやテンプル騎士団のことをどこまで深く知っているのだろう。その知の範囲が我家の秘密にまで及んでいるとしたら、父が彼を危険視したのも由なきことではなかったかも知れない。
ちょうどその時、シェリルがお茶のおかわりを持ってきてくれなかったら、私は教授に対する評価を変えていたかも知れない。
ああ、シェリル。
彼女の存在こそが、教授と私を繋ぐ鍵なのだ。
彼女がどういった経緯で教授に仕えているのかは分からない。しかし、彼女が教授に寄せる信頼は厚い。家を失った彼女には他に頼る相手がいないのかも知れない。たとえそうだとしても、普段教授に対して示す彼女の忠誠と恭順は、それだけでは説明のつかぬ二人の間の強い絆を感じさせる。
私が教授に対して抱く感情には、そうした二人の関係に対する嫉妬も混じっていただろう。だが、シェリルが庇護者である教授に全幅の信頼を置いていることは疑いようがなく、彼女を通して見た場合、私はこの『教授』という人物を無条件に受け容れざるを得なかった。複雑な心境ではあったが、私はシェリルという仲介者を通して、教授に心服していた。
「実は・・・」
私は秋の収穫祭の日にノッティンガムの邸で起こった出来事を語った。
邸裏の礼拝堂。
その地下に隠された墓地。
墓碑に刻まれたテンプル騎士団の記章。
壁に埋め込まれた絵。
私の記憶に甦ったヘブライ語の詩。
これはまだシェリルにも話していないことだった。息も絶え絶えに教授の家に転がり込んだあの日以来、いつか話そうと思いながら打ち明けられずにいた忌まわしい記憶・・・。今、彼女の同席を得たことで、私はようやく肩の荷を降ろすことができた。
「ふむ」
目を瞑って話に耳を傾けていた教授がおもむろに口を開いた。
「父上が幼い君に催眠術を使って暗示を掛けていた、と言うのだね?君が再び地下墓地を訪れた時、ガレット家に伝わる秘密の詩が君の記憶に甦るように・・・」
「ええ」
私は頷いた。
「今その詩を思い出せるかね?」
「ええ。一言一句諳んじることができます。まったく意味は分かりませんが・・・」
「その詩を紙に書き出しても構わんかね?」
「・・・・・」
私は躊躇った。
今さら教授を疑うわけではなかったが、父祖が守り通してきた秘密を漏らしてよいものか・・・。
「詩にはどのような秘密が隠されているのでしょうか?」
「それは分からん。だが、極めて重要な秘密であることは間違いない。関わっているのは君の家だけではない。フリーメイスンが組織をあげて守ってきた秘密だ」
「何故それをお知りになりたいのですか?」
教授への疑いを口にするようで嫌だったが、聞いておかねばならないと思った。
「私がフリーメイスンに入ったそもそもの理由は、現世に伝わる古の叡智を解き明かすことだ」
教授は真っすぐに私を見つめた。渡世の為の仮面を脱ぎ捨てた、それは純粋な学究の徒の目だった。
「・・・・・」
それでも私は決断を迷った。
「私の力が及ぶかどうかは分からぬ。しかし、今この時を逃せば、この先いつこのような機会が訪れるかは分からぬ。秘密はまた何世紀もの間眠り続けることになるやも知れぬ」
「それがフリーメイスンの目的ではないのですか?」
「いや、秘密は眠りから覚める時を待っている。それを起こしてくれる誰かが現れるのを待っているのだ」
教授の言わんとするところは分かる。秘密とはいつか再び世に解き放たれるべきものだ。そうでなければ伝える意味などないではないか。
「私にしかできぬことかも知れぬ」
教授の強烈な自負。
それは当代随一の頭脳が口にする、経験と観測に裏打ちされた言葉だった。
「ヘブライ語が理解できるのですか?」
「いや、その点はミス・フルブライトに任せよう」
「え?」
私は教授の傍らに立つシェリルを見た。
その表情は何も語ってくれなかった。
「彼女の母親はユダヤの民だ」
代わりに教授が告げた。
また私の知らない事実が明かされた。
今、私の周りに起こり始めた出来事は全て偶然なのだろうか。
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