条件
「いいだろう」
オックスフォードへの進学について両親と話をしたいと言うと、意外にも『教授』は二つ返事で許可をくれた。
教授のもとを訪れるのはこれで三度目だったが、最初は物珍しくもあった大学の研究室ももはや馴染みの場所となっていた。季節が変わっても部屋の様子は変わらなかった。本で埋め尽くされた部屋に変わりようなどない。ただ、雪のちらつき始めたこの時期に、暖炉もストーブもないことには閉口した。会談の場所を社交室にしてくれなかったことが少々恨めしかった。当の部屋の主は寒さなど気にするそぶりもなかったが・・・。
親に相談しないことが入学の付帯条件だとしたら、この話は断るしかないと思っていたので、あっさりと許可を得られたことにとりあえずはほっとした。考えてみれば、生徒を入学させるのにそんなおかしな条件を出す大学はない。
「話を進める前に、君の適性を確かめておきたかったのだよ」
相手の心を先読みしながら話すのは教授の習い性だ。回りくどい説明をしなくて済む分話をする側は楽なのだが、あまりにも的確な言葉が繰り出されるので少々気味悪くもある。
「適性?」
「私の助手を務めるに当たっての適性だよ」
なるほど。
これまでの二度の面談は、いずれも教授との哲学問答のような対話に終始した。あれは一種のテストだったのだ。
「僕は試験に合格したというわけですか」
尋ねるのに勇気のいる質問だった。
「うむ」
教授はあっさりと頷いた。
「君のほうはどうかね。大学での勉強の傍ら、私の助手として働いてもらうことになる。普通の学生以上に忙しい生活を送ることになるが、その覚悟はあるかね」
私に否やはなかった。
最初に出会ったときは、自分の信仰を否定されたような気がして、私は教授に対して反感を抱いた。しかし、二度の面談を通して、私は彼のやろうとしていることを理解し始めていた。教授は私がそれまで抱いていた思想や信条を敢えてぶち壊そうとしたのだ。旧弊にしがみついていては、人間は前進できない。何か新しいことを学び、発見しようと思うなら、これまでの常識や固定観念を払拭しなければならない。教授が言いたいのはそういうことだったのだ。最初に神を持ち出したのは、私の信仰心を試す為でも壊す為でもなかった。科学文明の発展が何か新しい発見を人類にもたらしたとしても、それが人々の信仰心を変えてしまうということはない。思想上の神と信仰の対象となる神は別だということだ。教授自身がどういう思想の持ち主かは別として、そうした暗黙のメッセージを読み取れば、彼との問答は楽しいものに変わった。実のところ、今日も私は教授と話をすることを心待ちにやって来たのだ。彼の助手を務めることは大いに私を啓発してくれるだろう。そして何よりも、教授の助手になるということは、今後もシェリルとの関係が続くということだ。
「ええ、勿論」
私は答えた。
「ただ、ご両親にオックスフォード進学の話をする際には、私の名は伏せておいて貰いたい」
なぜ・・・?
喉まででかかった言葉を私は飲み込んだ。何か深い事情があるに違いない。
「詳しいことは話せんが、昔君の父上に世話になったことがあってね。今までそれに報いることができずに来た。今回の君への入学斡旋は、父上に対するせめてもの感謝のしるしだ。ただ、こちらが恩を着せるような真似はしたくないのだよ」
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